第30話 本当の危機
俺は都リーダーと初めて介護施設で会った時のことを思い出した。
そして、都リーダーは俺に何をさせたいのか聞くときが来たと感じた。
「都リーダーは、俺が目覚めたってのにあんまり嬉しそうでないですよね。これから俺をどうしたいんですか?」
都リーダーは真面目な顔になった。
「そうね……。そのことはこれから順を追って説明するわ。私はスカウトしたとき、あなたが夢を現実並みに見えているんじゃないかと仮定してた。今まで見てきて、それは確信に変わった。あなたは夢の世界をはっきりと認識できている。だから、あなたにとって夢は現実そのものでもある」
「そ、それは・・・・・・正直、まだわかりません」
「あなた自身がまだそのことに気づいていない。いえ、実感できていないのかもしれない。でも、私から見たらあなたの能力はすばらしいものよ。あなたは夢の認識者、夢を現実並みに感じ取り動き回れる人。私たちANHDはそういう人を最大級の能力者『Dreamーlinker・ドリームリンカー』と呼んでいるわ」
「最大級の能力者・・・・・・」
「もちろんまだまだ課題はあるわ。まだ、夢を夢と完全に認識できていないし、能力も中途半端な段階だから。でも、あなたの存在は『ナイトメアハザード』解決の切り札になるかもしれない。あなたの覚醒は私たちの運命を変える。そんな気がするの」
都リーダーは興奮しているのか真っ赤な顔で、俺を見つめて言った。
「ちょ、ちょっと待って。ドリームなんとかなんていきなり言われても。俺は何にも分からないんですけど?」
目の前に迫る都リーダーの顔から目を背け、どもりながら何とかそう伝えた。
「あっ・・・、ごめんなさい。そうね、いきなり言われたら誰だって困るわよね」
都リーダーは勢い余って前のめりになっていたことに今頃気づき、後ろの椅子に座り直した。
足を組むとこっちを向いた。
きれいに脱毛処理されたすべすべの脚がこっちに突き出る。
薄い赤のペディキュアを塗った裸足が妙に艶めかしい。
俺はすこし目線を脇へと逸らし、正視するのをさけた。
熱中しているせいか、都リーダーはそんな俺の様子に気づかないまま、話を続けた。
「普通の人は夢を見ても、ぼんやりとしたイメージでしか頭に残らず、すぐに忘れてしまう。印象も内容もほとんど覚えていない。それが夢であり、だからこそ夢物語で片付けられてしまう」
確かにそうだ。普通の人ならば。
「授業なら前頭葉で論理的思考をつかさどっているが、レム睡眠時にはそれが働かない。だから夢の出来事がおかしいとは思わないし、突拍子のないことを夢に見る、と説明してるでしょうね」
「夢でこんな会話していることが十分論理的なんですけどね」
「それが明晰夢を見ることのできる能力者たるゆえんよ。夢を夢として認識しているから、夢の中で行動することができる。それだからこそ、皮肉なことに夢の世界で物事を具現化するには、現実並みのリアリティがないと正確に力を発揮できないことになる」
「しかも愛ちゃんの夢の中で俺たちは夢を見ているからなあ」
「そこも問題なのよ。明晰夢の持ち主であっても、私たちの意識は愛ちゃんの意識に支配されている。だから、能力が弱かったらそのまま愛ちゃんの夢に飲まれてしまう。ガイスト試験で失敗する人の大半は、愛ちゃんの夢の中に入ってしまって自分の自己を出すことができない」
「俺や日向や和泉はその数少ない例外ってわけか」
「そう。ガイストクラスの明晰夢を見ることのできる能力者にはそれが当てはまらない。夢へのイメージ力が半端でなく強い。だから、夢が実感のあるものとして捉えられることができる」
「日向や和泉は夢でイメージして武器を作り出してますよね」
俺の言葉に都リーダーは軽く頷いた。
「ええ、夢の中で夢をある程度まではコントロールできる。でも、二人でも夢の中で相手を一撃で倒すことをイメージすることで精一杯なの。そうしないと集中力が切れて元に戻ってしまう」
そういうことか。
一撃必殺じゃないと消すことができないから、急所狙いになってしまうわけか。
「この限界を超えることができるのが、ドリームリンカーと呼ばれる存在。夢への認識力が現実そのものとして感じられるから、普通に夢魔にダメージを与えることができる。前の戦いであなたはその能力の片鱗を見せたわ」
