第26話 インプの王
ぐずぐずしていたら、砂に飲み込まれて下に落とされてしまう。
俺たちが想像しているよりも事態は深刻だ。
あわてて、俺と和泉は砂の流れる方とは反対の方角へと向かった。
しかし、砂で覆われた地面は足を易々と飲み込み、走りにくいことこの上ない。
和泉はとうとう両方の靴を脱ぎ捨てて裸足になった。
俺も和泉を見習って靴を脱ぎ捨てた。
二人で何とか走るが、砂の流れるスピードが思ったよりも早い。
かなり走っているはずなのに、全然進んでいない。
ものすごいスピードで東の方へ流されている。
肩で息をしながら俺たちは立ち止まった。
その間にも俺たちの身体がどんどん東へ流されているのが分かる。
「これじゃ、きりがないよ。このままじゃ、あと数時間もしたら落ちてしまう」
「和泉・・・・・・」
俺は座り込んだ和泉を見て、肩に手を置いた。
和泉は黙ってされるがままに任していた。
「そ、そうだ。カプリース号に連絡できないのか? ほら、俺が前に迷子になった時みたいに」
「ダメなの。何回か念を送ったんだけど、何の反応もないの」
カプリース号から何の連絡もないって、それって?
「まさか・・・、あの時に・・・・・・」
俺と和泉がカプリース号から落ちる前に、すごい衝撃があったことを思い出した。
あの時、カプリース号はどうなったんだろう?
「みんなを信じよう。都リーダーや信濃さんが何とかしてるはずだ。少なくとも俺たちよりはマシだと思う」
「じゃあ、何で何も連絡がないの?」
そう言った和泉の顔は、恐怖のあまりひきつっていた。
そんな顔しないでくれ。
いつも冷静でクールな和泉が・・・。
俺まで不安になるじゃないか。
「インプたちが妨害しているのかもしれない」
俺がそう言ったときだった。
和泉が呆然として空を見ていた。
「どうしたん・・・・・・」
俺がそう言いかけて、空を見たときに気づいた。
雲だと思っていた陰りは、インプの群だった。
空全体を覆うぐらいのインプの群が降りて来つつあった。
一カ所だけ、まるで空に穴が開いたように空間が広がっていた。
そこからインプロードが翼を羽ばたかせて、ゆっくりと降りて来ているのが見えた。
「どうやら、もうダメみたいね」
和泉があきらめたようにつぶやいた。
「私が時間を稼ぐから、早く逃げて!」
「できるか! そんなこと」
「物も具現化できないのに、戦えるわけないわ!」
「やってみなけりゃ、わからないだろ!」
俺は全身全霊を込めて、武器の形をイメージする。
剣、斧、なんでもいい、ここで戦える武器を出すんだ。
俺が思い浮かべたのは、細長い棒のような剣だった。
完全に具現化できず、まるでブリキのおもちゃのようだ。
それでも武器は武器だ。
俺はおもちゃでもないよりましと、腰に付けた。
和泉は震える手で弓を取り出した。
顔もこわばっていた。
全くいつもの和泉らしくなかった。
だけど、誰がそれを笑えるだろうか?
死を目の前にした状態で、何も恐れない人の方が、逆に変だ。
俺はそれでも健気に弓を構えている姿を見て、胸が熱くなった。
このまま、ここで和泉が力つきて殺されて、残された俺がそのままなぶり殺しにされても、和泉を恨む気持ちは全くない。
むしろ、俺の方が和泉を守ることができなくて、情けなかった。
和泉が砂を素足で踏ん張って立った。
和泉は上空を飛ぶインプロードに鋭い視線を投げつけた。
その姿めがけて弓を大きく引いた。
数刻のための後、矢を放った。
狙い違わず、インプロードの口に命中して、口の中から首へと矢が貫いた。
インプロードがけたたましい叫び声を上げた。
「やった!」
「だめよ! 急所に当たってない。一撃で倒せないと意味がない!」
和泉が叫ぶように言った。
「でも当たったんだろ? もう一回撃ってみてくれ」
俺の言葉にも和泉はがっくりと肩を落としていた。
落胆し青白くなった顔から言葉がもれた。
「だめなのよ。私の力ではあいつは倒せない」
「どうして?」
「私はあいつを倒すつもりで弓を引いた。でも、本当は実際に弓で射って倒しているわけじゃない。私と夢魔で精神力を競い合っているのよ。私の敵の急所に当たって倒すというイメージが相手より上回れば、私の撃った矢は弱点に命中して相手を消すことができる」
「…それじゃ、狙った相手が倒せないっていうのは……」
俺の言葉に和泉は静かに答えた。
「私の力が及ばないから、これ以上のダメージを相手に与えることができない、ってことよ」
つまり、和泉も日向も夢幻界では武器はきっかけに過ぎず、本当は自身の精神力を武器に投影して相手を倒していたのか。
相手より倒すという意思と精神力が上なら敵を消すことができる。
逆に足りなければ相手に致命的なダメージを与えることはできない。
つまり、気合の綱引きみたいなものだったんだ。
そして、その戦いに和泉はかなわないと理解してしまったのだった。
