第36話 念物の罠
「くそおぉぉーーっ、どうしたらいい? こいつには武器が効かねえぞ。何か手はないのか?」
日向が半分パニックになって大声を上げた。
「そんなこと言ったって。私の矢も・・・」
困惑している日向と和泉に向かって、緑の霊体はその鉤爪を振りかざしてきた。
たちまちのうちに二人の体に切り傷が付いていく。
何もできない二人は逃げまどうだけだった。
バランスを崩した和泉を容赦なく鉤爪が襲った。
「和泉ぃーー!」
俺はとっさに霊体に飛びかかった。
しかし、体当たりした俺は霧の中を通り抜けただけだった。
それでも少し霧の形が崩れたことで、和泉を狙った爪は狙いがずれて和泉の横っ腹を抉った。
もう少し遅かったら、心臓をえぐられていたに違いない。
「きゃぁーーーーっ!」
和泉の悲鳴が響き、わき腹を押さえながら転がってよけた。
実際の怪我だったら相当の出血になるはずだ。
幸いなことに夢幻界では、致命傷以外は時間をかければ治る。
しかし、次に急所に攻撃が当たったら、本当に殺されかねない。
「和泉、退けえええーーー!」
俺は声を限りに叫んだ。
その声に改めて注意を引いたのか、緑の霊体は俺の方へ向かってきた。
マズい!
俺がそう感じたときには、すでに鉤爪が迫っていた。
風圧とともに左脚の部分が吹き飛んだ感覚があった。
その直後に激しい痛みが全身をかけぬけた。
本当に幻の痛みだと分かっていても、マジで痛い。
この姿は形ない仮りそめのモノだが、痛みは現実のものと変わらないぐらいだ。
慣れてなければ痛みのショックで死にかねない。
痛みは幻だ。
イメージを強く持てば、怪我はすぐふさがる。
俺は正常な自分の状態を強く念じた。
瞬時に傷がスジへと変わった。
これでよし。
何とかまだまだ戦える。
緑の霊体は俺をターゲットに決めたようで、周りをふわふわ浮きながら様子をうかがっている。
どうする。
武器が使えない相手なら、俺の直接打撃攻撃も効かないだろう。
実際に体当たりしたけど、霧をかき混ぜただけだった。
だったら、どうしたらこいつにダメージを与えることが出来るんだ?
考えろ。
俺には能力がある。
それも他の人にはない、自分の意志の力を形に出来る能力が。
俺は踏み止まった。
ここで能力を生かせないで、何の意味がある。
俺はドリームリンカーじゃなかったのか?
なら、夢を現実にする力があるはずだ。
たとえ、俺が信じられなくても、都リーダーが俺をドリームリンカーだと信じてくれた。
その判断を信じる。
俺は緑の霧に向きなおった。
霧ならはれたらいい。
俺の力ではらしてやる。
俺は霧が晴れるイメージを浮かべた。
霧が消える、薄くなる。
脳にその光景を強くイメージする。
霧が次第に薄く、消え去るところを。
「危ない!」
和泉の声がしたかと思ったとき、俺の体が吹っ飛ばされた。
和泉が俺に向かって体当たりを敢行し、はね飛ばしたのだ。
「バカああっ! 何、ぼさっと突っ立ってるのよ! 死にたいの!」
和泉が目をつり上げて俺に怒ってくる。
「和泉!」
「な、何よ?」
俺はその顔を見つめた。
怒りでつり上がった目が伏せられ、真っ赤になった顔を横に背けた。
「霧を消す方法ってないか?」
「き、き、霧を消すって?」
困惑してどもっている和泉を落ち着かせるために、 和泉の肩を持って揺さぶる。
「なんでもいい。霧を消す方法が思いつかないか」
「ええと、ええぇぇーー?」
和泉は混乱しながらも、必死で頭を働かしている。
横を見ると、俺たちから注意を引き離すため、日向が剣を振り回していた。攻撃は当たっていて霧が切り刻まれるのに、すぐに戻ってしまうので、単に霧をかき混ぜているかのようにしか見えなかった。
何とか、持たせてくれ。
俺は祈る思いで、日向の姿を見た。
「霧を吹き飛ばせないの?」
「どうやって?」
「風とか起こす」
「ダメだ。瞬時にイメージが追いつかないと殺されてしまう」
「瞬間で霧を晴らす方法って・・・」
和泉は頭を抱えた。
「分からないよ。急に言われたって。霧、煙、ガス・・・・・・」
和泉は霧から連想するものを、次々と挙げだした。
「そんなものが何の役にって。あれっ!」
和泉の言った言葉に閃くものがあった。
その手があったか。
俺はライターを思い浮かべた。
その手に百円ライターの光景が浮かぶ。
