第20話 武蔵の作戦
日向は俺たちの前に風を巻き起こしながら、慎重に着地した。
「良かったァ。無事だったんだな」
「武蔵君が身をていして守ってくれたのよ」
和泉がわざわざ説明してくれた。
「武蔵、お前すごいよ」
「ど、どうしてだ?」
「夢幻界では落ちても死ぬことがないって分かっていても、よくあそこまでできたよなァ。俺なんか今でも飛び降りる勇気なんかないぞ」
「いや、あれは・・・・・・」
正直言って助けたと言うよりは、勢い余って翼で真似て飛ぼうと思っただけだったというか。
しかも、夢だから何とかなるという安直な考えで。
でも、ただの夢と夢幻界では全然異なることを、改めて認識したというか。
「武蔵君は私を助けようとしてこんな目に」
そう言われて初めて、俺は自分の姿がひどい惨状になっていることに気がついた。
間に合わせの羽は抜け落ちたり破れたりして、仮装大会を終えた後の衣装のようだ。
身体もあちこち傷だらけだ。
「俺じゃ日向みたいにうまく飛べないな」
「おいおい。俺が飛べるようになるため、どれだけ苦労したと思ってんだよォ。鳥の羽の仕組みの本読んだり、ハチドリやツバメの飛行ビデオを何度も見返して、ようやく飛べるイメージを何ヶ月もかけて叩き込んだんだぞ。そんなすぐにできてたまるかァ!」
日向は俺の言葉に怒ったように反論してきた。
「しっ!」
和泉が急に日向を制した。
静寂が辺りを一瞬取り囲んだ。
が、小さな例のキィーキィーという甲高い声がしだいに聞こえてくる。
「もうきやがったか」
「逃げおおせたと思ったのに」
和泉と日向がいまいましげにつぶやいた。
「インプども、もう追っ付いてきたのか?」
「まだ、上にいるわ。ここへはすぐに来ないと思うけど」
「とりあえず、このまま下を突っ切ろうぜ。どこかに出口があるはずだ」
俺はぼろぼろになった体を無理やり起こして立ち上がった。
「大丈夫か?」
日向が心配そうに俺を見た。
「ああ、なんとかな。さあ、行くぞ」
俺はこれ以上心配かけさせまいと、無理に気合の入った返事をした。
俺は足を引きずりながら、先を目指した。
洞窟は次第に狭まりながら上へと向かっていた。
やがて、キラキラ輝く結晶体の洞窟になってきた。
「今度はこっちの万華鏡の空間か。相変わらず目がチカチカするぜェ」
「またゴーグルつけておきましょ。頑張って、あと少しよ」
和泉の励ましの言葉を受けて、俺は一歩一歩進む。
「大丈夫なの?」
和泉が心配そうに俺を見た。
大丈夫って無理にも言うべきだろうが、もう俺にはそんな余裕はなかった。
和泉は何も言わずに俺の肩を持った。
「…和泉…」
俺の声に和泉は首を振った。
余計な心配しなくてもいいよと言わんばかりに。
もう片方の肩を日向が持った。
俺は二人に両方から支えられながら、出口へと向かった。
やがて大理石の洞窟へと地面は変わり、先にちくわの穴が見えてきた。
「反対側の出口よ」
そのときだった。
ギャアギャアという叫び声が聞こえてきた。
「最後の最後でインプかよォ!」
「見て!」
和泉の示した先には、あの銀のモザイクの姿があった。
「くそォ、俺のくせになんてしつこいんだ。ホントの俺はあんな執念深くないぞォ」
日向がボソッともらす。
「武蔵君はここで待ってて」
「和泉、何する気だ」
俺は和泉の寂しげな微笑みを見て、たまらなく不安な気持ちになった。
あの笑みは…、あきらめの笑みだ。
和泉は自分の身を犠牲にしようとしている。
「和泉! 死ぬ気なのか?」
「和泉さん!」
「……このままじゃ、助からないでしょ。だったら……」
「和泉、最後まであきらめるな!」
「でも……」
「カプリース号だ。ここなら助けが呼べるかもしれない」
「……わかったわ」
和泉は両手を組み合わせ強く念じた。
「来てるわ。私たちに気がついた!」
「俺に考えがある。和泉、ここへ来るように言ってくれ」
「ええっ、この中に?!」
「ああ、カプリース号なら無理やりにでも、ここの中に入り込めるはずだ」
「やってみる」
和泉は俺の考えを伝えた。
「愛ちゃんからよ。思い切って入ってくるって」
