第39話 新しい仲間
俺たちは現実世界に戻ると、イヨカンのいる睡眠観察室に足を運んだ。
ノックをして俺たちの名を告げると、ドアが開かれ部屋の中が見えた。
イヨカンは寝台の上で眠っていた。
安らかな寝息を立て、優しく微笑んでいた。
いい夢見てるんだろうな。
見てるこっちの方が安らかな気持ちになっていた。
おめでとう、イヨカン。
よくやったよ。
しかし、都リーダーの口からは思いもよらない言葉が飛び出した。
「現状では伊予さんの結果は、不合格でしょうね」
「ええっ!」
「どうしてなんですか?」
日向と和泉が驚いて聞いた。
当然だ。
俺も腑に落ちない。
「伊予さんは自らを具現化できず、しかも人ではなくネコの姿になった。これでは意味がありません」
「規則では夢幻界で具現化できれば、合格じゃないんですか?」
俺はちょっと声を荒げた。
「ネコの姿で出てこられても戦いに参加はできないし、会話が成り立たない。これでは調査部隊にも斥候部隊にも配属できないわ」
「だからって、不合格はないでしょう」
日向も怒っている。
「私からもお願いします。伊予さんは確かに具現化しました。それは合格レベルに達しているのではないでしょうか?」
和泉も俺たちの肩を持った。
都リーダーはしばらく考えていたが、やがて考えがまとまったのか俺たちの顔をそれぞれ見た。
「とりあえず、合否判定はしばらく棚上げにします。この状態で夢幻界での様子を見ることにしましょう」
「ということは?」
日向が嬉しそうに聞いた。
「当面の間、あなたたちのチームで面倒を見てみること。もし、何らかの能力が見受けられたなら、その時にでも合格としてガイストへの昇進を認めます」
「やったぜ!」
「よかったわね」
和泉も我が事のように喜んでくれる。
「正直言うとね、こっちにしても戦力となってくれるなら姿形はどうでもいいのよ。これが狼とか虎とかだったら一発合格でしょうね。でも、ネコじゃどういうことができるのか? まさかペットとして飼うわけにもいかないでしょう」
「俺、飼いますよォ」
「私も伊予さんネコ飼いたい。可愛いですから」
和泉と日向も完全に乗り気だ。
このままではキャットフードや猫用トイレまでカプリース号内に創造して置いておきそうだ。
「伊予さんネコは言いにくいだろ。何か名前を考えておかないとな」
「名前ねえ、イヨカンでいいんじゃないのか?」
「だめよ。同じあだ名じゃかわいそうでしょ。ちゃんとした名前にしましょう」
すでにネコ養う気満々の二人だ。
「恵でいいだろう」
「さすがに本名はちょっとォ」
「ねえ、武蔵君。私、気になっていたんだけど、どうして伊予さんだけ名前で呼んでるの? まさかとは思うけど……」
和泉は疑りの冷たい視線を向けた。
「おいおい、恵がそう呼べって言ってるんだよ。イヨカンって言ったら怒り出すからさ」
「ふーーーん、そう。まあ、本人がそう言うなら、まあいいけど」
それでもまだ納得してなさそうな和泉は、俺をそのまま冷たい視線で見続けている。
「ああぁーーーっ! あとで恵に聞いてくれ。そうしたら俺の言っていることが本当だって分かるよ」
何でここまで疑わられなきゃいけないんだよ。
「そ、そうだ。いっそのこと、恵じゃなくて『メグ』でどうだ? これならいいんじゃないか?」
「『メグ』か。魔法少女みたいだな」
日向が何気なくそんなことを口にする。
「『メグ』ねえ。いいんじゃない。なんか合ってそうだし」
「一応本人に聞いておこうか?」
俺はそう言ったが、二人は何か考え込んでいた。
「ねえ、伊予さんにこのこと言うつもりなの?」
「えっ?」
「なあ、武蔵。俺思うんだけど、イヨカンに夢幻界ではネコになってるんだぜ、って言ってみろよ。どんなことになると思う?」
「そ、それは……?」
確かにイヨカンの性格では、自分がネコになっているって聞いたとたん、大慌てするに違いない。
それどころか恥ずかしがって、もう二度とやらないという恐れがあるかも……。
「た、確かに、言ったらまずいことになりそうだな」
