第41話 神在月さんの秘密
急遽ダイヴしたカプリース号船内の大隅教授の部屋。
そこは俺たちガイストの個室よりも大きく、三つを合わせた以上はある。
しかし、部屋は使われていないのかと思わすぐらい、殺風景なものだった。大きなデスクが前方にあるぐらいで、目立つものは何もない。
その大きなデスクの席に教授が座り、前の席に俺と愛ちゃんと神在月さんが座る光景は、赤点の出来の悪い生徒が補習の授業を受けに来たような感じを受けた。
「愛、ちょっと悪いけど外に出ていて」
神在月さんが愛ちゃんに促すと、愛ちゃんは立ち上がってゆっくりと部屋を出た。
ドアを閉める前にこっちを向くと、心配そうな表情で俺を見た。
何か言いたげな沈んだ顔になっていたが、黙って後ろ手にドアを閉めた。
「愛も責任を感じているのね。私たちの問題にあなたを巻き込んだことに」
「あの時は俺が様子を見に行かなかったら、こんなことにはなりませんでした。俺のせいです。愛ちゃんには何も悪くないって、言っておいてください」
「ありがとう。愛のことを気にかけてくれて」
神在月さんは俺に礼を言った。
「私も油断していたんです。ここは愛の夢の中だから、ノンレム睡眠中を自由に動き回る人など今までいなかった。だから、警戒がおろそかになっていた」
「っていうことは、今までもこんな風に動いていたってことですか?」
神在月さんは考えを読まれてしまったのか、驚いたように俺を見た。
「やはり君をここに連れてきたのは正解だったか。試験や授業態度だけでは人は判断できないといういい見本だな。確かに私の睡眠学の講習の時は、君はよく実践していてくれていたがね」
すみません、眠っていたのバレてましたか。
だってあまりにも難しすぎますし・・・・・・。
俺はひたすらに頭を下げた。
「まあ、今日はそのことを責めるために呼んだわけではない。君に知られてしまった以上、これからのことを相談するために呼んだのだ。無論ここで話をするということからしても、話は極秘事項に関することだということは分かっているはずだろうがな」
俺は身が引き締まる思いで、大隅教授を見た。
「そうだな。どこから話すべきか・・・・・・?」
「よかったら、私からお話ししましょうか? 事の発端は私にあるのですから」
「そうだな。では、神在月くん、頼む」
「はい、教授」
神在月さんは俺を見ると、少し微笑んだ。
俺はホッとした。
同じ内容でも厳格な大隅教授から説明されるのと、美熟女の神在月さんからしてもらうのとでは、天と地の差だ。
「まずは私自身のことからです。もうお気づきかもしれませんが、私は愛の母です」
「ええっ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
しかし、そう言われてみれば、つじつまが合う。
『愛』と気さくに呼びかけていたり、愛ちゃんのあの様子はどう見ても親しいものに対する態度、つまり親子だと思わせるものだった。
「ですが、公には私たちの関係は秘せられています。いろいろ極秘事項に絡んできますから。愛もそのことを理解しているため、あんまり人前では私のことは口にしていません。武蔵さんもよろしくお願いします」
つまり他言無用ってことですね。
了解です。
「なぜ私が内密にカプリース号で行動していたか、理由はカプリース号内に敵のスパイ、つまり裏切り者がいるということです」
裏切り者・・・・・・、そんな。
俺の愕然とした表情が顔に出たのか、神在月さんも沈んだ表情で話を続けた。
「驚かれるのは当然です。信じたくないと言う気持ちも分かります。しかし、どこからか情報が漏れているのは確実なんです。敵は私たちの中に着実に食い込んでいます」
「そんな・・・・・・」
急に言われても、俺には信じられなかった。
その話が本当だとしたら、俺たちの行動は敵に筒抜けになっているって考えてもいい。
しかし、なぜそんなことを?
