最終話
夏には夏特有の色合いがあると僕は思うのだ。
……とは言えこんな事は常識の範疇と言っても良い。季節によるイメージカラーなんてものは企業やらイベントやらで強調され過ぎて使い古されていて、そしてもう客観的な観念として植え付けられているものだ。
春は黄色。夏は橙色。秋は茶色。冬は白――まあ僕のイメージではこんなところか。
だが心無しかそんなイメージが視界にも影響を与えている気がして、夏は全てが橙色に照らされて見えているような気がする。それと同時に夏は生命が色めき立って輝いて見えるのだ。
夏はかくや視界が一番明るくなる季節だ。僕はそう思う。
ちょっとだけ例年よりも長かった梅雨を終え、カラッとした匂いが鼻腔を通り抜ける。
虫や鳥達は春以上に行動的になり、もう少しすれば耳に喧しく蝉達の大合唱が突き刺さる事だろう。あれは本当にうるさくて少しばかり萎えるのだが、そういった季節による特徴さえも楽しめるようになれば大したもんだと思う。
梅雨を終え夏になっても有翅学園零細文芸部は何らこれと言った活動を始めてはいない。
僕が部室を訪れると部長が居て、相変わらず窓際の席を陣取って本を読み続けている。日差しが強くなろうと凛とした雰囲気は変わらず本を読み続ける姿勢はさすがは文芸部の部長だと感心したくもなる。もしかすれば彼女は背中で部員に対して語りかけるタイプの人間なのではないかとも思ったが、
「櫻井君、櫻井君。前言うたやん、黒沼和静の新刊が出たって! あれ、めっちゃおもろかったよー。そんでな、次の新刊は何と一ヶ月後の夏休み中に出るんやってなー。今から待ちきれんわ! ……ああ! 堪らんなあ!」
そんな風に飛び切りの笑顔と独特の訛りで言う辺り、どうやら普通に楽しんでいるだけのようだ。訛りを指摘すると部長は夏の陽光よりも赤々しく顔を火照らしていた。
すっげー可愛い。そういうギャップを感じられずには居られない、夏の始めである。
そう言えば最近気付いた。部長が言っていた黒沼和静という作家はどうやら白峰館の売れない作家こと黒川真紀の事だったらしい。何だか妙な縁を感じずには居られなかったが、部長には黙って置いた。何故なら彼女に言うと常時、訛り言葉で迫られて僕の精神が持ちそうにないから。何度でも言うが可愛さはギャップから生じる事が多いのである。
そして当の黒沼和静先生兼黒川さんはと言うと、
「大ヒット作家を目指して部屋籠りを慣行するわ。目指せ十日絶食、水だけ連続執筆!」
などと無茶苦茶極まりない言葉を残して、今日でやっと十日目だ。
それまでの間、死なないものかと冷や冷やしていたが相田さんの部屋に赴いた時や102号室前を通り掛かった時など、時折呻き声が聞こえているのでどうやら生きているらしい。
……彼女のその我慢強さだけは感心するが、その生き方は死への近道だよ、と教えてあげたい。目下のところ僕は彼女にどうやってそれを伝えれば良いか見当中である。
相田さんはと言うと、呑気に気ままに駄目人間生活を突き進んでいる。三日に一回、部屋を掃除しなければゴミ屋敷へと変貌させそうな駄目っぷりで、白峰館の住人の中では一番手のかかる人間にどんどん成長している。この間、結構な期間開けてから部屋を掃除した時など僕は死線を彷徨った。ゴキブリこそ(殆ど)見当たらなかったものの、今回は何故か蟻が大量発生しており、それはそれで最悪な気分を味わった。正直業者に任せたいところだったが、大家である奈々子叔母さんの「だーめ」なんて言う非常に人を苛立たせる鶴の一言があった事により、僕はネットで一々調べてから蟻の大量駆除を行う羽目になった。……世話役だか何だか知らないけれど、奴隷と言い直した方がどうやら良さそうだ。
奈々子叔母さんは奈々子叔母さんで「三十代最後の夏が来るわ! つまり身体を人前に晒せる最後の機会! 椛ちゃん、夏は皆で海に行きましょうねー!」等と嬉しがって良いのか、それとも面倒事に巻き込まれそうな事を悲しむべきなのか分からない言動を発しつつ、こちらも平常運転である。
