第24話 臨戦態勢
「見えてきたぞ」
沈黙を破って上から信濃さんが声をかけた。
「愛ちゃん、どういう状況?」
「敵は念物の上にいっぱいいるよ。このままだと船に飛んでくる」
愛ちゃんの声が船内に響いた。
「聞いた? 二人とも」
「はい」
和泉の声も響いてきた。
現実でも心が通い合った仲とは言うが、夢幻界では知人同士では念話みたいのができるのは便利だ。
以心伝心とか言ったかな、ここではある程度はそれが可能なんだなと思った。
「二人とも甲板で応戦して。場所は任せるわ。こっちでも見ているから無理はしないでね」
「了解」
そう言うと二人はドアを開けて甲板に出てきた。
和泉は早速弓を構えていた。
日向は船の前のほうへ走っていった。
「日向の奴、あんなに走っているけど何かあるのかな?」
「前と後ろに二台ずつアーバレストが設置しているから、それを使う気でしょう」
「アーバレスト? 何ですか?」
「船に備え付けの弓よ。私も銀色の敵に使ったじゃない。うまくいけば近寄る敵を倒すことができるわ」
そうか、その手があった。
それなら武器のない俺でもできるかもしれない。
「俺も出て行ってかまいませんか? それなら俺でも撃てるかもしれません」
「何言ってるのよ? あなたはまだ何の能力にも目覚めてないのよ。もう少し鍛えてから実践に備えるべきだわ」
「習うより慣れろっていうじゃないですか。俺も二人の、いえ、みんなの役に立ちたいんです」
都リーダーは考えていたが、俺の真剣な表情を見て、言っても無駄だと思ったのか諦めてうなずいた。
「いい、絶対無理はしないこと。ちょっとでも危ないと思ったらすぐにここに戻ること。絶対よ。約束してよ」
くどいほど念を押す都リーダーに約束すると、俺は台所を飛び出した。
俺が甲板に出ると、和泉が驚いて向かってきた。
「どうしてあなたがここにいるのよ?!」
「俺も手伝いできたらと思って」
「だから、戦う能力のない人が来られても足手まといだって言ってるの。とっとと引っ込んどいて」
「そこまで言わなくてもいいだろ。前は少しは手伝ったんだし」
「いいから早く戻って」
和泉はイライラして俺を押し返そうとした。
「俺でもアーバレストなら撃てるはずだ。撃ち方さえ教えてくれたらいいから。できないなら諦めてすぐ戻る。頼む。みんなの役に立ちたいんだ」
俺の必死の説得に本当にしぶしぶと言わんばかりに和泉は、アーバレストのある所へ案内した。
「いい。これがこの船備え付けの発射機よ」
「へえ、これが?」
俺は改めてアーバレストを見た。
床に取り付けられていて、持ち運びはできない。
その代わり普通のクロスボウよりはるかにでかい。
鉄でできた長い頑丈な弓だ。支柱と矢を置くための長い台座が直角に取り付けられていた。
支柱の下にはペダルが付いている。
「動かせないけど、そのかわり威力は絶大よ。当たればたいがい致命傷になりうるから、夢魔には結構効果があるらしいわ。私には弓があるから使わないんだけどね」
和泉は身体全体の体重をかけてペダルを踏んだ。
下のレバーが引かれて、自動的に弦がピンと張られた。
「この状態で矢をセットすればいいんだけど、矢がないから自分で想像して出さないといけない。取りあえずそこにある見本を参考にして」
俺が和泉の示した所、アーバレストの台の内側下を見ると、矢の絵が張り付けられてあった。
長く太い軸の矢だ。
装飾はないシンプルな太い針のようなイラストだった。
「このくらい単純なほうが想像するのが楽なのよ」
和泉が付け加えた。
「よく見ててね」
和泉はそう言うと、精神を集中した。
左手に白い光の束が集まり始めた。
次第に形を成して、長細い鉄の棒になっていく。
さらに和泉が気合いを込めて集中を続けると、実体のある鉄の矢ができあがった。
「認識った? これをセットするの」
俺は和泉から鉄矢を受け取った。
しっかりとした重量感が伝わってくる。
先には太く長細い矢尻が鉄矢と一体となっている。
「この矢を台座に取り付けて、これでよし」
和泉は矢尻と鉄矢の合わさったくびれた隙間に弦を引っかけて、台座の上に置いた。
「後はねらいを定めて、引き金を引くだけ」
俺は備え付けのストールに座った。
可視ゴーグルをつけて、周りの景色が馴染むまでしばらく待った。
台座を動かして、とりあえず前の方向へ向けた。
取りあえず、引き金を強く引いてみた。
ガチャンという音とともに弦が戻され、その勢いで鉄矢が押し出された。
ほぼ水平に矢は飛んでいった。
「おおっ、飛んだ!」
「当たり前じゃない。問題はこれをうまく敵に当てられるかどうかね」
俺はさっそく絵を参考にアーバレスト用の矢を創ってみた。
俺がイメージすると白い光の玉が細長くなり、イラスト通りの太い矢ができあがっていた。
和泉が驚いたように俺を見た。
「あなた、不思議よね」
「どうして?」
