第49話 慟哭
「都リーダーああああ!!」
和泉の悲鳴があがり、都リーダーの体がスローモーションの画面を見ているかのように地面に倒れていった。
ウソだろう。
あんな大きな槍が体を貫通している。
ここは夢幻界だろ。
まさか、死ぬなんてことは、ない、はずだ。
俺はそう思った。
いや思わずにはいられなかった。
でも、槍は心臓の近くに刺さり、体を抜けていた。
あれじゃ、現実なら死んでしまう。
でも、確か致命傷を与えられたら、助からないって。
俺は呆然として、その光景を見つめていた。
都リーダーは目を見開いて和泉の顔を見ていた。
そして、静かに微笑んだ。
和泉に向かって、そして叫んだ俺の方を見て。
何か唇が動いたのが見えたが、何を言ったのかまでは、分からなかった。
そのとたん、都リーダーの体は輪郭がぼやけ、霧のようになっていった。
和泉は両手でその霧を必死でかき集めていた。
和泉の指をすり抜けて、霧は輝きながら天へと昇っていった。
「あああああああーーーーーーーーーー」
地面に四つん這いになり、髪を振り乱した和泉の口から慟哭の叫び声が轟いた。
都リーダー・・・・・・・。
俺のことを信じ、かばってくれたたった一人の人だった。
都リーダーがいたからこそ、俺はここに来て、戦う決心ができたのに。
いなくなったら、俺は何のために戦うことになるんだ。
「何だ、仲間が死んだのか。なあに、すぐにお前たちも後を追う」
ウゴスが衝撃のあまり立ち尽くした俺を見て、うげげげげと笑い声を出した。
俺はただ呆然として、ウゴスの前に立っていた。
「動かない方が楽に死ねるな。あの世とやらで再会でもするがいい」
ウゴスが鉤爪を俺の方に向けて突き出した。
俺は左脇を閉じ、そこに鉤爪を無理やり挟んだ。
「ウゲ?」
「うわあああああああ!!」
叫んだ俺はそのまま身体をねじり、ウゴスを地面に引きずり落とした。
地面でもがいているウゴスの羽めがけて拳を連打した。
「ウギャギャギャギャ」
もがくウゴスの羽を突く。
肩の関節が折れ曲がり、羽が引っぱられた。
そのままとどめとばかり、俺は肩を掴むと、足で思いっきり踏みつけた。
「ウゲエエエエーーーーーッ!」
ウゴスの羽がバリバリという音とともに、ねじれて引き千切られた。
これでもうウゴスが空を飛ぶことは出来ない。
翼をもがれたウゴスは、ぶるぶる震えながら泥の地面をはいつくばって逃げていく。
「しょ、勝負はついただろう。も、もう俺は何もしない。だから、助けてくれ・・・」
ウゴスの嘆願など、勝手な言い逃れにしか思えなかった。
俺は憤りのすべてをウゴスに叩きつけた。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーーーっ!」
俺の拳がウゴスの身体に炸裂した。
肉体のすべてが歪み、全身に拳痕がつけられた。
羽はおろか両手はすでに原形をとどめていない。
俺の打撃で粉砕骨折し、動かせなくなっている。
それでも俺は殴るのを止めなかった。
自分のすべての憤りをぶつけた。
おそらく百発以上の打撃を食らい、ウゴスは泥の中に崩れ落ちた。
「ひぃぃぃぃーーーーー!!」
初めてウゲゲゲ以外の叫び声を上げたかと思うと、ウゴスはガーベンの元へと泥の上をもがきながら逃げていく。
ガーベンは冷徹にその姿を見ていた。
ウゴスは泥の中でへたり込んで、ガーベンを祈る思いで見つめていた。
飼い犬が涙目で主人に歎願するように。
「た、助けて・・・ください」
「無様な姿だな」
ガーベンはただウゴスを見下した。
「ガーベン様、あなた様の言いつけどおり、連中を見張ってきました。その忠誠心に命じて、是非とも、もう一度御慈悲を……」
「また、力を与えたとしても、もうお前には奴らを倒すすべはないし、価値もない。これからは我自らが行う。最期の忠誠を果たせ」
