第47話 裏切り
「どうして、信濃さんが・・・・・・」
和泉が驚愕のあまり目を見開いていた。
「信濃さん、演技じゃないのか?」
日向が俺の方を向いてたずねた。
「いや、そうじゃない」
裏切りの情報を知らない、和泉と日向は呆気に取られて俺にたずねてきた。
演技かどうかは分からないが。
ひょっとしたら相手を油断させるための戦略で、俺にはその計画を話しているかもしれないと二人は思ったのだろうか。
そういう発想をしているのなら、和泉と日向は裏切りに荷担してはいないとは思えるが・・・・・・。
だが、俺は知っている。
演技でもなんでもない。
信濃は本当に俺たちを裏切ったという事実を。
信濃は一目見ただけで「ガーベン様」と相手のことを気付いていた。
しかもガーベンもずっと信濃のほうを向いていることで直感した。
明らかにガーベンと信濃は知り合いなのだ。
「こいつらの処置をどうしましょうか?」
信濃はもう偽装する必要はないと思ったのだろう。
俺たちを『こいつら』呼ばわりしている。
「人質として確保しろ。お前等の乗り物を要求する取引材料になる」
「信濃おおおぉっ!」
今まで信じてきた隊員で仲間だった男、しかも頼りになる先輩であり、サブリーダーに裏切られた日向は、歯を剥き出しにして信濃をにらみつけた。
「どうして、どうして私たちを裏切ったのよ! そんな人じゃなかったはず。みんなのために人一倍がんばっていたじゃないの!」
信濃は逆さ吊りの和泉を一瞥するとしゃべり始めた。
「確かに俺は隊員だったよ。俺なりに夢魔の侵攻を防ごうとした。そのためにさまざまな進言もしたし、協力を惜しまなかったつもりだ」
「じゃあ、なんで、なんで・・・。あんたも能力者だったじゃないか・・・」
日向の叫び声に信濃はちょっと横を向いた。
「君たちは俺のことを能力者と思っているようだが、それは大きな間違いだ。俺は能力者などではない」
信濃のこの発言は、俺たちを動揺させた。
「どういうことだよ? 能力者だから隊員になれたんじゃなかったのか?」
日向の問いに信濃は首を振った。
「君は知らないと思うが、当初のANHDはまだ夢幻界のことも夢魔のことも知られてなかった。だから、能力者だから隊員になれたわけではない。対策機関として設立され、その際に俺も任命されのだ」
「でも、敵を見つける能力があるって・・・?」
日向の問いは信濃が能力者であるということを前提にしている。
だが、俺にはその答えの見当がついた。
「違うよ。こいつは俺たちのことを敵に知らせていたんだ。その見返りで敵の位置を教えてもらっていた。能力者であるように振る舞っていただけなんだ」
「思ったより君は賢明なようだな、武蔵君。その通りだよ。もっともすぐに裏切ったわけではない。やはり俺も葛藤した。人類のためにANHDの一員となったのだ。人を救いたいという気持ちに今でも変わりはない」
「じゃあ、どうして・・・?」
和泉のささやくような問いは、まだ信濃の良心を期待している響きがあった。
「和泉君、君は能力者として戦える。だが、俺はどうだ? 能力がない人間は何をすればいい? ただ、指をくわえて見ているだけだ。戦いが進めば進むほど俺の組織における居場所はなくなっていった。それとともに絶望感は増すばかりだった」
「戦えなくとも隊員としてがんばっている人が大勢いるじゃないか!」
俺は都リーダーのことが真っ先に頭に浮かんだ。
あの人も能力者じゃない。
だが、夢幻界に行けるからということで、俺たちのリーダー役になり責任を果たしている。
そのおかげで俺たちはどれほど助けられているだろうか。
俺は都リーダー同様、たとえ信濃が能力者でなくともその経験と人柄さえ生かしてくれたら、頼れる兄貴分として尊敬し続けていただろう。