「この世界には馴染みがないはずなのに、想像することに関してはあっさりとできてしまうんだもの」
「まあな。想像力には自信あるからな」
和泉は俺を見ると、はいはいと言った。
あれはあきれているのだろうなあ、やっぱり。
「後は自分でやってみて」
和泉はそう言うと、甲板の前の方へ歩き出した。
俺はあわてて礼を言った。
後ろを振り返りもせず、手だけひらひらさせた和泉は行ってしまった。
「みんな、気をつけて。もうすぐ敵と遭遇するわ」
都リーダーの声が甲板にあるスピーカーから聞こえてきた。
低いブーーンという警戒音が船内に鳴り響く。
「敵本隊は進行方向から1時の方向だ。注意しろ」
信濃さんの声も轟いた。
可視ゴーグルをつけて、改めて念物のある辺りを見回した。
しだいに細かい星のような粒が、羽ばたいているのが見えてきた。
インプの群だ。
ざっと見て、二十匹ぐらいか。
俺は早速アーバレストを動かした。
さっきやったように矢を創造して台座にセットする。
まだ距離は遠いがとりあえず狙いをつけ、引き金を引いた。
群に向かってに矢は飛んで行ったが、敵には何の反応もない。
そのままこっちに向かって飛んでくる。
どうやらはずれのようだ。
「そう簡単にはいかないよな」
俺はため息をついて、次の矢をセットした。
甲板をあらためて見ると、アーバレストで鉄矢を発射している日向と、緊張した面持ちで弓を引き絞っている和泉の姿が見えた。
何発かは当たっているみたいで、敵が悲鳴を上げた声が聞こえた。
「撃ち落としてるみたいだな。さすがだよなあ」
再びインプどもに狙いをつける。
今度は近寄ってきたため、かなりはっきりとした姿が捕らえられた。
「今度こそ!」
俺は再び引き金を引いた。
自分では会心の攻撃と思ったが、かすりもしていないらしい。
インプたちは相も変わらず船に向かっているようだ。
下を見ると、赤茶けた砂の大地が下に見えてきた。
その中央には黒い穴が口を開けている。
その穴に向かって滝のように砂が流れ落ちていた。
これが『キッペルの門』、ここでしか見ることのできない砂の大瀑布だ。
その黒い穴の向こうから、さらなるインプどもが現れて来ていた。
およそ五十匹近いインプの群が押し寄せてくる。
「またあいつらか。しかも、またこんなにたくさん」
俺はこれ以上敵を撃つのをあきらめた。
言われたように提督室に撤退して、窓から甲板を見守ることにした。
都リーダーの言うように能力に目覚めていない俺は、二人の足手まといになりかねない。
インプの群はカプリース号を取り巻き出した。
イナゴのように数にものをいわせて襲ってくる小夢魔の群れに、和泉の矢が貫いた。
先頭で飛んでいたインプの眉間に矢が吸い込まれ霧になって消えた。
続いて第二矢、第三矢が放たれる。
次々と先頭にいるインプたちが消え去った。
しかし、そんなことで恐れる敵ではなく、霧になった仲間をブエでも払うように振り払い、こっちに向かってくる。
「うおぉーーーーーっ!!」
カプリース号上空まで飛んできたインプを撃退するために、気合いを入れた日向が剣を構えて走っていく。
接触したインプの首が次々と宙を舞った。
インプは小さな棍棒で応戦するが、所詮剣の敵ではない。
棍棒を持つ手ごと頭を吹き飛ばされ消えていった。
和泉も接近戦になると、武器を弓から短刀に変えている。
短刀を両手で持ち、握りこぶし下から突き出た刃で敵を切り裂きながら疾走している和泉は、まるでクノイチのようだ。
二人が戦場を駆けめぐる姿は、まるで万能の主人公がで敵を無双しながら倒していくゲームを思い起こさせるほどだった。
そのぐらいこの二人の活躍ぶりは、目を見張るものがあった。
「みんな! そろそろ撤退するわよ」
都リーダーの声が響いてきた。
確かにこの数では三人、いや俺は数のうちには入らないから正確には二人だが、相手をするには限界があった。
カプリース号は180度旋回して元々来たルートに戻り、念物から離れた。
くそっ、これじゃ陽動どころじゃないな。
死なないうちに逃げ出すのが精一杯だ。
カプリース号がスピードを上げた。
夢魔たちはついて行くことができず、どんどん引き離されていく。
最後まで船に残っていたインプも日向の攻撃を受けて消滅した。
周囲の安全を確かめて、俺は再び甲板に出た。
日向の姿が間近に見えた。
疲労困憊しているが、怪我はしていないように見える。
さっきまでしていたかもしれないが、ここでは大怪我でない限り時間がたてば、軽い傷くらいは気合いを込めた精神集中で治ってしまう。
そういう意味では大群を相手にしても、現実の戦いほど悲壮感はないのが助かる。
俺は膝を付いていた日向の肩を持った。
ちらりとこっちを見た日向は、助かったよ、とつぶやくと、素直に俺の肩によりかかった。
「こっちだ」
俺は日向を連れて操縦室まで戻った。




