第46話 首領
敵の拠点というのに、驚くほど静かだ。
夢魔の姿一つ見えない。
声もしないし、物音もない。
聞こえるのは俺たちが沼地を渡るばしゃばしゃという音だけだ。
それでも俺たちは敵の強襲を恐れ、無言で進んでいた。
やがて、目の前に丸いシルエットが見えてきた。
初めは沼にできたイボのように見えた影は、次第に大きくなりはっきりと卵形だと分かるようになっていった。
「止まれ」
信濃さんが俺たちを停止させた。
「あれだよな」
日向が声をもらす。
「誰もいないように見えるが、注意しろよ」
信濃さんの警告に従い、みんなは周りを見回す。
しかし、これといった異常や敵の姿はない。
「どうやら何とか目的地直前までたどり着いたわね」
「でも今まで攻撃らしい攻撃が全くないのが、逆に不気味だな」
俺は拠点なんだから、もっと激しい抵抗があるものだと思っていた。
それが全く何事も起こらない。
「カプリース号の陽動がうまくいっているのかもな。まだ、ここでとどまって戦ったことはなかったらしいから」
日向がそう言う。
「確かにさっきから空にインプたちが飛んでいくのは見えたわ」
そういう意味では、都リーダーの陽動作戦は功を奏しているようだ。
少なくとも群れ全体を相手にしなくて済むのは助かる。
ただ、カプリース号には船を守る人が誰もいないから、ただ逃げ回るだけになる。
何も被害がなければいいけど……。
俺は空のかなたにいる都リーダーと神在月さんの無事を祈った。
「そうあってくれれば、うれしいんだがな。とにかく、ここいらであの卵らしい物体をよく注意していった方がいいだろう」
信濃さんが慎重には慎重を重ねて、周りをうかがっている。
俺も卵をじっくりと観察した。
大きさは20メートルぐらいもある巨大なものだ。
周りにはツタのような触手が絡み付き、特に下の方にかたまって広がっている。
まるで卵を逃がさないと押さえているかのようだ。
触手でぐるぐる巻きになっている印象を受ける。
足下も沼の深さが少しずつ浅くなってきている。
もう膝から足首あたりまでの深さだ。
このぐらいなら卵周辺ではあまり泥による影響はなくなるだろう。
それでも戦闘になったときには、かなり足場が悪いことを覚悟しなければならないだろうが。
「確認しておこう。拠点ではまず上級夢魔を中心に戦え。目の前で邪魔をされない限り、インプは無視しろ。和泉は弓で積極的に狙ってくれ」
「了解しました」
「卵には注意しておいてくれ。何か動きがあるかもしれないからな」
「はい」
「ウゴスの捕獲が目的だが、決して甘く見るな。倒すぐらいの覚悟で戦わないと、かなう相手じゃないぞ」
ウゴスは狡猾な奴だ。
命を奪わないと見破られると、それを逆手にとってどんな卑怯な手を使うかわからない。
俺は肝に銘じた。
「それじゃ、そろそろ行くか?」
信濃さんがそう言った。
俺たちは無言でうなずいた。
そのときだった。
卵の裏から何者かが飛んで現れた。
上空から下を見降ろし、俺たちの接近に気づいたのか、こっちに向かってくる。
それは前に出た念物の中心部にいた上級夢魔こそカラス魔人の姿だった。
「ウゴス!」
俺は思わず叫んだ。
「ウゲゲゲゲゲゲゲ! やはりお前たちか。空にいるものとばかり思っていたら、もうこんなところまで入り込んできたとはな」
ウゴスは空からいつもの笑い声とともに、大声を上げた。
「まあ、いい。ここに居ればいずれ会えるとは思っていたからな。ここがお前たちの墓場になるのだ!」
定番テンプレの警告だ。
ウゴスは沼地を気にすることなく、空を飛んで俺たちを見下げてくる。
「ここは俺たちのホームグラウンド。お前たちはのこのこ罠にかかりにきたというわけだ。じっくり歓迎してやる」
そうウゴスが言うなり、泥の地面が動き出した。
下の触手が俺たちを捕まえようとのたうっている。
同時に沼からインプの集団がゴボゴボと湧き出てきた。
「ここの泥より夢魔は生まれいずる。言わば母体だ。お前たちに勝ち目はない」
たちまちのうちに夢魔たちによって、俺たちは囲まれてしまった。
「いくら夢魔を呼び出したところで、その大元のインプロードを倒せば問題ないだろうが!」
俺はそう叫び、夢魔のボスを捜した。
が、姿がどこにも見えない。
キョロキョロする俺たちの姿を見て、ウゴスは腹を抱えて笑っている。
「ウゲゲゲゲッ! 馬鹿か、お前らは。ここから生まれるのだと言っただろうが。統括するモノなど必要ない。言わばこの卵、シュマゴスがすべての夢魔を操っているのだ。つまりお前たちは死ぬまで夢魔と戦い続けるがいい」
ボスがいない。
つまり、いくら倒しても現れるってことか。
