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第三十一話

「櫻井君? 櫻井君……櫻井くーん?」

「…………………………」

「櫻井君。聞こえてますかー? ……櫻井君」

「…………………………」

「…………櫻井君ッ!」

「うおッ! ……あ、部長。何ですか、一体?」

「……何ですかはこっちの科白ですよ。一体どうしたんです?」

「どうしたって……えと……絵、を描いているんですけれど」

「私の声が聞こえないくらい一心不乱に……ですか?」

「もしかして何度か声を掛けていたんですか? ……気付きませんでした」

「…………。もう何日も何日も部活動の時間はず――――っと絵を描いてますけれど」

「……まあ。もっと言えば部活動以外の時間も絵を描いてますけれど」

「…………ここは文芸部であって美術部ではありませんよ?」

「……すいません。見逃して下さるとありがたいです」

「そんなに……」

「……はい?」

「そんなに一生懸命になって…………櫻井君はどんな絵を描いているんですか?」

「見て…………分かりませんか?」

「……んーと。……私の目には何の変哲も無い風景画に見えますけれど」

「まあ部長からはそう見えるでしょうね」

「……他の人が見れば違う絵に見えるんですか?」

「ええ。とある人が見ればこの絵は――――――世界一美しい絵になる……筈です」

「………………そうなんですか?」

「はい。…………後は僕の力量次第ですが」

「と言う事は櫻井君、その人の為にそんなに丁寧に一生懸命絵を描いているんですか?」

「ええ、まあ。…………出来る限り早く仕上げたいんです」

「…………その人はどんな人ですか?」

「……えーと。女の子ですね、一緒のアパートに住んでいる」

「…………一緒のアパート?」

「隣の部屋に住んでいるんですよ」

「………………………………………………」

「…………えと。部長、どうしてそんな怖い顔しているんですか?」

「別にッ! 何でも無いです! 櫻井君は早くその人の為に一生懸命絵を描いていれば良いじゃないですか!」

「………………何、怒ってんですか?」

「知りませんッ!」

 僕はここ数日、ずっととある絵を描き続けていた。家でも学校の教室でも部室で先の会話のように部長の煙たがられようともお構いなしに絵を描き続けた。



 ……いや、まあ。部長には後で謝らないといけないな。そりゃあ文芸部の癖して活動に一切関係の無い事をすれば玄芸部の部長として怒るのも当然だ。……新刊とか買ってあげれば機嫌を直してくれるだろうか。

 ……兎も角。僕は相田さんに教えを請い、毎夜指導を受けながらも早く、そして成る丈丁寧に絵を描き続けた。



 行動が決まってからは楽だった。何かをやっているだけで、しかもそれが意味のある行動だと分かっているだけで自然と肩が軽くなった。悩んでいる内は苦しいのに、答えが出せれば途端苦しいという感情は消え去っていく。


 まるで引き籠っている時のようだった。引き籠っている内は沼の底をがりがりと引っ掻くような終わりの見えない苦しみに捉われていて、しかしちょっとした事で沼の底から這いあがれる。



 所詮引き籠りなんてのは気の持ちようなのだ。要は考え方、シンプルなものだ。

 方向性。ベクトル。考え方の方角さえ誤らなければ僕らは至って単純な生物なのだ。


 僕はそれを知っているからこそ、余計に肩の荷が軽くなり、そしてその勢いは絵を完成に近づかせる右手の筆へと流れ込む。



 形を為し得るのに迷いは――――――無かった。



 そして絵を描き続ける事――二十日。僕の絵は完成した。




 とある人――――詰まる所菫にとって世界で最も美しい絵が完成したのだった。

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