第25話 キッペルの門
操縦室に戻った俺たちを都リーダーがホッとした表情で迎えた。
「日向を連れてきたよ」
「ありがとう。お疲れさま、日向君」
「ああ、ちょっと休みます」
そう言うと日向は自分の椅子に倒れ込み、背もたれにもたれ掛かった。
俺は和泉の席を見たが、そこには誰もいなかった。
「和泉さんは?」
「まだ、戻ってないわ」
都リーダーが答えた。
「愛ちゃん、モニターで和泉さんがどこにいるか写して」
「うん」
画面に和泉の姿が映し出された。
中央マストの陰で休んでいるのか、うずくまっている和泉の姿があった。
「さすがに和泉さんも、疲れてるみたいだな」
日向が心配そうに言った。
「俺ちょっと見てきます」
「お願いするわね」
操縦室を出ようとしたちょうどその時、上から信濃さんの大声が響いた。
「まずい、インプの大群が来たぞ!」
愛ちゃんが信濃さんの指摘した場所を表示させた。
それはカプリース号の進行方向だった。
「なんで、こっちから敵が来てるんだ?」
俺が驚いて疑問を口に出してしまった。
進行方向からやってきたってことは、俺たちが来ていることを知ってわざと見逃したってことだ。
通り過ぎた後から尾行して、敵と遭遇した地点で挟み撃ちにした。
インプにそんな知恵が回ることだけでも驚きだが、それ以上に驚いたのはどうしてインプどもがこちらの動きを知っていたかということだ。
まさか、情報が事前に漏れていたってことなのか?
「画面を拡大して表示させて!」
都リーダーの命令を受けて、愛ちゃんがスクリーンの言われた場所を拡大した。
ぼんやりした映像が大きく引き延ばされ、ピントがあった。
そこにいたのは、夢魔たちの大群だった。
およそ50匹近い数が見えた。
その先頭にいて群を率いているのはインプを数倍に大きくした夢魔だった。
姿形は同じようなものだが、大きさが人よりも大きい。
同じ犬でもミニチュアダックスとダックスフントみたいなものだろうか。
しかし、こっちの方が口元が裂け、頭からは曲がった角が二本後ろへと伸びていた。
あきらかに迫力が違う。
「くそっ、囲まれたか」
日向が渋い表情でつぶやいた。
「和泉さんに知らせて」
都リーダーが言うと、船のスピーカーを通して甲高い「ピー」という警告音が鳴り響いた。
「あのでかいの、何なんですか?」
「夢魔を率いるリーダーよ。インプロードと呼んでいるわ。さしずめインプの王といったところかしら。でも、強さはインプの比じゃないわ。一人では倒せない」
都リーダーは戦況を見つめながら、そう説明した。
「和泉さん、聞こえた? インプロードにまともに立ち向かわないで。そこから船尾の方に逃げるのよ」
和泉は命令を聞くや、弓を打つ動作を中断させた。
命令に従い、後ろに向かって逃げ出そうとした。
しかし、足をねじったのか引きずるように歩いている。
「まずい。和泉さんが怪我してる」
「何ですって」
俺の指さしたモニターを見て、都リーダーが顔色を変えた。
「このままでは気づかれてしまうわ。船を旋回90度、同時に半回転して上昇45度、相手に艦底を見せて和泉さんと奴を引き離して」
「了解です」
信濃さんの緊迫した声とともにカプリース号が動いた。
インプロードの動きを遮るためと、和泉をインプロードの視線のうちに入らないように進んでいく。
「やばい! このままじゃ見つかる」
俺はあわてて甲板へ向かって走った。
「武蔵君、何をするつもり!」
都リーダーのあわてた声が後ろから聞こえた。
俺が提督室のドアを開けた時には、和泉はそばにいたインプの攻撃を受けていた。
足に噛みつかれバランスを崩している。
もんどりうって倒れた和泉は、まわりにいるインプからの集中攻撃を受けて悲鳴を上げた。
「和泉ぃーーー!」
俺は甲板まで出た俺は、ドアを開けてから叫んだ。
和泉の汗と血にまみれた顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「何してんのよ! そんなところに出たら・・・・・・」
その後の和泉の言葉は、聞こえなかった。