インプの大群が俺たちを囲んで着陸し始めた。
百匹、いや二百匹か。
東の方角だけを除いてインプの壁ができていた。
遠くから例のキィーキィーという甲高い声が、周囲を取り囲んでいた。
「少しは頑張ってみるけど。あらかじめ謝っておくね。ごめんなさい」
そう言うと、和泉は俺をかばうように前に立った。
大きく両足を広げて、前を凝視した。
俺は和泉の脚が細かく震えているのに気づいた。
「命が惜しいなら、これ以上近づくな!」
和泉は腹の底から響く大きな声でそう警告すると、再び弓に矢をつがえた。
一番近くに迫ってきていたインプめがけて放った。
狙い通り矢はインプの喉を貫き、衝撃でのけぞったインプがそのまま霧となった。
「死にたいモノから来なさい!」
和泉の迫力に飲まれて、インプたちの動きが止まった。
これも限界があるだろう。
インプたちが一斉に襲って来たら、対処するすべはない。
和泉とインプたちの息詰まる対峙がしばらく続いた。
インプたちは和泉を恐れているのか、慎重だった。
遠巻きにして叫び声だけをあげている。
その鳴き声がいきなり途切れ、静かになった。
インプの群の中の一部がふいに場所を空けた。
通路のようになった隙間を、インプロードがゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
和泉は俺を見た。
その瞳には涙があふれていた。
初めて会った時もこんなシチュエーションあったよな。
でも、あの時は和泉にはカプリース号が来るという確信があった。
だから、気丈に振る舞っていた。
それまでの時間稼ぎと割り切ることができたからだ。
でも、今回は違う。
何の助けも期待できない。
俺たちだけで何とかしないといけないのだ。
俺は、和泉の泣き顔を見て、ただうなずいた。
インプロードは翼を広げ、俺たちの前に全速力で向かってきた。
和泉は弓を引き絞った。
矢が一直線に飛んだ。
だが、矢は肩に突き刺さっただけだった。
そのままの勢いでインプロードは、和泉を蹴り上げた。
悲鳴を残して、和泉は数メーターも後ろに吹き飛ばされた。
砂の上に肩から叩きつけられて、芋虫が這いずるようにもがいていた。
和泉の落ちた砂の大地には血だまりが広がっていった。
顔面も足も血まみれになっている。
ひどい、ひどすぎる。
これが今まで必死に戦ってきた少女に対しての仕打ちだっていうのか?
俺は怒りのあまり和泉の前に立った。
「む、むさし…くん…」
和泉が弱々しい声で俺の名を呼んだ。
このまま和泉が殺されるのを指をくわえてただ見ているだけなんて、俺には絶対にできない。
せめて、一矢だけでも報わないと。
何の役にも立たないとわかっていても、俺はインプロードの前に立った。
インプロードは突然現れた得体の知れない俺という存在を興味深くうかがっている。
俺はさっき創り上げた剣もどきを振りかざし、インプロードに向かって切りつけた。
だが、俺の剣はアメ細工の棒と変わりなかった。
ぐんにゃりと曲がり、何のダメージも与えていない。
「くそっ、くそっ」
俺は剣を振り回したが、インプロードは俺が遊んでいると勘違いしているのか、奇妙な動きで俺の行為を真似た。
おちょくるように俺の動きに合わせて踊った。
完全にバカにして。
やがて、俺の動きを真似るのに飽いたのか、横に裂けた大きな口を開けた。
鋭い歯が並び、よだれが垂れ落ちていた。
そのまま、俺を噛み砕こうとして襲いかかってきた。
「むさし…くん、逃げて……」
かすかな和泉の声を聞いたインプロードは、そっちに注意を向けた。
俺よりもはるかに脅威と思われる和泉に対して、インプロードは即座に反応した。
インプロードは俺を無視して、和泉を見た。
そのとたん、空へとジャンプした。
上空から浮かびながら牽制している。
しばらく飛んでいたが、何のリアクションも起こさない和泉に対し、インプロードは突然上空から飛び降りてきた。
真っ直ぐに和泉に向かって、かぎ爪のついた両足を突きだした。
インプロードは和泉の左脚を自らの両足で、ものすごい勢いをつけて踏みつけた。
そのまま、一気につかみ取った。
バリッという恐ろしい音が聞こえた。
「ぎゃああぁぁーーーーっ!」
和泉の絶叫が響いた。
インプロードのカギ爪には血まみれの和泉の左足がむしりとられていた。
顔を苦悶にゆがめ、顔面蒼白の和泉がもがき苦しんでいた。
俺は茫然とその光景を見つめていた。
どうしてこんな目にあわされないといけないんだよ。
もはや動けない和泉に対して。
もう負けは決まっているじゃないか。
なのに……。
俺は体中から血が沸騰する感覚に襲われた。
抑えきれない怒り、悲しみ、思いが一緒くたになって俺自身を包み込んでいく。
それ以上にこんな状況になっても、何もできない自分の不甲斐なさに、もう我慢ならなかった。
「こ、このやろおおぉぉぉぉーーーーっ!!」
俺は大声で吠えた。