「あのとき殴りまくったことですか?」
俺は無我夢中でインプロードをやっつけたことを思い出した。
「ええ、 与えた傷を実感として相手に伝えることで、そのまま相手を傷つけることができる能力。それだけじゃないわ。ドリームリンカーは夢を自在に操ることすらできる」
「ええーっ、それじゃ夢の中ではやりたい放題じゃないですか?」
「それが理に適ったものであり、自分で認識できる範囲であることが条件だけどね。何でも叶うわけじゃないわ。例えば船からミサイルで攻撃したいと思っても、ミサイルの原理、速度、破壊力を正確に認識できなければ、絵に描いた餅に終わる」
「そうか・・・」
何でもかんでもうまくいくわけじゃないらしい。
あくまでも自分が正確にイメージできるところまで扱えるということのようだ。
「今までは夢魔たちに何も為す術もなく押されるばかりだった。それがこれからは違う。ようやく反撃の機会を得た。私たちANHDはこのような能力者が現れることを心待ちにしていたのよ」
そう言われても俺にはまだ実感はなかった。
確かに俺には普通の人より夢に対する認識力は強い。
それは分かる。
だから、夢の中のトイレが分からないのだ。
現実同様だと思って出していたのだから。
しかし、それとこれとは話が違う。
「でも、俺がまだそのドリームリンカーとやらに決まったわけじゃない。それにまだどうしていいかさえ分からないんですけど」
「たとえそうでも、あなたにはドリームリンカーであるフリだけでもしていて欲しいの」
都リーダーの顔が苦しそうにゆがんだ。
「・・・・・・どうしてですか?」
「・・・私たちにはもう時間がない。政府はナイトメアハザードの昏睡者たちの救助をあきらめようとしている・・・」
「そんな! どうして!?」
「あれからすでに二年以上、昏睡者たちの体力は限界に近づいているわ。すでに昏睡状態のまま亡くなられた方も数百人を越している。しかもこれから八月に入ると電力消費が増える。もう限界を超えつつあるの」
「八月に入ったら節電すればいいじゃないですか? 昨年だってそうしたでしょう?」
「去年の夏、百人以上の人が熱中症で亡くなったのよ。もうこれ以上節電を続けることはできない。それに・・・」
都リーダーはいったん口をきった。
「このままだと、八月に入ると日本中で電気が不足して大停電が起こると予想されているわ。そうなったら、ただでさえ隣国の央華帝国との関係が悪化して一触即発の事態になっているのに、その隙を逃すはずがない。間違いなく攻め込んでくる。州合国のホリー・クライトン大統領は黙認するという情報が入ってきているから、政府は昏睡者の心配をする余裕すらなくなる」
「・・・・・・」
俺は言葉を失った。
八月ってあと二ヶ月もないじゃないか。
それを過ぎたら、ナイトメアハザードの百万人以上の犠牲者の命が奪われる。
その中には俺の両親や隊員たちの肉親や関係者も含まれているんだ。
「確かに政府の決断は正しいと私も思う。阿上首相も苦渋の末のやむを得ない決断だってことは、私にも十分理解できる」
都リーダーは顔を上げて俺を見た。
その顔から涙が溢れ、次々と床にこぼれ落ちていった。
「・・・・・・でも、私にはこのまま見殺しにすることはできない。今までANHDの隊員たちがしてきたことがすべて無駄になる。みんな命を懸けてここまでやってきたのに・・・・・・・」
都リーダーの声はかすれて、ほとんど聞き取れないぐらいだった。
「でも、私はまだあきらめてはいない。座して死を待つぐらいなら、私は打って出る。その最後の希望があなたの存在なのよ。だから、私は信じる。あなたがドリームリンカーになれるって・・・・・・」
都リーダーの真剣な目がまっすぐに俺を見つめていた。
「都リーダー、俺は自分が特別な能力者なんて分かりませんけども・・・・・・」
俺は都リーダーの涙に溢れ真っ赤になった目を見て言った。
「あなたは俺を信じてくれました。だから、俺もあなたの言ってることを信じます」
「・・・ありがとう・・・」
都リーダーは震える声でそう言うと、俺の首に手を回した。
「あなたに会えて、本当に良かった」
都リーダーはそう耳元でささやいた。