「だろう」
「メグちゃん乗船希望」
和泉がじとー、とこっちを見た。
「わかったよ。黙っておこう」
「そのほうがいいよね」
「じゃ、名前は『メグ』で決定と」
「異議なーし」
「話はまとまったかしら。私としては戦力になってくれるなら、文句はないわ。これからそれを確かめて報告して。なんせ、文字通りネコの手も借りたいんだからね」
都リーダー、座布団一枚。
「ところで今思い出したんだけど、伊予さん以外の受験者は?」
和泉がぼそりと言った。
「あっ、そうか」
確か三人いたんだったよな。
「何の反応もなかったんだから、失格ね。次回に期待と」
都リーダーは何事もなく、そう返した。
試験後、イヨカンは二日間ほど眠っていた。
初めて能力を使った後の後遺症が出たのだろう。
気がついたときには何があったのか覚えていなかった。
当然自分がネコになっていたことなど気づいていない。
俺たちはイヨカンが一応合格したことを伝えた。
その言葉を聞いたときは、イヨカンはポロポロ涙を流していた。
肩を抱いてなぐさめていた和泉まで、よかったね、がんばったよね、とか言いながら感動のあまり声が上ずっていた。
お互い何回も失敗した後での合格者同士、相通じるものがあったに違いない。
その後何回かダイヴしてみたが、幸いなことにイヨカンには夢幻界での記憶がないらしい。
夢の中でみんなに相手にされているということは分かっているらしく、一緒にいられて楽しいと言う。
ただ、どういう状況なのかは、理解できていないようだ。
夢の中だから、認識力が落ちているのが幸いしたな。
知らぬが仏だと俺は思うが、あえて火中の栗を拾うことはない。
とりあえず、イヨカンが俺たちの仲間となり、新しいメンバーが増えたことを素直に喜ぼう。
後は何らかの能力に早く目覚めてくれたらいいのだけど。
イヨカンがネコとなって俺たちの仲間に加わるという事件から、数日が過ぎた。
あれ以来、和泉と日向はイヨカンネコ・メグにかかりっきりだ。
「この子、もらってもいいですか?」
と、日向が左右に伸ばした両腕の上を走らせていると、
「私が世話をするから、いいってのに」
と和泉がメグを抱えて下ろしている。
当のメグは二人に相手にされて、こたつの上でお座りして嬉しそうに「にぃ~」と鳴いている。
こたつにみかんにネコか。
まるで童話に出てくるようなほのぼのした情景だ。
横で和泉と日向がくだらないことで騒いでいることもあって、ここが異世界であるということを、忘れてしまいそうになる。
俺は騒々しい操縦室を出た。
愛ちゃんがもうすぐノンレム睡眠に入るらしい。
それまでに部屋に戻っておこうと思った。
その前に確かめておいた方がいいかな。
「愛ちゃん、聞こえてるだろう? もうすぐ寝るのかい?」
いつも思うが、実際に寝てるのにさらに夢の中で寝るというのはおかしい話だよな。
俺が船内でたずねると、どこからともなく声がした。
「まだ大丈夫だよ。それより、お兄ちゃん、すごい景色だよ」
天の声が愛ちゃんだとはわかったが、ここにはいない。
まさに声はすれども姿は見えず、だ。
「どこにいるんだよ?」
「前だよ。先端」
甲板まで出て、カプリース号の先端から前を覗いた俺は思わずこけた。
愛ちゃんは帆船の舳先についている女性像の代わりになっていた。
俺を見ると手を振った。
「さすがにここはいい景色よねえー。ここから見てると、きれいな空が全部見渡せるよぉ~」
落ちても死なないとは言え、危ねえ~。
大丈夫なのかよ、と聞くと、「平気平気~。それより眺めが良くて気持ちいいよぉ~」との返事だ。
ひょっとして俺が外に連れだしたせいで、高い景色からの眺めを見る快感に目覚めてしまったとか・・・。
後でみんなに責められなければいいが・・・。
俺は若干の不安を感じながら、先に部屋に戻っているからと呼びかけた。
愛ちゃんは、後で出るから待っててね~、と返事してきた。
後で出るって、お化けかよとか思いながら、寝室に向かった。




