第19話 追いつめられて
再び、万華鏡空間を走り抜ける。
洞窟が狭くなってきたせいで、後ろから迫った来るインプたちが思うように動けないようだ。
キーキー甲高い叫び声を上げながら、狭い隙間をひしめき合って追ってくる。
俺たちはもう一度鏡のような壁のあった部屋に戻ってきた。
「で、これからどうするんだよォ?」
「この部屋で籠城でもする気?」
「いや。俺がもう一つの抜け道を探す」
「抜け道だってェ?」
「そっか、確かこの念物はトンネルみたいだったはず。だったらもう片方の端にも出られるかもしれない」
「そういうことか。さすが武蔵は頭がいい」
「いや、ま、まあな……」
なんか恥ずかしいが、ほめられて悪い気はしない。
「じゃあ、私と日向君はここで敵を食い止める。武蔵君は入り口を見つけて」
「わかってる」
「くれぐれもあの壁に姿を映さないようにね」
「言われなくても」
姿を映してモザイク銀の俺が出たところで大した影響はないと思うが、あんなのが出たら胸くそ悪い。
気をつけよう。
俺は石英の立ち並ぶ部屋で何か手がかりがないか、必死になって探し始めた。
和泉と日向は部屋の入り口に陣取って、迫ってくるインプたち相手に立ちまわっていた。
入口は狭くなっているので、一度に来るのは三匹ぐらいだが、あらかじめ和泉たちは水晶の塊などを土のうのように積んで一匹しか入り込めないようにしていた。
和泉はその向こうから弓矢で狙い撃っている。
和泉の入れ知恵と思うが、さすがだな。
俺は二人の様子に安心すると、抜け道探しを続けた。
だいぶ探したが、どこにも抜けられそうなところはなかった。
どうしたらいいんだ。
あれだけ大見得切って言っておきながら見つかりませんでしたでは、武蔵株大暴落は間違いない。
いや、それよりも和泉も日向も力尽きて戦えなくなってしまう。
落ち着け、俺。
確かに抜け道はあるはずだ。
俺はこのちくわ型の念物の構造を思い出した。
確か入ってくるときはどうやった。入る前に壁を壊してなかったか?
だったら、向こう側も閉じられている可能性が高い。
仮にこっちと向こうが左右対称だと考えると、その反対側にあたる部分はどこになる?
俺はひときわ高い石英の柱が立ち並んでいるところに目をつけた。
確かここが反対側にあたる。
だが、これは壊せないだろう。
なら、登ってみるか。
近くの小さい石英から少しずつよじ登って、その向こう側に何があるのか確かめた。
あった!
目の前に石英の柱の隙間があり、そこには同じような光り輝く壁があり、細かい結晶が覆っていた。
光の壁がこちら側の光に反射してまぶしい。
「見つけたぞ! こっちだ!」
大声で二人を呼んだ。
「すぐに行く。もうこっちも限界だ」
日向が大きく剣を振り回し周囲の敵の首を跳ね飛ばした。
「早く、もうあいつが来てるわ」
あのモザイク銀ニセ日向か、足が遅いのが助かる。
和泉はすぐに撤退し、日向があわてて後を追った。
俺の前まで駆けつけた二人は息が上がって話もできない状態だ。
肩で息をしながら、ぜえぜえ言っている。
それだけでもどれほど頑張ってきたかがわかった。
「この水晶の先に入ってきたのと同じ光の壁がある。ここを乗り越えたら向こうへ行けるぞ」
「でも…、どうやって…」
「そ、そりゃ…、もちろん、俺の、出番だろ…」
日向が翼をはためかせた。
「もう時間がねえ…。二人とも…担いでいく…」
「無茶だろうが」
「あいつが来てるんだ。この状態で戦ったらやられちまう」
モザイク野郎か。
最悪だな。
「時間がねえ。さあ、早く!」
仕方がない。
「日向、任せたぞ」
俺はそう言って肩を軽くたたいた。
「和泉さんは俺の右肩につかまって。武蔵は左側に」
言われたように、俺たちは日向の腕にしがみつく。
「しっかりつかまっていてよ。それじゃ行くよ!」
日向が肩の上にある羽を大きく伸ばした。
白い天使の羽を羽ばたかせ、ゆっくりと上下に動かした。
周りから土埃があがった。
「俺と一緒に走って!」
俺と和泉はほこりにむせながら、必死で走り出した。
日向は全力で羽ばたきながら空へと浮かんだ。
迫ってきたインプたちがギャアギャアわめくなか、俺たちは飛び出した。
日向は羽だけでなく、両足までバタフライで泳ぐように動かしている。
体全体の力を使って飛んでいるんだ。
「何とかうまくいったかなァ」
日向が少しほっとした声で言った。
「待って! 下は地面じゃない」
「ええっ!」
俺は言われて下を見た。
暗闇だったから気づかなかったが、石英の柱の向こうは切り立った崖になっていたのだ。
