第61話 人銀河
重力が働いているのかと思うほど、下に見える念物に引き込まれていく。
俺の横で和泉はしっかりと俺の肩につかまっていた。
くい込む爪で肩が痛いほどだ。
どんどん念物は大きくなり、ついに表面がしっかり確認できるぐらいにまでなった。
本当にブラックホールの中に落ちているようだ。
とは言え、実際のブラックホールがどんなものかわからないから、あくまで空想での印象だけど・・・。
「和泉、落ちるぞ! 捕まっていろ」
和泉が必死の形相で俺の体にしがみついている。
あんまりつかまると、ちょっと胸が押さえつけられてしまうのだけど・・・・・・。
和泉は俺の腰あたりまでずれ落ちてしまった。
この体勢ではバランスが悪すぎて離ればなれになりかねない。
別れて落ちてたとしても死なないのだが、やっぱり地面に打ちつけられる感覚は何度体験してもいやなものだった。
あまり和泉にそんな体験をしてもらいたくない。
俺は背中に力を入れた。
肩の上から両腕が生えるイメージを浮かべる。
その腕には翼があり、そのまま大きく羽ばたくことができる。
肩が上に膨らむのが分かる。
にゅるりと手が伸びると、白い翼になった。
出来立ての翼を広く伸ばし、そのまま滑空して下へと向かう。
「武蔵君、それ?」
「日向の飛行術を参考にして、練習したんだ。前の戦いでも空を飛べたら戦いは相当有利になるってわかったから」
「で、でもそんなに早くできるようになるなんて」
和泉は驚いて俺の顔を見た。
「休みの間にちょっと特訓してた。少しは強くなってないと、ダメだからな」
俺の言葉に和泉は軽くため息をついた。
「どうしたんだ?」
「私が弱くなっているのに、武蔵君はどんどん強くなっているって思って」
俺はしがみついている和泉を抱き上げた。
ちょうどお姫様だっこする形になる。
和泉は顔を真っ赤にしていた。
「初めて会ったときは頼りないと思っていたのに・・・」
「やっと守れるぐらいにまでなったのかな」
「・・・・・・」
和泉は黙って俺に抱えられるに任せていた。
「ところでもう大丈夫なのか?」
「な、何が?」
急に質問されて真っ赤な顔の和泉が戸惑った。
「影の和泉と一体化しただろ。何か影響が出てるんじゃないかって思ってさ」
「うん・・・・・・」
和泉は困った表情になった。
「よく話で分裂していた人格が一つになってパワーアップするって展開があるけど、あれって眉唾よね。少なくとも私には当てはまらない」
「うまくいかないのか?」
俺の言葉に和泉は頷いた。
「まだ、自分が外に出ていることに不安なの。変に疑われないようにまだ少しは前の和泉を演じながら、地を出しているけど、あれで良かったのかな?」
「別に演じなくてもいいよ。むしろ本当の姿を見せていった方がいい。さっきみたいに頼っていけば、みんな助けてくれる」
「急に豹変したらみんな戸惑うでしょ。だから、少しずつしたほうがいいと思って。今の私はもう前の私じゃないし。あらかじめほのめかした方がいいかなって」
和泉は困った顔でつぶやいた。
「いずれおいおいみんなに説明しよう。でも、今はガーベンとの戦いに集中する。それしか逆転の方法はないからな」
「わかってるって」
和泉は控えめな笑みを見せた。
その顔はかつての強気な和泉と違っていたが、俺を勇気づけるには十分だった。
「武蔵君、見て。もう渦を抜けそう」
俺たちは渦の奥まで来ていた。
目の前に暗い壁が迫っている。
俺は和泉をかばうように抱きしめた。
そのまま、暗闇の中に俺たちは飲み込まれていった。
「武蔵君、大丈夫?」
耳元で和泉の声がした。
俺はあわてて頭を起こした。
「ここは?」
和泉は真っ暗の空間に立った状態で浮かんでいた。
「見て」
和泉の示す方向に目を向けた。
