第65話 油断
俺が何とか立ち上がったのを見て、ガーベンは笑顔を浮かべた。
「そうだ。それでこそ戦いだ。このような戦いを続けたかったのだ」
ガーベンの言葉に何の感慨も浮かばなかった。
奴は自分の名誉欲、勝利欲を満たすためだけに、俺との戦いを望んでいる。
だが、俺はそうじゃない。
この戦いには俺たちのすべてがかかっている。
だから、決して負けるわけにはいかないんだ。
俺はガーベンの顔を見た。
奴の油断を突け。
それしか戦いに勝つすべはない。
「たいしたものだ。一度は死んだと思っていたところからの復活。見事なまでの精神力と想像力だ。夢幻界でこれほどまでの勇者に会えるとは。この出会いに感謝するぞ」
「ガーベン、俺はもうお前を倒すことしか考えない! すべての力を戦いの勝利に使う」
俺はそう言うと、ガーベンを睨みつけた。
「そうでなくてはな。来い!」
ガーベンは両手を広げた。
ガーベンは勘違いをしている。
それが俺にとっての勝利の鍵だ。
俺はガーベンから逃げ出した。
一瞬あっけにとられたガーベンだったが、俺の行動に何か意味があると思ったようだった。
「なぜ、逃げる。戦いを誓ったのではないのか?」
ガーベンは俺の逃げる方向を見た。
「そうか! 腕だ。奴は腕を取り返す気でいるのか」
ガーベンは俺の予想通りの行動に出た。
左腕のある位置に向かって先回りしようとしたのだ。
「今だ!」
俺は和泉を見て指示を出した。
和泉はガーベンの背に狙いをつけた。
そのまま、矢を放った。
全く予想外の攻撃にガーベンは虚を付かれた。
心臓あたりに突き刺さった矢をガーベンは信じられないという顔で見た。
「これは一体どうしたことなのだ?」
ガーベンは呆然としてつぶやいた。
「なぜ、こんなものが?」
お前には分からないだろう。
俺たちが戦う意味が、戦う思いが、何より何のために戦っているのかが。
「ガーベン! 覚悟!」
俺は横からガーベンめがけて駆け寄った。
和泉の攻撃は単なる威嚇にしかならない。
それでもいい。
ガーベンを戸惑わすことが目的なのだから。
予想外の攻撃を受けたガーベンの躊躇と困惑、それが隙となった。
俺はガーベンの真下から思いっ切りジャンプした。
顎を狙う。
ガーベンは真下からの俺の攻撃をかわそうと身をよじった。
それが真の弱点をさらけ出すことになった。
どんな相手も鍛えにくい皮の薄い場所、それは喉。
そこに俺は隠し持っていた和泉の矢、さっきまで俺に刺さっていた矢でガーベンの喉から上に向かって突き上げた。
ぐしゃっと鈍い感覚が手に伝わった。
そのまま勢いをつけて中へと押し込む。
矢はそのまま喉を突き抜け、顎を通り、脳の中まで至った。
頭を串刺しにされたガーベンが、俺を見た。
そこにはなぜこのような真似を、と言わんばかりの表情が浮かんでいた。
俺はそのまま矢を前へと動かした。
ガーベンの顔をえぐって矢が飛び出した。
「終わりだ」
俺は矢をそのままガーベンの左目に突き刺した。
脳を貫かれたガーベンはその場に倒れ、二度と立ち上がることはなかった。
地面にうつ伏せに倒れ伏したガーベンを見た。
ガーベンは勇者との戦いによる勝利を望んだ。
華々しく戦い、名誉ある勝利。
それこそがガーベンの望んだものだった。
力ある能力者同士の正々堂々たる対決、それがガーベンの心の中を占めていた。
だからこそ、和泉の攻撃は想像していなかった。
いや、想像したくなかったのだ。
このような手で戦いに負けることを。
だが、俺は違った。
戦いに勝たないことには未来はない。
名誉ある勝利、それは俺たちには必要ない。
生き抜くことが戦いだったから。
俺はもう一度ガーベンを見ると、後ろを振り向いた。
和泉が俺の左手を愛おしげに抱え込んで、ゆっくりと俺の方へ歩いて向かってきていた。
俺の前まで来ると、両手で俺の手を繋げようとした。
俺はそのまま和泉のするがままに任せていた。
手がつながり元のように動くことを確認している間、ずっと和泉は潤んだ目で俺を見ていた。