これでこっちと向こう側が分断されていた。
その間は20メートルぐらいある。
「日向!」
「わかってる。絶対飛んでみせるさ」
日向がそう言った時だった。
いきなり、何かが飛んできた。
「危ない!」
和泉が大声を上げた。
どこからともなく飛んできた矢が、俺の腰そばをかすめた。
後ろを見ると、インプたちが俺たちめがけて矢を放ってくるのが見えた。
ゆっくり空を飛んでいる俺たちは、弓を持っているインプたちには絶好の的だ。
しがみついている和泉では矢は撃てない。
そのうちの一本が和泉の肩に当たった。
「あっ!」
和泉がバランスを崩した。
体がスルリとずれて、あわてて日向の手を握った。
しかし、お互いに汗まみれの為、滑りやすくなっていた。
日向があわてて握り返そうとしたが、さらに体が傾いたため和泉と日向は指だけでお互いをつないでいた。
ヤバい。
このままでは和泉は真っ逆さまに落ちてしまう。
俺はおもっきり体をねじった。
左手を大きく伸ばし、なんとか和泉の手を掴んだ。
そのせいで和泉は落ちずに済んだが、俺が完全に和泉の手を握った状態になり、全体重が俺の手にかかることになった。
「武蔵君、もう放して。このままだと、武蔵君まで落ちちゃうよ」
懸命に和泉を支える俺の真っ赤な顔を見て、和泉があきらめたように言った。
「ここで落としてしまったら、和泉さん死んでしまう!」
「夢幻界じゃ落下しても死なないわ」
「たとえそうでも、インプの群の真っただ中じゃないか! 死んでも放すかあぁーーー!!」
俺は気合いを込めて、和泉を吊り上げた。
「もういいよ、もういいから、武蔵君・・・」
和泉が目に涙を浮かべながらつぶやいた。
あのクールな和泉が半泣きで頼んでいる。
もっと俺に力があれば、こんなことにはならないはずなのに。
俺にも和泉を助ける力を!
夢幻界ならイメージが実現化するかも知れない。
ここでの日向の姿は日向が自分の理想を具現化させたものだ。
なら、俺もできるかも。
俺も和泉を引き上げる羽を・・・、この肩に。
俺は肩に力を込めた。
日向の羽を見ながら、あれと同じものが自分の肩にある姿をイメージする。
肩、鳥、翼、羽毛、とにかく羽に当たるものすべてを頭の中に思い浮かべた。
肩から肩甲骨が伸びる姿を想像する。
俺の体が伸びるような錯覚に囚われる。
熱い固まりが背中からニュルリと出た。
どろどろの粘液に満ちた手がそこに生えていた。
いいぞ、でも手じゃない。
俺は翼が欲しい。
粘液状の手の内側が下に伸び出した。
それが羽の一本一本になるところを想像する。
べちゃべちゃと血にまみれた粘液を振りまきながら、俺の第二の手には無数の白い羽が生まれていた。
呆気にとられて俺の変化を見ていた和泉だったが、気を取られたのかスルリと手がすり抜けた。
「きゃああああぁぁぁーーーーーー」
和泉の悲鳴が遠ざかっていく。
俺は日向の手を振りはなった。
背中にできた翼らしいモノを全開にして下に落ちている和泉めがけて飛び出した。
俺の羽はムササビのように滑空しながら和泉を追った。
「和泉いぃーーーーーーーーー」
和泉は真っ逆さまに落ちていく。
地面にぶつかる前に、俺は和泉を空中で捕まえた。
全力で羽根を羽ばたかせる。
しかし、翼は思うように風を捕まえてくれなかった。
どんなに羽根を動かしても上に浮かばないのだ。
俺は和泉を羽根で覆い隠すようにかばった。
地面に平行に飛んだ俺たちは、体全体を大地にこすりつけながら滑った。
長い擦り跡を残して俺たちは墜落した。
泥まみれになった俺は、和泉を見た。
幸い和泉は傷一つ出来ていなかった。
「武蔵君、大丈夫なの!?」
和泉がボロボロになった俺を見て、涙目で俺を見つめた。
「な、なんとか・・・生きてる・・・かな・・・」
俺がつぶやき声で言うと、和泉は感極まって言い放った。
「ば、バカよ。何でこんなことするのよ! 落ちても死なないって言ったじゃない」
「たとえ・・・そうでも・・・、和泉を・・・落としたく・・・なかっ・・・たんだ」
俺の途切れ途切れの声を聞いた和泉の目からは、一筋の涙が流れた。
「あ、ありがとう・・・、私、うれしい・・・」
和泉はそう言うと、俺を優しく見た。
「おおい、大丈夫かァー」
せっかくのいいとこなのに、上空から声がした。
「日向君! 来てくれたのね」
和泉が嬉しそうに手を振った。
羽ばたきながら、日向がこっちへ向かってくるのが見えた。
まあ、助けに来てくれたのはいいけど、もう少し遅くしてくれても良かったのに・・・・・・。