ウゴスの容赦ない言葉は俺たちの士気を打ち砕いた。
「なら、これはどう!」
和泉が弓を引き絞り、シュマゴスと呼ばれた卵を狙って矢を放つ。
狙い違わず矢はシュマゴスに突き刺さったように見えたが、まとわりついている触手に阻まれている。
すぐに傷が元に戻っていく。
「そんな!」
和泉も動揺が隠せない。
しかし、すぐに気を取り直し、次々と矢を放つ。
しかし、矢はシュマゴスの触手が鎧の役割を果たし、大したダメージにならないままふさがってしまう。
「甘いな。俺が連続攻撃など許すと思うのか」
ウゴスはインプたちを和泉に集中させた。
無数のインプが和泉のもとに駆けだしていった。
「任せろ!」
そう言うと日向が和泉の前に立ちふさがり、次々とインプたちをしとめていく。
和泉に手を出そうとしたインプは、首や胴を吹き飛ばされ、霧になって消えた。
それでも地面から湧き出てくるインプの群に為すすべがない。
「くそっ、このままじゃ」
俺は迫ってくるインプの群を倒すだけで精一杯で、ウゴスまで攻撃する余裕がない。
ウゴスは上空にいるため、飛び道具でないとダメージを与えることはできない。
「和泉いいいぃーー! ウゴスを倒せええぇ!」
俺の声に和泉は上空に弓を引き絞った。
「おっと、そうはさせねえ」
ウゴスは腕を上下に動かした。
何かの技でも使うのかと警戒したのだが、ウゴスの狙いは別のところにあった。
いきなりシュマゴスの触手が動いたかと思うと、和泉の足に絡み付き地面に引きずり倒したのだ。
「きゃあああぁーーーーーーっ!」
和泉の悲鳴が甲高く響いた。
地面に倒れた和泉はそのまま沼地を引きずられ、逆さまのままつり上げられてシュマゴスの真上にさらし者になってしまった。
「和泉いいいぃ!」
「和泉さああーーん!」
俺はあわてて和泉を救おうとした。
しかし、それより早く日向が背中に羽を生やした。
体が宙に舞い、日向は不安定にふらふら揺れながらも空へと浮かび上がった。
「なにぃ? こいつも空を飛べる能力があるのか?」
ウゴスが飛んだ日向を見てどよめいた。
日向は和泉に向かって羽ばたいた。
スピードは速くはないが、確実に和泉の元に向かっている
。
「日向君、がんばってぇ!」
和泉が逆さまになりながら、必死で飛んでいる日向を応援している。
だが、それもそこまでだった。
ウゴスが日向に向かって跳び蹴りを喰らわせてきたのだ。
まともに腹に鉤爪の足のキックを受け、そのまま下の沼地へ踏みつけ落とされた。
左手は変な方向へ曲がっていた。
現実なら重傷だ。
おそらく数ヶ月は入院生活を余儀なくさせられる怪我になるだろう。
日向は痛みを堪えながら、生きていることを知らせるために、右手を上げて振った。
和泉は半泣きの顔で俺たちを見ていた。
日向の生きている姿を見て、顔には安堵の表情が浮かんでいるのが垣間見えた。
「ウゲゲゲゲゲゲッ! 後は一人だけか、勝負あったようだな」
ウゴスが例の薄ら笑いをしながら、俺たちを見下した。
「待て!」
ウゴスよりも大きな威厳に満ちた声が轟いた。
何だ?
俺はいきなりの声に驚いてまわりを見回した。
が、だれもいない。
「ガ、ガーベン様! わざわざこんなところに」
ウゴスが甲高い声であわてて右手を胸に当て、一礼している。
俺たちはウゴスの視点の先、さらなる上空を見た。
上から何者かがゆっくりと泥の海に向かって降下してくる。
その姿は人型に近いものではあったが、人間とはほど遠かった。
頭髪はなく切れ長の閉じた赤い目、頭には牛を思わすような角が二本生えていた。
鼻もなく、口は耳近くまで裂けている。
体は黒い鱗で覆われていたが、全身を覆っているわけではなく、足や手はこぶがところどころ盛り上がり筋肉状になっている。
その姿はおとぎ話に出てくる悪魔か魔人と呼ばれるにふさわしい存在だった。
俺は一目見て、こいつのほうがウゴスより格上だとわかった。
こいつと比べると、ウゴスが子供に見える。
持っているオーラ、威厳、貫録、何を取ってもウゴスにはかなわない。
明らかにこの『ガーベン様』と呼ばれた夢魔のほうが、本命。
いや、首領クラスだ。
黒いウロコ魔人は、周りを睥睨すると大声で聞いた。
「こいつらか、報告にあった連中は?」
声が響く。
周りを震わすぐらいの重低音だ。
だが、ガーベンの見た視線の先は、ウゴスではなかった。
「左様でございます、ガーベン様」
嘘だろう・・・・・・・。
どうして、この人が。
俺は唖然として、そう言った人物を見た。
裏切り者がいるとは聞かされていたから覚悟はしてきたつもりだった。
それでも実際に目の当たりにすると、ショックだった。
信濃はガーベンに向かって恭しく礼をした。