「ごめんね、私、足手まといで」
和泉はそう言うと、俺に向かって抱きついた。
「生きていてくれて、・・・良かった」
和泉はそう言うと俺にしがみついた。
「俺は大丈夫だよ」
「でも、でも、私のせいで・・・」
和泉はかすれた小声でつぶやいた。
「和泉のおかげだ。和泉がいてくれなかったら不意をつけることもできなかったし、とどめを刺すこともできなかった。足手まといなんかじゃない」
俺の言葉に和泉の緊張の糸が切れたのだろう。和泉は不意に力を抜いた。ぐったりした和泉は俺に寄りかかった。
「うっ、ううっ・・・」
和泉の顔がいきなりグシャグシャに崩れたかと思うと、大声を上げて泣き出した。
子供のように泣きじゃくる和泉を、俺はただずっと抱きしめていた。
どのぐらいそうしていただろうか。
俺たちが抱きしめあっているときに、不意に上から声が聞こえてきた。
「和泉さーーーん」
「武蔵さーーーん、いたら返事してぇーーーー」
俺たちはいきなり我に返った。
あわてて離れて距離を置く。
「こ、この声って?」
「カプリース号が来たのね!」
俺たちは両手を振った。
上空に豆粒のように見えていた帆船は、俺たちに気づき次第に降下してきた。
やがて、俺たちの側にしっかりと着陸した。
日向が甲板から飛び降りて地面に着地すると、俺たちに向かって駆けだしてきた。
俺たちの前まで来ると、肩で息をしながら見つめた。
日向は右手で俺を、左手に和泉の手を握り、満面の笑みを浮かべて両手を振った。
「無事だったか! 生きていてくれてよかった」
「お前もな。なんとか船を守りきってくれたんだな」
「いきなり敵の夢魔たちが消え失せたからな。二人がやってくれたんだなって思ったよ」
すぐ側には神在月さんも姿を見せていた。
「二人とも無事だったのね」
「はい。神在月さんもカプリース号を守り抜いてくださって、ありがとうございます」
「そ、そうだ。ガーベンはどうなったんだ?」
日向の問いに俺は地面を指さした。
そこには倒れ伏したガーベンの骸があった。
「ガーベン・・・・・・、やっと死にやがったか」
日向はそう言うと、ガーベンの方へ向かって行った。
俺は和泉に近寄り、耳元から小声でささやいた。
「今日の和泉のことは、俺たちだけの秘密だ」
和泉は怒り半分、困惑半分の表情で赤くなって俺を見た。
「二人だけの約束だからね」
和泉はぼそりと言うと、これ以上顔を見られたくないのか横を向いた。
ガーベンの死を確認していた日向は、納得したのか戻ってきた。
「これでようやく仇を討てたな」
「え、ええ」
和泉は今更ながら思い出したのか、すこし物思いにふけった後、ぽつりとつぶやいた。
「でも、これでまだ終わったわけじゃないわよ。ナイトメアハザードはまだ終わっていない」
神在月さんの言葉に俺たちは我に返った。
「そう言えばそうだったな。なあ、どうして起こったのか、訳はわかったのか?」
「ああ、和泉が気付いた」
「本当かよ!? 和泉さん、説明してくれるかい?」
「何が原因なの?」
みんなの視線が和泉に集中する中、和泉はガーベンから聞き出した話を語った。
モノリスのような巨石の上にある美しい人銀河と、それを拘束している杭の話を。
「その話が本当なら、この杭を抜けばナイトメアハザードは終わるってことになるよな?」
半信半疑ながら日向が人銀河に突き刺さっているくびきを見た。
「今までナイトメアハザードの原因は分からずじまいだった。それがようやく判明したのね。これで夫も、愛も助かるんだわ」
神在月さんが少し涙声になった。
「早くやってみようぜ」
日向が両手を振り回しながら、もう我慢できないと言わんばかりに言った。
その時だった。
後ろで変な気配があった。
何か悪しきものが膨れ上がっていく感覚。
異様な悪意に満ちた気配が爆発的に広がっていく。
俺たちは後ろを向いた。
そこに見えたものは、ガーベンが霧のようになりながら、次第に広がっていく光景だった。