そこには渦巻きがあった。
さっきの黒い渦巻きじゃない。
まるで銀河系のように、光でできていた。
赤や青、緑に黄色、色とりどりの光が集まり、一つの渦巻き銀河を作っていた。
「これは・・・・・・?」
「『人銀河』よ」
「ひとぎんが? 何だ、それ?」
「私たち人類の夢幻界での姿。みんなが眠っているときに夢幻界を通り抜ける。その瞬間が光になってここに投影されるの。その命の光が集まったところ」
俺は黙ってその光景を見つめていた。
多くの人たちの輝きが集まる光の銀河。
その美しさにしばらく心を奪われていた。
だが、しばらく見ていると気がついたが、人銀河は少し薄暗く、輝きを失っているように見えた。
「何か元気がないように見えるけど」
「真ん中にあるモノリスを見て」
よく見ると銀河の中央下辺りに、巨大な岩盤でできた白いモノリスが立っていた。
そこに杭が打ちつけてあって、人銀河を結わえ付けていた。
「まさか、あの杭が刺さっているから、おかしくなっているのか?」
俺の問いに和泉が頷いた。
「あれがナイトメアハザードの原因。 ガーベンが人銀河を見つけて、動かないように固定したの。それがあの惨劇だった」
ガーベンの記憶を見た和泉がポツリと言った。
「なぜ、そんなことを奴はしたんだ?」
俺は怒りのあまり声が震えていた。
「ここに手を出せば、人間の輝きが失われ、人は眠ったままになる。ガーベンはこれを手にしたことで、私たち人類をいいなりにしようとしているのよ」
俺は改めて光の人銀河を見た。
確かに美しく輝いているが、あちこちに光が弱いところがあり、点滅しているところもあった。
病気を患い元気のない患者。
それが人類の夢幻界での姿であり、この人銀河の光点だった。
「早く助けないとな」
「もちろんよ。それが私たちの目的なんだから」
「確認しておくけど、あそこまで行って杭を外せば、ナイトメアハザードは終わるんだな?」
「ええ」
俺はモノリスを注意深く見た。
先が尖っている巨大な柱だ。
その下は地表で月の表面のようにぼこぼこしていた。
「じゃあ、決まりだ! 地表に出て早くあのモノリスの所まで行こう! もうあまり時間がないはずだ」
俺は和泉の手を取った。
和泉は俺の手をしっかりと握りしめた。
俺たちは敵地で互いの絆を確かめるように手を取り合って、モノリス目指して走り始めた。
行程は何事もなかった。
敵の襲撃を受けることも、夢魔の一匹とも出会うことなく、俺たちは大きなクレーターの縁にたどり着いた。
クレーター底部は少し周囲が盛り上がり、台地になっていた。
すり鉢状の穴の中心には大きな岩盤が立てられていた。
それこそ俺たちが探し求めるモノリスだ。
ここからでははっきりと描かれている図も確認できた。
長細い笹の葉を縦にしたような絵で、葉の筋が枝分かれしている。
下から派生した筋は細かく分岐を繰り返しながら上に伸びている。
無秩序に広がっているように見えるが、よく見ると上の方ですべての筋が、下同様に一点に収束している。
そのすぐ上に人銀河を捕らえるための楔が打ち付けてあった。
はたして何の図なのだろう?
そんな疑問が頭をよぎったが、それどころではないと俺は頭を切り替えた。
ここは敵地だ。
ならガーベンがすぐ側にいるはずだ。
俺は注意深く周りを見回した。
いた!
ガーベンは巨大岩盤の右端に同色の王座があり、そこで座っていた。
何事かに集中しているようで、目は閉じられ微動だにしない。
まるで瞑想でもしてるかのようだ。
俺たちはゆっくりと近づいた。
後少しでガーベンの所までたどり着けると思ったときに、不意にガーベンは目を見開いた。
赤く細い切れ長の目だ。
しかも、眼球はなく、赤一色だった。
俺と目が合ったガーベンは、王座から立ち上がった。