突然、背後から激しい衝撃を受けた。
追いついてきたインプたちが襲いかかってきたのだ。
そのとたん天地がひっくり返った。
「うわぁーーーーーっ」
「きゃああーーーーっ」
船全体が揺り動かされた。
インプロードが船底を攻撃して、船に穴を開けたのだ。
その衝撃で俺たちの体が浮き上がったかと思ったら、いきなり下へと引かれた。
倒れた俺たちにインプたちが群がってきた。
インプどもは抵抗して暴れる俺たち二人を宙へ持ち上げた。
そのまま、真下の空間に放り出した。
身体が下へと沈み込む。
カプリース号から引き離された俺と和泉は、真っ逆さまに下のほう、つまり念物『キッペルの門』へと吸い込まれていった。
ここが現実だったら転落死していただろうが、夢幻界はやはりリアル世界より引力は強くない。
相当な高さから落ちたはずだし、変な姿勢で体を打ちつけたのに、俺の体にはほとんど痛みも怪我もなかった。
「ど、どうなってんだ」
俺が周りを見回すと、和泉がちょっと離れたところにしゃがみ込んでいた。
「和泉、無事か?」
「何やってたのよ。邪魔しに来たわけ?」
「邪魔って! 俺は助けようと思って」
「あなたに助けられるわけないって言ったのに」
和泉は動こうとしたが、足が思うように動かないようだった。
「そうだ、怪我してたんだったな? 見せてみろ」
「バカ! そんなことしてる余裕ないわ」
「いいから。足見せてみろ」
俺の言葉に和泉は靴を脱いで素足を見せた。
スカートから見えるすらりと引き締まった脚と生足が妙に生々しい。
俺は思わずつばを飲み込んだ。
和泉は恥ずかしそうに俯いていた。
俺から見ても分かるぐらい、和泉の足首が腫れていた。
「少し触るぞ」
「え、ええっ、ちょっと!」
俺は和泉の足首に手を当てた。
和泉の脚をしっかりと思い浮かべた。
そのイメージをそのまま投影させる。
和泉が戸惑っている間に傷は元通り治っていった。
「ど、どうしてそんなに簡単に治ってるのよ」
和泉はびっくりして叫んだ。
「私でもそんなにすぐに治らないのに。なんで、武蔵君の方が簡単に傷を治せるわけ?」
「ま、まあ、俺の方が想像力が豊かと言うか」
俺はちょっと頭をかいた。
確かに想像力は俺の方が和泉より上だろう。
まあ、それに日向からこっそり内緒で和泉の生写真何枚ももらっていたから、イメージするのがすんなりいったのもあると思うが・・・・・・。
もし、ばれたらただじゃすまないだろうな。
気まずい思いを隠しながら俺は和泉に聞いた。
「もう大丈夫か?」
和泉は脚を動かし、足の指を閉じたり開いたりした。
「うん、ちゃんと動くし、痛みもだいぶひいた」
そう言うと、和泉は俺を見てほほえんだ。
「ありがとう。ごめんね。役立たずなんて言って」
「う、うん。治って良かったよ」
和泉の純真な感謝の言葉を聞いて、ちょっと良心がとがめます。
「ところで、ここはどこかしら?」
「そう言えば、確か俺たち念物に向かって落ちたんだっけ?」
俺は周りを見回した。
周囲は砂だらけだ。
鳥取の砂丘がこんな感じか?
見渡す限りの砂の丘が広がっている。
さらさらと砂が東に向かって流れている。
「何かこの砂動いてない。じっと座っていたら流されているような?」
「そう言えば、そうだよな」
俺は立ち上がってさらに注意深く周りを見回した。
よく見ると東の地平線辺りに黒い縁のようなものが見える。
「なあ、和泉、今ふと思ったんだけど・・・」
「どうしたの?」
「確か行く前のミーティングで見た『キッペルの門』って、砂時計を上から見たような姿だった気がするんだけど・・・」
「あ、私もそう思った・・・・・・」
「って、ことは・・・・・・」
俺と和泉は互いに顔を見つめ合った。
「このままいったら、俺たちは砂に飲まれて、砂時計の下に真っ逆さまってことに?」
「ヒイィッ」
和泉が声にならない悲鳴をあげた。
「冗談じゃないわ! 早く逃げないと」
俺たちは立ち上がった。
「行くわよ。とにかく反対側に逃げるのよ」
「ああ、分かった」
俺たちは急いで西に向かって走り始めた。