「むちゃくちゃだなァ」
「来たわ!」
インプたちが俺たちに向かってきた。
「最後の意地ってやつを見せてやる!」
日向はそう言うと剣を振りかぶった。
「お前らのせいでこんな目にあわされたんだぞ。覚悟しろォ!!」
日向は近寄ってくるインプを吹き飛ばしている。
「そう簡単にはやられないわよ」
和泉も矢を飛ばしていた。
その姿は死を覚悟したものではなかった。
生きるために戦う。
希望に満ちた表情を浮かべていた。
さっきまでは絶望していた和泉が……。
期待を持てるということが、どんなに心理的に大きいことか、俺は改めて気づいた。
和泉、日向、二人の仲間とともに俺たちは戦っている。
それがたとえ小さな戦力であっても、俺は力を合わせば少しでも物事を変えることができる。
俺もそうだ。
まだ、完全じゃないけども、俺にも想像力を駆使すれば何かができそうな気がする。
だから、ここは二人の助けになろう。
俺はこの素晴らしい仲間たちと一緒に居たいし、役に立ちたいと思った。
「カプリース号が来た!」
俺の正面、ちくわの穴の向こうにカプリース号が見えた。
スピードを落とさず、どんどん接近してくる。
「つっこむぞ! 脇へ逃げろ!」
俺がそう言うと、あわてて二人は戦いを中止して岩陰に隠れた。
カプリース号は無理やりに洞窟内に突っ込んできた。
ガガガガガッッッと中を削る音が響き、カプリース号は洞窟の壁を壊しながら奥へと侵入してくる。
震動で洞窟が大きく揺れた。
カプリース号は両横を大きく傷つけられながらも、ちくわの中に入り込んだ状態で止まった。
「早く乗り移れ!」
俺が大声で叫んだ。
和泉と日向が全速力でカプリース号へと駆ける。
俺も足を引きずりながら向かった。
「もう少しよ」
すでにカプリース号のそばまで来ている和泉が俺に向かって声を上げた。
「まずい! 奴が来てる!」
「そんな! 武蔵君が!」
和泉が驚いた顔で俺を見ている。
必死の表情で動けとジェスチャーを送っていた。
あのモザイクか。
早く何とかしないと。
そう思っても俺の足がいうことを聞かない。
全速力で走りたくともこれでは無理だ。
すまないな、和泉。
あきらめるな、なんて偉そうに言っておきながら、当の本人がこの有様じゃシャレにもならない。
日向があわてて俺のほうに向かってきた。
でも、間に合わないかもな。
俺にはすぐそばまで来ているモザイクの足音がはっきり聞こえてきていた。
いくら奴がスピードが遅いといっても、足を引きずっている俺よりは速い。
俺の前にはカプリース号の姿がはっきりと映っていた。
こんなそばまで来てるのに、間に合わないのか。
せめて最後まで進もうと覚悟を決めた時だった。
俺のわきを鋭いものがかすめる気配があった。
奴の攻撃か、と俺が振り向いたその先には、真後ろに剣を振りかざしたモザイク銀のニセ日向の姿があった。
だが、モザイクはその状態で後ろに倒れた。
これは一体?
「間に合ったわ!」
都リーダーの声がした。
カプリース号の前部に取り付けている巨大な備え付け弓の発射台から都リーダーが手を振っていた。
そのとき、日向が俺をつかまえて羽ばたいた。
「ふーっ、間に合ってよかったなァ」
「日向!」
「まさに危機一髪ってとこだったよ。さあ、早く戻ろう」
「ああ」
俺たちは甲板まで飛び、日向はゆっくりと俺を降ろした。
「みんな乗船確認。カプリース号バックして!」
都リーダーが大声で指示した。
カプリース号は船体を軋めきながら洞窟から離れていく。
インプたちは下で俺たちを見てキーキー叫んでいたが、やがてその声も遠ざかるにつれて聞こえなくなった。
「ごめんね。インプをまくのに苦労したのよ」
「都リーダー、お礼を言うのはこっちのほうですよ」
俺は足を引きずりながら、都リーダーのほうへ向かった。
「よくやってくれたわ」
都リーダーはそう言って、俺をやさしく抱きしめた。
「そろそろ愛ちゃんの時間も限界、悪夢はもうすぐ終わるわ」
「最後だけはすごいよかったです」
俺はそう言いながら意識がなくなっていった。




