第34話 ウゴスの隠れ家
カプリース号は念物の頭の部分に接近した。
甲板の頭上に念物の額が迫ってくる。
念物から見るとカプリース号がひっくり返って近づいているように見えるだろう。
この不気味な怪人の念物は全長10キロほどはある。
見たところ入り口は、口に当たる部分の穴ぐらいしか見あたらない。
信濃さんを含めた俺たち四人は、迫り来る念物の大きさと迫力に改めて驚かされていた。
「信濃さんはこんな生き物みたいな念物に入ったことがあるんですか?」
「残念ながら、まだこれが初体験だ」
俺の質問にニヤリと笑いながら答えた。
「こんな瞬間に立ち会えるなんて、なかなか運がいいな。武蔵君」
「そ、そういうもんですか?」
俺は多少困惑した。
ある意味スゴイな。この人は。
初めての人型念物侵入ってのに、初体験とは・・・・・・。
その発想はなかった。
俺が半分感心、半分呆れていると、信濃さんは日向、和泉に側によるように手招きした。
「和泉さん、あの念物に向かって矢を打ってくれないか?」
「え、ええ。分かったわ」
和泉が能力で弓と矢を出すと、矢をつがえて念物めがけて打ち放った。
矢は狙い違わず念物まで飛んでいくと、そのまま念物の方に向かって落ちていった。
「思った通りだ。ある程度近づくと、重力が働いて念物の方へ引っ張られるみたいだな」
信濃さんは矢の行く末を見届けると、甲板の端へと歩き出した。
俺たちは後を続いた。
カプリース号の舳先から下はすでに念物の額の上になっていた。
信濃さんは舳先の上に立った。
「これで両手を広げたら映画の再現なんだが、それはちょっとありきたりかな」
そんなことをつぶやきながら、信濃さんは舳先から歩き出した。
俺たちはびっくりしてその光景を見ている。
「ち、ちょっと、無茶はやめて下さい」
和泉があわてて注意するが、信濃さんは意に介さない。
「大丈夫だ。どこまでいったら変わるか観ているだけだからな」
そう言うと信濃さんは、軽く宙に舞った。
「ああっ」
俺たちの驚きの声が響いたとき、すでに信濃さんは念物の額に降り立っていた。
「このぐらいの距離なら大丈夫なようだ。みんな、降りてみたらいい」
「ふあァ、無茶するなあ」
日向がそう言うと、舳先まで同じように進んだ。
両手を広げると甲板を蹴り飛ばした。
ふわりと宙に舞い、とたんに下に引き寄せられて落ちていった。
「大丈夫みたいだな。和泉、行こうか?」
俺がそう言うと和泉はうなずいて舳先まで進んだ。
「あのまねする?」
「なんで、そこまでしなけりゃいけないのよ」
和泉は肩をすくめると、軽く甲板をタップして蹴り上がった。
宙をくるりと一回転して念物に降りていった。
早く来なさいよ、との言葉を残して。
スカートの下が見えたことは、言わない方がいいだろうな。
俺は心の中でそうつぶやくと、甲板を思いっきり蹴って後を追った。
甲板を離れると、上下がひっくり返った感覚が感じられた。
とたんに別な力が働き、念物の方に引き寄せられる。
そのまま念物の上に尻から落下した。
「危ない落ち方するするわねえ」
和泉が少し唖然とした顔で見つめている。
「急に体が引き寄せられたから、反応できなかった」
「他の人が跳んでるの見てたじゃないの」
下に見とれてました、とは言えないし。
「しっ」
信濃さんが唇に指をあて、しゃべるなとのジェスチャーを示す。
確かにここは敵地だ。こんなところで騒ぐのはまずい。
俺と和泉は黙った。
「隠れろ」
小声で信濃さんは俺たちに命令した。
あわてて俺と和泉は近くにあったくぼみに身を潜める。
上を見るとカプリース号が動き出していた。
その後ろにはもう追いついてきたのか、キマイラの群が後を追って来ているのが見えた。
そのまま逃げ去るカプリース号を追って、キマイラの大群がうなり声と羽ばたき音をがなり立てながら飛び去っていった。
