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ナイトメアハザード  作者: せっさ 拓馬
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第54話 和泉の葛藤

沈黙が船内を支配する中、俺は和泉の方を向いて言った。


「・・・分からない。でも、やるしかないだろ」

「今度こそ、死んじゃうかもしれないんだよ。あの都リーダーみたいに」

「和泉さん・・・」


日向が心配そうに和泉を見た。


「帰ろう。わたし、これ以上みんなが死ぬのなんか見たくないよ」


和泉が両手を握って主張した。

その手がかすかに震えていた。


「心配するのは当然だよ。和泉が怖いのも分かる。俺だってそうだ」


俺は和泉の震える手を取って、俺の胸を触らせた。

心臓の音が自分でも分かるぐらい、はっきりと鼓動を打っている。


「俺だって怖いさ。死にたくない」

「じゃあ、どうして?」

「分かるだろ。今俺たちでしかこの状況を解決できないんだ。このまま放っておけばナイトメアハザードの犠牲者たちは死んでしまう。だから、なんとかするしかないんだ」

「和泉さん、怖いのは分かるよ。でも、いつもの和泉さんならみんなを勇気づけて先頭に立っていたじゃないか?」


日向が和泉に向かって励ます。

だが、和泉は首を振った。


「私はもう戦えないよ。とてもそんな気にならない。みんなも引き返そう」


和泉は目に涙を浮かべながら言った。


「和泉、目の前で人が死ぬのは怖いよな。俺だって初めて人の死を見たときは、本当に怖かったよ。なんで、人は死ぬのか? 死んだらどうなるのか? それを考えたとき足元が無くなったような気がして、怖くて怖くてたまらなかった」