ガーベンはそう言うと、ウゴスの口の中に手を突っ込んだ。
「ウゲ!」
そのまま、ガーベンは手を上にあげた。
宙に持ち上げられたウゴスが痙攣しながら、縮こまっていく。
その力と生命力を吸い取られていった。
干からびてミイラのようになったウゴスをガーベンは泥の中に投げ捨てた。
ウゴスはそのまま泥の中に沈み、二度と起きあがることはなかった。
突然、泥の沼地が揺れだした。
「何事だ! 地震か?」
ガーベンが周りを見渡した。
その目に映ったのは、日向が卵に絡まった触手をすべて叩き切った瞬間だった。
卵は大きく震えると、泥の沼の中に潜っていく。
「中心核がコントロールを離れたか!」
触手の群が今までコントロールをしていたガーベンめがけて、襲いかかった。
ガーベンは両手で払い、目の前の触手を手刀で叩き切っている。
しかし、次から次へと襲いかかる触手の群にきりがないと判断したのか、上空へと飛び上がった。
「勝負はお預けだ!」
そう言うなりガーベンはトカゲケンタウロスの騎馬に跨がると、頭上へと飛び上がっていった。
俺は和泉の元へ駆け寄った。
和泉はまだ地面に伏せていた。
「和泉!」
俺の呼び声に和泉は泥と涙まみれの顔を向けた。
「武蔵君・・・・・・」
そう言うなり、和泉は俺にしがみついた。
「わたし、わたし、守れなかったよ。都リーダーを、みすみす目の前で・・・・・・」
「死んだ」という言葉を口に出せなかったのか、和泉はそこで口をつぐんだ。
俺はただ泣きじゃくる和泉の肩を抱くことしかできなかった。
「何やってんだよ。早く脱出するんだ」
日向が俺たちの元に駆け寄ってくる。
「都リーダー、都リーダーが・・・・・・」
それ以上は和泉は口に出せないでいた。
「悲しむのは後だ。早く逃げるぞ」
俺の言葉にも和泉は反応しない。
「都リーダーは命がけで俺たちのことを助けに来たんだろう!」
日向の台詞はみんなの胸に響いた。
そうだった。
都リーダーが助けてくれたのに、ここで死ぬわけにはいかないんだ。
「和泉! 行くぞ!」
俺は無理矢理和泉をおぶると、カプリース号目指して走り出した。
泥の海はさっきまでの穏やかさと異なり、今までの怒りを発散させるかのごとく荒々しく波打っていた。
地表にあるものすべてを飲み込もうとして、泥が手のように動き、周りを捕まえようとしていた。
カプリース号は泥の海から浮き上がっていたが、そこにも泥の塊が叩きつけられ軋んでいた。
「早くぅーーー、もう持たないよぉ!」
愛ちゃんの声が頭の中に響く。
俺たちは泥をかき分けて船に向かった。
自然に俺たちは手をお互いにつなぎ合い、泥の流れを乗りこえていった。
カプリース号は俺たちを見つけると、泥の波しぶきをまともに食らい、大きく揺れながらも側までやって来た。
船の縄ばしごを日向、和泉が次々と登っていく。
俺は一番最後で、上に向かう前に周りを見回した。
都リーダーが後から追ってくるような幻想にとらわれたからだ。
でも、待っても誰も来なかった。
俺はかぶりを振った。
さようなら、都リーダー。
心の中でそう告げると、俺は縄ばしごを登りだした。
同時にカプリース号が泥の地面を離れていく。
泥の沼は高い波しぶきを巻き上げ、しけの海になっていた。
核が中に戻り、元来の姿を取り戻した念物は、これまでいいように扱われていた今までの恨みをはらすかのように、激しく脈動していた。
俺が甲板に登ると、和泉と日向が立っていた。
俺が声をかけようとすると、日向が黙ってある一点を指さした。
そこには、かつての仲間、今では裏切り者の信濃が泥にまみれて流されている姿があった。
俺たちの見てる前で信濃は泥をかぶりながら波に翻弄されていた。
その頭が見え隠れしていたが、やがて泥の海に消えて見えなくなった。
俺たちは黙ってその姿を見つめていた。




