第48話 対峙
カプリース号が姿を見せたのは、まもなくのことだった。
音もなく滑るように上空に現れた。
甲板の先端には都リーダーが真剣な表情で立っていた。
あの様子からすると、すでに事情は飲み込めているようだ。
「約束通り来たわ。みんなを解放しなさい!」
都リーダーは張りのある堂々とした声で下に呼びかけた。
「では、船を下りてこちらに来てもらおう」
信濃の言われたとおりに、都リーダーは船を泥の地表すれすれまで接近させた。
地面に触れるか触れないかの位置で静止させる。
縄ばしごを伝って下に降りてきた。
俺は地面に降りられるか不安だったが、幸い和泉のようなトラブルはなく、腰まで泥に浸かるとしっかりした足取りでこっちに向かって来た。
「事情は分かっているな」
「ええ、船でモニターしてたから。あなたの気持ちは分かるわ。でも、他の隊員を人質にするのは止めて。それは許されないことよ」
都リーダーは信濃に怒るわけでも説教するわけでもなく、ただ淡々と話した。
「私が人質になるから、みんなは解放しなさい」
「それはダメだ。お前では俺同様に能力者でないからな。上層部では取引材料に値しないだろう。切られて終わりだ」
クッと都リーダーは唇を噛みしめた。
「ここにお前を呼んだのは、みんなを説得してもらいたいからだ。お前の命令を聞いて投降してくれれば何の問題もない。それがままならないなら、誰か一人でも見せしめにすることになる」
「カプリース号を手にしたからといっても、出来ることは何もないわ。ANHDは別な方法でこの世界への接触を図るでしょう」
「本当にそうかな?」
信濃は疑念に満ちた表情で都リーダーを見た。
「お前も知っているだろうが、現在、我が国は危険な状況にある。隣国の侵攻を目前にして、余裕がないからな。ナイトメアハザードどころではなくなる」
押し黙っている都リーダーを見ると、その懸念は現実のものだと確信できた。
「そうなったらANHDともただでは済むまい。上層部は隠蔽のため、この計画そのものを無いことにするだろう。どちらにしても我々は見捨てられるのだ。ならば、ここで夢魔と手を組んだ方がマシではないのか?」
都リーダーは黙って話を聞いていたが、その表情は変わらなかった。
長い沈黙の時が過ぎ、都リーダーはついに口を開いた。
「それでも、私たちが夢魔に屈することはありません。それは人類に対して裏切り行為であり、ナイトメアハザードで苦しむ人々を放置することになります。未だに百万近い罪のない人々が昏睡していて、それ以上の多くの人たちが苦しんでいるわ。上層部がどう考えようと、私はそんな人たちを見捨てるわけにはいかない」
都リーダーの言葉は俺たちの胸を打った。
ふうー、と信濃はため息をついた。
「やはり、そう言うと思ったよ。都さんはいつもそうだったからな。あの『山城さん』の言葉通りだ。『決してあきらめることのない信念を持った女性だ』とね」
山城さん、という名が出たときに、都リーダーは明らかに動揺の表情を見せた。
「裏切ったあなたには、その名前を出す資格はありません。私はあの人のために今まで生きてきたのです。そしてこれからも」
「では、あなたはどうあっても、従う気はないということですね?」
都リーダーは無言で答えた。
「やむを得ません。では、意志表示のためにあなたには犠牲になってもらいます。あと、一人でも能力者を殺しておけば、より真剣に考える気になるでしょう」
都リーダーが憤怒の表情を見せた。
こんなに怒った顔を見せたのは、俺は初めてだった。
「みんなは無関係です! 罪を償うべきは私であり、あなたでしょう。恥を知りなさい!」
息詰まる都リーダーと信濃の会談の最中、ガーベンはただ黙って座っていた。