「どうして人類に多大なる被害を及ぼした者の手助けをするのか、私たちには分かりません。擬態して人間に化けていると思いたいのですが・・・・・・」
俺にはそうとしか思えなかった。
なぜ、同じ人間が人類に弓を引くような真似をするのか理解に苦しむ。
「ですが、裏切り者がいるのは紛れもなく事実です」
「あなたたちが間違っているって事はないのですか、それともそう言っているあなたたちの方が裏切り者ということも」
俺は思わずそう聞いてしまった。
今まで一緒に戦ってきた仲間より、初対面に近い人たちの話を信じるほうが、正直言って変だろうという思いもあった。
「物事を疑うときは、まずすべてを疑え。十七世紀の哲学者、ルネ・デカルトの思考法だ。そして確かなのは自分自身しかないということから物事を考える。正直で確実な態度ではある」
大隅教授が俺を見て言った。
「わしたちを疑うのは当然だ。そしてその言葉を信じるも信じないも君の自由だ。だが、我らは少なくとも人類のために動いているという自負がある」
大隅教授はそう言うと俺をまっすぐに見た。
その目には嘘偽りの色は見受けられなかった。
長年の研究成果というしっかりした土台に基づいて真実をついているからこそ、政府は大隅教授の言い分を聞く気になったのだと、その時初めて悟った。
「だからこそ、多くの人の批判や嘲りを受けながらも、わしはANHDに自らの意見を発表した。それはようやく受け入れられて、今ここにいる。だからこそ、わしはこんなところで終わらせるわけにはいかないのだ」
大隅教授の言葉は胸にストンと落ちた。
神在月さんも静かにうなずいた。
「私たち一家はナイトメアハザードの時、大きな被害を受けました。夫はその時の騒動に巻き込まれて命を落とし、愛は眠ったままになりました。でも、幸いにも愛だけはあのナイトメアハザードの唯一の生存者としてこの世に息を吹き返しました。その際に助けてくださったのが、大隅教授です」
そうか、未亡人なんだ。
この人は・・・・・・。
愛する人を失い、その子も特異な宿命を背負わされて苦しんでいる。
神在月さんの苦悩は察するにあまりある。
「大隅教授は私たちの話を聞き、大いに賛同して、どのような事態になっても協力を惜しまないと申し出てくださいました。それに私たちにしても、大隅教授の力なくしてはどうしたらいいのか途方に暮れていたでしょう」
「失礼なことを言って、すみませんでした」
俺は素直に謝った。
大隅教授も神在月さんも嘘を言っているようには思えなかった。
少なくとも二人の話は真実だと思えた。
これで嘘だったら、俺の見る目がなかったという事だ。
「わかりました。ではカプリース号の裏切り者を調べるために、大隅教授の指示のもと、神在月さんはこっそり調査していたと。そして、そのことを愛ちゃんは知って隠していたということですね」
大隅教授はフムと唸った。
「思ったより理解がよくて助かる。これでわしが説明することの大半は終わったわけだが、ちょっと補足させてもらおう。もし、敵が裏切り者をおくとしたら、どの状況が一番効率がいいかだ」
「それは・・・・・・、直接カプリース号が活動している時になるとは思いますが」
「そうだ。つまり、敵は君たち特務部隊にターゲットを絞ると考えるだろう」
「つまり、俺たちのチーム内に裏切り者がいると言いたいのですね」
「そう言うことになるな」
だから、神在月さんは動いていたというわけか。
「ってことは神在月さんが途中から調査部隊に移ったって言ってたのも・・・・・・」
「ええ。想像の通りよ。私はあなたたちの船内でずっと動いていた。何とか手がかりを得るためにね。その甲斐あって、これまでのことに確信を得たわ」
「確信・・・ですか・・・・・・」
それは俺たちの誰かが裏切っているという事だ、ということは容易に想像できた。
「だから、このことはあなたたちの誰にも言わないで。そして少しでも怪しいと思ったら、報告して欲しい」
「・・・・・・分かりました」
正直言って仲間の言うことをすべて疑え、っていうのはものすごく気が重い。
俺自身が罪悪感と猜疑心で押しつぶされそうになる。
でも、その重みに愛ちゃんや神在月さんは黙って耐えてきたんだ。
そうしないと、どこに裏切っている者がいるか、分からないのだから。
愛ちゃんが乗組員たちに控えめであまり接触してこなかったのは、性格もあるのかもしれないが、本当の理由は誰も信じられなかったからなのだろう。
「でも、なぜ俺にこんな話する気になったんですか?」
「愛がね、武蔵さんなら絶対に裏切り者じゃないって言ってたからよ。だから信用しようって」
そうか・・・・・・、愛ちゃんはそこまで俺のことを信頼していたのか。
「あの子ったら、そんなにあなたと一緒に外に出たことが楽しかったのね。もし、騙すんだったら、あの時いくらでも機会があった。それをしなかったって事は、武蔵さんは大丈夫って」
そう言うと、神在月さんは俺の方を見て言った。
「これからも愛のことをよろしくお願いしますね。母である私も表だって観れないことがどうしても出てきます。その時は愛の手助けをしてください。頼みます」
神在月さんは俺に向かって床に土下座した。
「そ、そんなことしないでください。愛ちゃんは俺が出来る限り面倒見ますから」
俺はあわてて神在月さんを立たせた。
「ありがとう、武蔵さん」
神在月さんは潤んだ目で俺を見た。
「母は強しだな」
大隅教授が俺たちを見て、呟いた。
「我が子を愛さない母がどこにいますか」
神在月さんはそう言うと、ようやく輝くような笑顔を見せた。




