第37話 イヨカンの試練
今回も俺たちは夢幻界の調査と索敵作業を続けていた。
戦闘がないときは、俺たちのやることは他の斥候部隊や調査部隊とほとんど変わらなくなる。
愛ちゃんや信濃さんに確認を取りながら、夢幻界の一定のエリアを飛行して、そこに存在するモノをしらみつぶしに検証する作業だ。
何も無い空間をただ飛び続けるだけだから、かなりの忍耐力が必要となる。
もっともカプリース号の飛行の大半がこのような作業ということで、この地道な行程をヘて、ようやく念物の発見に至るわけだ。
戦闘や敵とのアクシデントに念物探検など荒事中心の俺たち特務部隊、別名・チーム和泉ではあるが、こんな派手な活躍をしているのは俺たちだけだ。
他の部隊は着々と地味だが、事態の究明に全力を尽くしているのだった。
「しかし、暇だよなあ」
日向がコタツに入って、ぼんやりとモニターを見ている。
「これがもともとの仕事なのよ」
都リーダーが自分専用のツタ細工の椅子に座って、画面を確認しながら答えた。
「都リーダー、このエリアの検証は終了しました。念物及び敵の反応ありません」
和泉が礼儀正しく報告する。
「わかったわ。ありがとう」
「そろそろ上がりましょうか。ダイヴ限界時間に近づいてますし」
信濃さんが忠告する。
「そうね。じゃあ、切りもいいし、ここでリンクアウトしましょう。愛ちゃん、戻るわよ」
「は~い」
画面に愛ちゃんの顔が写り、元気よく返事した。
「今日の任務はこれで終了ね」
今言った和泉の言葉に間違いはない、が、今日は俺と日向にとってはちょっと重要な意味合いを持っていた。
「確か、この後でしたよね」
「えっ? あっ、そうね」
都リーダーが思い出した。
「何かあるの?」
和泉が首を傾げた。
「ああ、俺たちじゃなくて他の人にとっては大変な日だ」
「えっ?」
まだ、和泉は気づいてないらしい。
「今日はガイスト審査の日なんだよ、和泉さん」
日向が横からフォローした。
「そうか・・・・・、伊予さんだったわね。うまく行けばいいのにね」
「今回で四回目だからなァ」
「あの、もし出来るなら、俺も監査役として見学してもいいですか?」
俺はダメもとで都リーダーにたずねてみた。
「ダイヴが長かったから、体調に問題はない?」
「大丈夫です」
「あっ、それなら俺もいいですかァ?」
「体に異常がないなら、いいわよ。ただし、観るだけよ。手を貸したり協力したりすることは禁じられているわ」
「それはそうですよね」
試験で監査員が答えを教えるようなものだからな。
「よっしゃあ、参加できるぞォ。せめて、側で応援してやりたいからなァ」
日向も俺の隣で言った。
「伊予さんは長いこと二人のチームメイトだったからね。応援するのはかまわないわよ。今度こそ受かるといいわね」
都リーダーもイヨカンのことを知っているみたいだ。
「もうすぐ着くよ~」
愛ちゃんが明るいノリで言った。
そのとたん、カプリース号の周囲が暗くなった。
愛ちゃんの夢の中と夢幻界の境、シントニーへ入った。
すでに愛ちゃんの夢の中に俺たちは戻ってきたことになる。
これで敵に襲われることも、見つかる心配もなくなる。
ほっと一安心だ。
「それじゃ、俺は上がるぜ。お疲れさん」
信濃さんが手を振ってリンクアウトしていった。
「愛も起きるね。またね~」
愛ちゃんの声が遠ざかっていった。
愛ちゃんがいなくてもカプリース号は消えずにあるんだ、と俺は初めて知った。
船内に残ったのは、俺と日向、和泉、そして都リーダーだ。
「それじゃ、試験が始まるわ。監査役を希望する人は、後方の視聴覚室まで来て」
和泉も付いてきているところを見ると、参加してくれるらしい。
俺たちは場所を移し、視聴覚室に入った。
ここでは夢幻界のことについて講習が行われることが多いが、今回は試験会場だ。
「今日は三人がガイスト昇格試験に挑戦するわ。このカプリース号船内に自らを具現化でき、かつ自らの自我を示し、ここで自由に動けるならその人をガイストと認め、合格とします」