ウゴスは前と変わらず退屈を持て余すように空を飛んでいる。
夢魔たちからすれば、人間の事情は関係ないといったところか。
俺は夢魔が俺たちに全然興味を持っていないことを確認すると、こっそりと日向に近づいた。
「大丈夫か?」
日向に向かってたずねる。
「ああ、俺の方はね。武蔵はどうだ?」
「俺は何とかな。それより夢魔どもはこっちに気付いてない。今のうちに何とか逃げ出すぞ」
俺の言葉に日向の顔がパッと明るくなった。
「そうこなくっちゃ、で、何か勝算があるのか?」
「今俺がイメージできるのは、これぐらいだ」
俺は以前使ったライターを思い浮かべた。
一度作り出したことがあるから、わりかしイメージが掴みやすい。
ぼんやりした形からライターが浮かび上がった。
「マジかよ。ライターが出てきた」
「日向にもこれが見えるんだな。なら話が早い。それで俺の触手を焼き切ってくれ。後ろ向きになってるから、相手には死角になる」
「了解」
日向はなんとか俺の後ろに回り、 触手で手の自由が利かないなりにも苦労しながらライターの火を着けた。
ジリジリとした痛みと熱さが俺の手に伝わってきた。
俺の苦悶の表情を見せたので、日向が慌てる。
「我慢して。見つかったら終わりだ」
「そ、そんなこと、言ってもな。い、痛みはあるんだよ」
くそおおっ、何でこんな我慢くらべしなけりゃいけないんだよ。
俺は痛みを表に出さないように、できるだけ平然さを装った。
それでも額に脂汗が流れるわ、歯が噛みしめられるわで、どう見ても怪しい。
和泉もそう思ったのだろう。
触手で絡められた状態で足掻きながら俺の方に近づいてきた。
「どうしたの? 武蔵君、傷が痛むの?」
俺は和泉に「来るな」とジェスチャーを送った。
ここで怪しまれたら、元も子もない。
和泉はジェスチャーが分からなかったのか、ますます心配そうな顔になって向かおうとしている。
ダメだ。
心配するのは嬉しいけど、来ないでくれ。
俺は首を振った。
そのとたん、俺の手のくびきが取れた。
日向が手の触手を焼き切ってくれたのだ。
俺は思わず手で来るなと、合図してしまった。
当然のことだが、ここまであからさまな行為をして気が付かれないほど、敵は愚かではなかった。
明らかにおかしいと思ったウゴスが、こっちを見た。
俺はライターの炎を全開にして、日向の手に巻き付いている触手に火を着けた。
「ぎええええぇーーーーっ」
日向が痛みのあまり悲鳴をあげる。
すまない、この借りは返す。
もう、バレたのは決定的だ。
日向は痛みのあまり、手を激しく動かした。
十分焼けたこともあって触手が引きちぎられた。
「無茶苦茶過ぎだろ!」
手をさすって恨めしい目で見る日向に、手を合わせて詫びをいれる。
「後でいくらでも謝る。とりあえず、剣で和泉を助けてやってくれ。おれはウゴスを相手にする」
俺はこちらに急降下してきたウゴスに向かって、両手でファイティングポーズを取った。
ウゴスはそうこなくっちゃな、とニヤリと笑った、ように見えた。
ウゴスは足の鉤爪を突き立てて、そのまま突撃してくる。
ウゴスが俺の体に体当たりする直前、思いっきり後ろの飛び退いた。
爪が目の前の地面をえぐり、激しい泥の飛沫があがる。
攻撃がかわされたウゴスは、うげげげげっ、と鳴き声をあげた。
また、戦えてうれしいと言わんばかりだ。
日向の方を見ると、ちょうど和泉の触手を断ち切ったところだった。
和泉が体中にまとわりついている触手を振り払っている。
「日向はあの卵の触手を断ち切ってくれ。そうしたら触手攻撃がなくなるかも知れない。和泉は都リーダーを助けてやって」
「わかったわ!」
「了解」
素早く二人は走っていく。
さすがに戦い慣れているから躊躇がない。
俺は再びウゴスに注意を向けた。