透明な液体、回転式の点火装置、そして燃える火。
炎が燃えさかる。
上に、横に、恐ろしい勢いで。
その熱さ、蒸気、大気の気流までが感じられる。
俺は緑の霧の前に立った。
すべてのイメージを相手にぶつける。
緑の霧の霊体は鉤爪を俺の心臓めがけて突き出してきた。
その手が炎に包まれた。
瞬時に霧の全体に炎がついた。
鍾乳洞の天井まで炎が立ち上がり、緑の霧は一瞬で燃え尽きた。
和泉は床にペタリと座り込んだまま、目を丸くして、その光景を見ていた。日向も剣を構えた姿のまま、一時停止している。
床がしだいに揺れ始めた。
いち早く我に返った信濃さんが、大声を上げた。
「念物が壊れるぞ。ここから脱出するんだ!」
俺たちは一目散に広間から走り出した。
つららのような先の尖った鍾乳石が次々と下に落ちてくる。
これじゃ天然のナイフだ。
「どんどん落ちてくる! このままじゃ串刺しにされるぞ!」
日向が両手で頭を押さえながら、全力で駆ける。
「早くここから逃げないと念物もろとも潰されるわよ」
和泉が地面に入った細かい裂け目を飛び越えながら、叫んだ。
「こっちだ」
信濃さんの誘導する方へ俺たちは走った。
マッピングしていてよかった。
おかげで最短の道のりで念物から出られる。
出口まで来ていたときには、すでに念物には大きな亀裂が入っていた。
体の先のほうから崩れてきていて、原形をとどめていない。
「ここよ!」
穴の先からカプリース号の姿が見える。
砕けていく念物のそばに横付けになって、俺たちの帰りを待っていてくれた。
「早く! このままだとカプリース号まで巻き込まれてしまうよ~」
愛ちゃんの声が聞こえてきた。
でも、まだ距離がある。
このままだと、俺たちは念物から脱出する前にこのまま崩壊に巻き込まれてしまう。
「ど、どうするんだよ。まだ、あんなに離れているのに」
日向がぐらつく足元の岩の上でよろめいている。
ドリームリンカーの能力なら、夢を自在に操れるって言ってたよな。
なら、よく見知っているあれを伸ばせば。
俺はカプリース号に備え付けの縄はしごをイメージした。
確か甲板の上で巻かれているはずだ。
こっちにまで来るイメージを強く念じた。
縄はしごが俺の思念上で動きだし、するするとこちらに伸びてくる。
「見て! あれを!」
俺のイメージ通りに、はしごがこっちに向かって来ていた。
「信じられん。何が起こっている?」
信濃さんが目を丸くした。
いいぞ、もう少しだ。
だが、俺の予想よりも縄が短い。
はしごは俺たちがいる位置まで届かないで、伸びきった状態ではたはたひらめいている。
「そんな! ここまで伸びてきてるのに」
ならば、こうだ。
俺は縄をほどけさせた。
解けたロープがあっという間に蛇のように伸びてくる。
くねくね曲がりながら、俺の手のそばまで来た。
「な、なんだよ。これ。いつの間にインドの蛇使いみたいになったんだ?」
日向、この非常時にそのセリフかよ。
「つかまれ!」
俺の声にみんなが反応して、両手でロープをしっかりつかまえた。
「いくぞ!」
俺の号令で紐が一気に巻き戻される。
みんなが悲鳴を上げながらも縄を離さないで、たちまちのうちにカプリース号の甲板の上まで戻されてきた。
そのまま甲板上に叩き落される。
放りこまれた荷物のごとく俺たちは板の上に投げ出されていた。
「みんな帰って来たわ! カプリース号発進!」
都リーダーの声が響き、カプリース号は全速力で念物から離脱した。
不気味な人型の念物は、ズズズズズと重低音を出しながら粉々に崩れていった。
砂のように分解されていき、後には何も残っていなかった。
「助かったのね」
和泉がようやく安心した声を上げた。
「一時はこのまま死ぬかと思ったぜ」
日向も甲板先から念物が消えていくのを眺めながらつぶやいた。
「武蔵、今のは君がやったのか?」
信濃さんが不思議そうに聞いた。
「はい」
「信じられないが、この目で見てしまった以上、疑うわけにはいかないな。君がそうだったのか……」
信濃さんも都リーダーと同じことを考えているんだな。
俺はどう言うべきか考えたが、信濃さんは首を振った。
「今はまだその時じゃない。それに他のガイストたちにとっては混乱のもとになるからな」
信濃さんはそう言うと、手を振って船内に戻っていった。