「あの、質問してもいいですか?」
「ええ」
「俺みたいにカプリース号の外で具現化したケースはどうなるんですか?」
「あなたの場合は例外中の例外。今までこの方、ここから離れて夢幻界で具現化した人はあなたたった一人よ。そのため審査はもめたけど、最終的には具現化に成功したという理由で合格になったわ」
「どうしてそんなことになったんだろう?」
俺は首をかしげた。
あの時は目を覚ましたのが夢幻界の念物の上、しかもインプたちの巣だったから、いきなり戦いになって大慌てだった。
和泉が助けてくれなかったなら、俺はそのまま夢幻界で死んでいたかもしれない。
あの時のことが今は遠い昔のようだが、考えてみればまだ2ヶ月ぐらいしかたってないんだなあ。
俺はしみじみ思った。
「これは私の推測だけど、武蔵君は愛ちゃんの夢に左右されないぐらい潜在的に能力があるのだと思うわ。だから、愛ちゃんの夢による縛りをものともしなかったのかも」
都リーダーもその時のことを思いだしたのか、フーとため息をついた。
・・・俺って問題児扱いかな。
「今頃は受験者は睡眠に入っていると思います。ここに具現化するには、後しばらくの時間が生じます。一サイクル、九十分後までに具現化できない場合は、失格と見なします」
一サイクルを基準としているのは訳がある。
人は眠ってもすぐに夢幻界に出現できるわけではない。
眠ってすぐに深い眠り、つまりノンレム睡眠につくので、シントニーに至るまで時間がかかるのだ。
夢幻界はノンレム睡眠からレム睡眠への切り替え状態時が境目で入り口になっているから、レム睡眠になるまで待たなくてはいけない。
この睡眠サイクルが九十分になるから、取られる処置だ。
「来てくれるといいわね」
和泉が俺たちを見て言った。
「正直、俺はどうしたらいいのか困ってる」
日向が考え込みながら言った。
「俺たちのここでの生活って、慣れない人にとっては結構つらいだろうし、当たりどころ悪かったら死ぬかもしれない。そこまであいつが耐えられるのかなあ」
日向の言うことは分かる。
俺だって、両親のことがあるからがんばっているところがある。
でも、何もしがらみのないイヨカンには、こんな命を賭けた戦いをする必要はあるのだろうか?
何も知らない方が幸せなんじゃないだろうか。
失敗してANHDから出れば、普通の人としての生活が送れるはずだからだ。
「伊予さんはここへ来ます」
和泉が言った。
「すでに四回も試験を受けてきたのだと言ってました。 そこまでするのは、何か役に立ちたいという信念があるからです。その思いがある限り、必ず叶います」
和泉・・・・・・、確かに君はそうなんだろうけど。
きっと和泉にも守りたい誰かがいるんだろう。
だからこそ、ここまで過酷な任務に命がけで戦っているのだと思う。
だけど、俺には和泉ほどの意志は、イヨカンにはないように思えるんだよな。
その時だった。
後ろにある視聴覚室の座席の上にホログラムのような映像が浮かんだ。
イヨカンの姿だ。
イヨカンがまるで幽霊のように、うすく半透明の影になって空中に浮かんでいる。
「伊予さん・・・・・・」
和泉が潤んだ目で自分の口元を押さえた。
「イヨカン、やったじゃないか!」
日向も喜び勇んでイヨカンの所へ駆け上がった。
「待って! まだ、完全に具現化してないわ」
都リーダーが制止させる。
「完全にここに姿を現し、自らの力で動いてこそ合格と認めます」
「でも、夢幻界に具現化してるじゃないか?」
「日向君も知っているはず。具現化しても自らの自己が現せられないのなら、それはただここで寝ているだけにすぎない。愛ちゃんの意識を越えて自らの意志を示せない限り、ガイストにはなり得ない」
「イヨカン、ここまで来たんだから、あと少しなんだ」
日向は祈るように言った。
俺は複雑な思いで、ぼんやりと具現化しているイヨカンの姿を見た。