「面白い、面白いぞ! こうでなくってはな。やはり俺は戦っている時が一番楽しい」
ウゴスは鉤爪の先を舌でなめた。
三本の尖った爪先が不気味に輝いた。
「この爪でお前の体に穴を開けてやる!」
ウゴスは吠えると、勢いよく右手を突き出した。
「おりゃああああーーーーーーっ!」
俺も右手を繰り出した。
爪先が俺の腕をかすめる。
鋭い痛みと剃刀で切られたような痕ができるが、気に留めずにそのままウゴスの体に向かって拳を突き入れる。
「うげげえっ!」
気持ち悪い叫び声とともにウゴスの体がよろめく。
胴体をえぐった俺の右手に、鳥の羽毛の感触と固い筋肉の質感が伝わる。
立て続けに拳を喰らわせる。
グゲッ、グゲッ、と叫び声とともにウゴスの顔が歪んだ。
突然、右手の鉤爪が肩を切り裂いた。
痛みに驚き、俺は後ろに退く。
右肩がざっくりとえぐられていた。
肩から右腕上腕部が、赤い筋肉質の肉の塊になっている。
現実なら骨まで見えるほどの大怪我だが、俺が肩に力を入れると、盛り上がって元に戻った。
危なかった。
もう少し深かったら右腕ごと切り落とされていた。
俺は引いて様子をうかがう。
ウゴスも両肩を上下に振るわすと、体の傷が癒えていった。
お互いに傷を治しあったところで、対峙して相手の隙をうかがう。
そのとたん、地面から湧き出た触手がいきなり俺の後ろから襲ってきた。
しまった、と思ったときには遅かった。
俺は触手に足を取られ、もんどりうった。
俺の視界が回転して、地面に叩きつけられた。
頭がクラクラして痛む。
その隙を見て、ウゴスが鉤爪を繰り出してくる。
俺は身をよじり回転させる。
俺の体があったところに、ウゴスの爪が空を切った。
そのまま、横向きに回りながらその場から逃れようとする。
しかし、足に触手が巻き付いている。
うまく動くことが出来ない。
「もらった!」
ウゴスの鉤爪が俺の体に迫る。
俺は体をよじることで精一杯だった。
グシッャと鈍い音がして、ウゴスの爪が俺の体をえぐる。
痛みで叫び声が出た。
俺は他人事のように俺の悲鳴を聞いた。
爪は腹をえぐっていた。
腰少し上のところに爪が刺さり切り裂いている。
内蔵でも出ているんじゃないかという痛さだ。
幸い、血も流れてないし腸も見えてない。
そこまで想像する気にすらならない。
もし、現実なみに再現したら俺だってショックで出血死しそうだ。
俺は腹をよじって、ウゴスの鉤爪を引き抜いた。
これでも人間死なないんだなと、俺はぼんやり思った。
「いいぞ、いいぞお。現実ならここで俺の勝ちだろうが、この世界ではいつまでもいたぶってやれる。楽しみはまだまだ続くぞ」
ウゴスが左の鉤爪も舌でなめ回す。
一対一でも厄介な相手なのに、触手の妨害があるから、まともに戦えない。
俺は日向の方を見た。
日向は迫ってくる触手を断ち切りながら、着実に卵の方へと向かっていた。
進むにつれて、触手の攻撃は激しさを増していたが、鬼神を思わす奮戦ぶりで迫ってくる触手を水あめのように叩き切っている。
和泉はどうしてる。
俺は都リーダーがいた方向に視点を移した。
和泉は都リーダーと二人でカプリース号にめがけて走っていた。
しかし、俺の目にはもう一つの光景が写っていた。
ガーベンが手に大きな槍を持って、今にも投げようとしていた。
その目標は先を走っている和泉だということも。
「和泉いいいいーーーーーーーぃ!」
俺の大声に和泉は後ろを向いた。
そして、槍が自分の方へと向かっていることに気づかされた。
愕然とする和泉は、恐怖のあまり立ち止まっていた。
俺の目の前で和泉が槍で貫かれようとする、その時だった。
都リーダーが両手を上げて、和泉の前に立ちふさがった。
槍は都リーダーの体を易々と貫いた。