……しかしながら「夏のアバンチュールはどうかしら?」などと三日に一回電話を掛けてくるのは本当に勘弁して欲しい。何か必死さを感じるんだよな、あの人。
そんでまあ菫はと言うと――――――
「…………ほら、大丈夫か?」
僕は白峰館の201号室で菫に声を掛けた。彼女は岩のようなしかめっ面で僕を見上げる。
「大丈夫だよ…………。全く、そこまで心配される謂れなど何処にも無いよ。一体ぼくを何処の誰だと思っているんだい?」
「白峰館切っての引き籠り」
「椛。本当の事だからと言って直接的な表現をして良い訳じゃないんだよ」「えーと…………お部屋の永久番人?」
「…………間接的な表現だからと言って心に突き刺さらない訳では無いな」
菫は溜息を吐いた。
今日は白峰館の庭で皆して昼ご飯を食べる予定だった。例によって例の如く相田さんが、
「なんか久しぶりに料理したくなったから明日の昼、庭に集合な。丁度、十日目で真紀も部屋から出てくる頃合いだろうし丁度良いだろ」
……などと昨日、思い付きで言っていた事によって決定した予定だ。
「つーわけだ。真紀には俺から声掛けとくから奈々子とそんで――――菫にも言っとけよ」
「……分かりました」
まあ反対しないのは内心、とても嬉しかったからだけど。
そして同時に菫にとって今日が四年ぶりの部屋から外に出る日となる。
ちょっと前に引き籠りから脱却する事を菫は宣言したのだが、決心尽かずこうして延び延びになっていたところで丁度良い予定が入ったのだ。
……いやそんな菫の態度に業を煮やした相田さんが予定を入れたと言った方が多分、正しいだろう。相田さんだって菫と会うのは楽しみにしているのだ。明言しないけど。
この白峰館の住人は皆が皆、面倒なのだ。引き籠りはかくもこういうものである。
「相田さん、どんな飯を作ってくれるんだろうな。……楽しみだ」
「昔から智久は料理が上手かったからね。味はぼくが保障するよ」
「お前が威張る事じゃないけど、前の焼肉から察するに同感だな」
菫はサンダルを履く。服はいつもと同じでダボダボのセーター一枚。この辺は未だ世間ズレしているのだろう。追々矯正していければ良いと思う。
そんな事よりも今は――――菫の第一歩を喜ぼう。
社会復帰の第一歩、引き籠りへの脱却だ。
菫は最初の一歩を踏み出した時、一体何を思うのだろう。
僕は昔、部屋から外に出た時、一体何を思ったんだったけか?
――――ああ、そうか。確か僕はこんな事を思ったんだっけか。
多分、彼女はきっと僕と同じような感想を抱く事だろう。
世界とはこんなにも美しいものなんだ――――――――と。
菫の世界はまだ広がり始めたばかりだ。
世間ズレは相当なものだし、癇癪だって未だ完全に解決出来た訳じゃない。
でも――――彼女は変わろうとしている。それだけで大した進歩だ。
菫は僕と共にゆっくりと玄関のドアを開いた――――――――
そんな風に。そんな感じに。
僕は白峰館の住人と共に過ごすのだ。
引き籠るような奴ばかりだけど、それでも温かで奇跡的な――――そんな美しい日常を。
最終話です。ここまで読んで戴いた皆様、誠にありがとうございました!
宜しければ読んでの感想や評価などして戴ければ嬉しいです。
あと一応というか、まあ、その宣伝の程を少し……。
目次などでも宣伝させて戴いておりますが、現在『異世界ですがライトノベルが流行ってます。』という小説を毎日更新させて戴いております。
本作同様、会話劇中心の変人コメディーにしていわゆる優しい世界的なお話です。
本作を気に入って戴けたのであれば、きっとこちらも気に入ると思いますので、宜しければ是非とも読んでやって下さい。
その他、色々と小説を更新させて戴いております。作者ページ辺りから漁れると思いますので他作もどうぞご愛顧のほど、宜しくお願い致します。
では、再度言わせて戴きます!
ここまで読んで戴きまして、誠にありがとうございました!