幸いキマイラたちは船に気を取られていて、俺たちの方には目もくれなかった。
あたりに静けさが戻ってから、信濃さんが俺たちの方へやってきた。
「もう大丈夫だ。こんなところでグズグズしていられない。敵がカプリース号に気を取られているうちに、さっさと目的を果たすぞ」
俺たちはうなずくと、先に行った日向の方へと向かった。
すでに日向は口の穴の手前まで来ていた。
「やっとかよ。遅いよ」
俺たちは謝り、様子を聞いた。
「この口の穴だけど、鍾乳洞みたいになってる。だけど、人が使っている形跡があるな」
日向の言うとおり、内部は黄土色で鍾乳石が天井から垂れ下がっている。
二人ぐらいが横に並んで通れるぐらい人の広さがあり、奥へと続いている。下は六角形の同じ色でできたタイルによって舗装されている。
人の手が加えられているのだから、無人と言うことはあり得ない。
「やっぱり何かいるのは確実のようだな」と信濃さん。
「とにかく入りましょう。中の方が見つかりにくいわ」
和泉の一言で俺たちは中へと進入する。
思っていたほど湿気がない。
しかも、天井のコケが明るく光り、下まで照らしている。
むしろ居心地がいいほどだ。
「敵はいそうですか?」
俺がたずねると、 信濃さんは首を振った。
「分からない。反応はないから、近くにはいないようだ」
俺たちは慎重に鍾乳洞へ足を進めた。
都リーダーの予想は当たっていたようで、俺たちは全く敵に出会うことなく奥へと足を進めていった。
敵は外に出払っているのか、この中まで入ってこないと思っているのか、警戒している様子はない。
「予想以上だな。何もない静かなものさ」
日向が拍子抜けしたように言う。
「静かな方が助かるじゃない。それとも何、戦闘していた方が楽しめるとか言うの」
和泉が相変わらず手厳しい返答をしている。
「うわさでは聞いていたが、本当かもしれない」
信濃さんがつぶやく。
何のうわさか気になった俺は、何を言おうとしたのかたずねた。
「インプどもは攻撃のためでなく、単なる偵察のための夢魔だと。インプロードを倒されたことで、ついに敵が本気を出したという話さ」
「それがキマイラが出てきた原因なの?」
「おそらくな」
「確かに夢魔って致命傷を与えられない限り俺たちを倒せないからな。冷静に対処すれば、インプごときでは致命傷を与えるのは、まずできないのでは?」
「そう言えば、そうよね」
俺の疑問に和泉も納得している。
「なぜ、そんな弱い奴を大量に出しているんだろ? すぐやられるのを大量に配置しても兵の無駄遣いだろうに」
「それは君たちがそれだけ力をつけたということだ。今までは俺たちは敵が来たら逃げるだけだった。まともに反撃すらしたことはなかったからな。敵から考えてみれば、インプは俺たちを倒したり邪魔したりする目的で出していたのじゃないのかもしれない」
信濃さんが俺の問いに答えた。
「邪魔じゃないとしたら、何の目的で動いているのでしょうか?」
「俺が思うに、俺たちの監視と発見だろう。この夢幻界では互いにどこにいるのか、直接その目で見つけないと分からない。だから、インプみたいなのを大量に配置して俺たちの位置と行動を調べているのかもしれない。これは俺の推測だけどな」
言われてみれば、納得できる。
互いに場所が分からない以上、早く居場所を突き止めて、そこを押さえれば勝ちも同然だ。
俺たちは相手の居場所が分からないから、何の対策も立てることができないでいる。
「だから敵が守っているところは見つけることができても、その必要がない所には兵もいない。まさにここがそうだ」
「そうか、敵の念物の前までは注意しても、いったん中に入ったら居場所が分かったから知らせる必要がないってことか」
日向がうんうんと一人納得している。
「そうなると、ウゴスがここに潜んでいる理由は何だ?」
信濃さんは難しい顔をして考え込んだ。