「・・・・・・」


和泉は押し黙って、俺の話を聞いていた。


「それでも行かなけりゃいけないんだよ。どんなに怖くても、それが人を助けることになるんなら、命をかけてでも行かないといけないことがあるんだ」


俺は真剣な目で和泉の顔を見つめた。

和泉は俺の目をそらし、横を向いた。


「私は帰りたいよ。もう、いやなの」


和泉はそう言うと、弓矢を出した。

そのまま、弓矢の狙いを神有月さんに向けた。


「和泉!」

「和泉さん、止めるんだ!」


俺たちが同時に叫んだ。


「私はこれ以上他の人が死ぬのを見るのが耐えられないの! あんなにいっぱいいる夢魔たちにかなうわけないじゃない! だから、引き返して!」

「和泉・・・・・」


俺は和泉を止めようとした。


「止めて! 撃つわよ」


和泉は弓を持つ手を激しく震わせた。


「私は本気よ。だから、邪魔しないで」


狙いを付けられた神有月さんが静かに諭した。


「和泉さん、例えあなたが私を撃ったとしても、私たちは引き返しません」

「そんな、やってみないと分からないわ!」

「和泉!」


和泉の動きを見て、俺はとっさに神有月さんとの間に駆け込んだ。

その瞬間、和泉は弓を引いた。

勢いよく放たれた矢が俺の体を貫いた。


「いやああああーーーーーーっ!」


俺の体に突き刺さった矢を見て、和泉は絶叫した。

そのまま、体がゆらりと崩れ、床に倒れる。

あわてて、日向が和泉を抱き止めて、床への激突を防いだ。


「武蔵さん!」


神有月さんが倒れた俺をのぞき込んだ。


「大丈夫、なんとか生きてるよ」


和泉の矢は俺の腹に刺さったものの、下の腰あたりだったため致命傷にはなっていなかった。

しかも和泉が気を失ったことで、矢も効力を失いすでに消え去っていた。


「和泉さんが・・・、和泉さんが・・・」


日向の声に俺と神有月さんは振り向いた。

和泉は目を見開き、口からは泡が吹き出ていた。


「まさか! 和泉!」


俺は和泉の左胸に触れた。

形のよい乳房の感触が伝わるが、今の俺にはそんなことよりも和泉が生きているかを確かめる方が重要だった。


「心臓が、止まりかけてる」


「ウソだろう・・・、おい!」


日向が覗き込んできた。

すでに和泉の顔には血の気がなかった。

ショックのあまり、心臓麻痺を起こしている。


「和泉さん! このままでは死んでしまうわ。何とかしないと」

「でも、どうすればいいんだよ? ここには心臓麻痺を治す装置なんてないぞ!」


日向が焦って神有月さんにくってかかっている。

確かAEDだっけな、駅に設置している赤いスーツケースみたいな物で心臓麻痺を治す機械。

でもあんなのじっくりと観察したことなんかなかったぞ。

どうしたら創り出せるんだよ。

俺が焦っていると、神有月さんは俺の方を向いた。


「武蔵さんは夢の中で自由に行動できる能力があるそうですよね?」

「えっ、ど、どうなのか・・・あまりはっきり分からないですけど・・・」


俺がシドロモドロになって答えると、神有月さんは俺の顔を見て両手を組んで言った。


「お願いします。その力で和泉さんの夢の中に入ってみてください」

「ええっ!」


俺は心底驚いた。

ここはもともと愛ちゃんの夢の中で、夢幻界の中だ。

その上でさらに和泉の夢の中に入れるのか?


「これは心臓麻痺でも実際に起こっているものではありません。心がこの出来事に拒否反応を起こしているんです」

「ど、どういうことですか?」

「私も愛がナイトメアハザードで昏睡状態になったことを聞いたとき、現実を認められなくなって気を失いました。和泉さんも同じようになってしまったんです」

「で、でも、それとこれとは・・・」

「確かに現実で起こったことと、この世界での出来事は違います。でも、今の状況を認めたくないことは同じです。だから、心がこのことを否定しているんです」

「そうかもしれませんけど・・・」

「ですから、武蔵さんが無事なことを知らせることが出来れば、意識を取り戻せるかもしれません。でも、それをするなら和泉さんの心の中に入らないといけない。武蔵さんなら、そういう能力があるって都さんが言われていました。だから早く!」

「都リーダーが・・・・・・」


俺は都リーダーの言葉を思い出した。


(あなたには他の人にはない能力を持っている。それは夢と現実を結ぶ力、夢を自在に操れる最強の能力者。私たちはそういう人を『夢の結び手・ドリームリンカー』って呼んでいるわ)


ドリームリンカー、それが俺の能力。

俺にはまだその実感がはっきりとはない。

でも、和泉を助けられるのなら、その言葉を信じられるのかもしれない。


「俺、都リーダーから、最強の能力者『ドリームリンカー』だって言われました。そのときは、いや、いまでも、本当かどうかさえ分かりません・・・」


俺はいったん言葉を切った。

みんなが息を飲んで次の言葉を待っていた。


「でも・・・、俺は・・・、和泉を救いたい。だから・・・、やってみます・・・」


俺はみんなの見守る中、和泉の手を触った。

和泉の手は驚くほど白く蝋人形を思わした。

冷たい手をしっかりと握る。


和泉・・・

俺は和泉の顔を見た。

その目はまだ見開かれており、視点が宙をさまよっている。

俺は集中して和泉に念を送り込んだ。

しかし、何の反応もなかった。


「だめだ」


俺は手を離した。


「武蔵さん、手を頭の上、額に置いてみてください。そこが脳に近いから影響が強くなるはずです。あと、和泉さんに生気を与えるのではなく、和泉さんのことを深く感じ、受け入れるようにしてみてください」


神有月さんのアドバイスに従って、俺はもう一度言われたようにしてみた。


和泉のことを考える。

初めて会ったとき、夢魔に襲われ助けてもらったとき、和泉を助けようとして、能力が発動したとき、念物の中心核で緑の霧に襲われ和泉に弱点をたずねたとき、泥の海で和泉の水着姿を見たとき、そして和泉が俺のために泣いたとき。


俺は和泉のすべてを知っているわけではない。

見たのはほんの一部だ。

これで和泉のことを分かったというのは、あまりに足りなさすぎるだろう。


それでも俺は和泉のすべてを受け入れる。

いいところも、悪いところもある。

はっきり言えば、悪いところの方が多いかもしれない。

それでも俺は和泉を助けたいと思ってる。それで十分だ。


俺は和泉を見た。

その目に写るものを知りたい。

俺が知っているのはこの程度だ。

和泉、もし俺のことを考えてくれているなら、この程度の出来事では不足してるかもしれないけど、俺を受け入れてくれ。


俺がそう念じたとき、視界がぼやけた。

二日酔いで倒れそうになった感覚だ。

下に吸い込まれる、そう思ったとき、俺は気を失っていた。


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