「大多数の隊員たちは真相を知らない。俺たち特務部隊の困難さも、戦いの過酷さも、すべての真実もな。そして単なる夢物語、たわごととしてしか、世間では俺たちの存在は認識されていない。そんな中でただ偽りの平穏だけを望んでいる」
信濃の言葉には真実味があった。
確かに世間ではANHDの活動は極秘事項になっている。
だからこそ、マスコミは好き放題書き立ててボロクソに批判してきた。
俺ですら週刊誌や新聞を読まなくなったほどだ。
所詮は夢の話だ。
夢幻界で行われている死闘も、異次元の出来事であり、当事者以外では実感できることではない。
そのギャップが理解できるのは戦友の隊員たちだけだろう。
俺もANHDの一員になる前はそう思っていたからよく分かる。
「なのにANHDの部隊だけが責任を負わせられる。君たちもそうだろう。所詮は捨て駒なのだ。こんなことでは人類は夢魔には勝てない。俺はこう結論づけたのだ」
「そんなことない! 私たちが捨て駒だったら、何のために戦ってきたって言うのよ!」
自らを捨て駒扱いされた和泉は、体を揺らして抗議した。
「君たちの気持ちは分かる。俺も捨て駒の一人だからな。だが、捨て駒でも裏がえれば『金』になることはできる」
「それが裏切り行為ってわけかよ」
日向が両手を握りしめている。
怒りのあまり拳が震えていた。
「違うよ。俺は裏切ったという訳ではない。人類の一人として取引を申し出たのだ。夢魔と協力関係になることで、一部の人類を助ける。そうすれば絶滅だけは防ぐことができるだろう。それゆえの行為だ」
「それを『裏切り』って言うんだろうが!」
「君がどう思おうが勝手だが、俺に従っておけば命は長年のよしみで助けるつもりだ。今まで世話になったし、同じ立場で境遇の隊員を殺すことは、俺も気が進まないからな」
「ナイトメアハザードはどうなるんです? 罪のない人たちを見殺しにする気ですか?」
俺は信濃に疑念をぶつけた。
「もう君も知っているだろう。政府はナイトメアハザードの犠牲者たちを見捨てつつあることを。犠牲者には不運だったと思う。しかし、このままだと、すべての人類が次なるナイトメアハザードの犠牲となるだろう。その大きな犠牲の前には少数の犠牲はやむを得ない」
「僕はお前を許さない。どんな理由を付けてもお前は僕たちを敵に売ったんだ」
日向は信濃を指さして言った。
「あくまで刃向かうというのなら仕方がない。とりあえず和泉君から邪魔をされないように、この場で消えてもらうしかない」
そう言うと信濃は手を左右に振った。
飛んでいるウゴスが合図を受けて、和泉に近寄ってきた。
「止めろ。和泉は殺すな!」
「和泉さんをお前みたいな奴に殺させるか!」
俺と日向が同時に叫んだ。
「では、降参を認めるか?」
上空で重々しくガーベンが問いただした。
「・・・・・・」
俺たちは無言でうなだれた。
ただ、和泉のすすり泣く声だけが響いていた。
俺と日向はシュマゴスの触手に囚われ、泥の沼地で転がされていた。
和泉もようやく下ろしてもらって地面でうずくまっている。
「これよりカプリース号を呼びます。そこでリーダーに直接談判を申し込みます。おそらく人のいい彼女のこと、仲間を見殺しにできないでしょう」
信濃が説明する間、ウゴスは俺は知ったことかと言わんばかりに空を飛び回っていた。
首領のガーベンがただ動かないで横で目をつぶっている。
反応がないので話を聞いているのかどうかは分かりづらいが、おそらく理解してはいるのだろう。
「カプリース号引き渡しに応じるのなら、問題ありません。これで隊員は夢幻界に干渉する手段を失います。できないなら彼らの命を犠牲にすると脅せばいい。そうすれば都さん自らが出て来ざる得ないでしょう」
「思い入れがあるようだな?」
ガーベンの口を開けずに発せられた問いに、信濃はちょっと遠い目をした。
「ええ、長いつきあいですからね」
そこには苦笑とも共感とも思える響きがあった。




