第18話 銀色の壁
俺がよく見ると、石英の柱の向こうに巨大な銀色の大きな壁があった。
表面はぼんやりして何も写していない。
「何なんだァ、この壁は?」
「変に近寄らない方がいい」
信濃さんはそう言って俺たちを制止させた。
「迂闊に全員で動くよりも、まず誰かが先に行って安全を確かめた方がいいかもしれない」
「それって能力ですか?」
俺の問いに信濃さんはニヤリと笑った。
「ただの勘だよ。だが、こういうときの第六感はけっこう当たるんだ」
「誰が行くのが一番いいでしょうか?」
「そうだな。飛び道具が使える和泉はここにいた方がいい。武蔵は能力者じゃないから危険だ。そういう意味では俺の能力も頼りないな」
「って、俺ですかァ?」
日向が自分で自分を指さした。
「簡単な消去法だな」
「ということで決定ね」
「罰ゲームかよォ!」
日向がおずおずと壁に近づいた。
表面には何も変化がない。
「ひょっとしてあれが核なんじゃないですか?」
「その可能性はある。だが、まだどういうものか判別できない」
俺と信濃さんが話している間にも、日向は一歩一歩壁に近づいていった。
「大丈夫かなァ。あまりにも静かすぎるのがかえって不気味だなァ」
その時だった。
和泉が驚いた表情になった。
「どうした? 和泉!」
信濃さんが変化に気づいて声をかけた。
「都リーダーから連絡よ。インプたちに見つかった。撤退するって」
「俺たちを置いてかよ!」
「後で連絡したら来るって、それまで飛んで撒くそうよ」
信濃さんが考えていた。
「やむを得ん。こっちはこっちでなんとかしよう」
「でも、インプたち全部がカプリース号を追いかけるんでしょうか?」
「そ、そうよね。こっちにも来るかもしれないわね」
俺たち三人が話し込んでいる間に、日向はすでに壁の目の前まで歩いていた。
「なんだ、こりゃあ?」
日向はそのまま鏡面のような壁をのぞき込んだ。
ぼんやりとした日向の姿が壁に写った。
「なあ、これが核なのか? まるで水銀で出来たどろどろの鏡みたいだぞ」
日向がそう言ったときだった。
ぼんやりとした鏡面に渦ができた。
その渦は形を帯び始め、出来損ないの人型を取った。
その姿は三角形の無数のポリゴン体でできていて日向を醜く真似ていた。
俺には映画●ーミ●ーターに出てきた流体金属の化け物がモザイク状になったように見えた。
モザイク銀のニセ日向は、ゆっくりと鏡面から浮き出てきた。
そのまま、外に出てくる。
「なんだ、こいつは。気持ち悪りィ」
日向が後ずさりする。
モザイク銀の偽物も剣を装備していて、頭上に掲げてきた。
そのまま、日向に向けて振り下ろす。
「うわっ!」
日向はとっさに剣ではじき返した。
どろりとしたイメージだったが、剣は堅いようだ。
キンという鋭い金属音が響いた。
「こいつ攻撃してきやがった。これで決定だな」
日向の言うように、この万華鏡の念物はクロだな。
「日向、引け! そいつの力がわからん。俺たちと合流しろ!」
「はい!」
信濃さんの命令を受け、日向が逃げ帰ってくる。
「弓矢を」
和泉がキリリと弓を引き、矢を放った。
狙い違わず矢はモザイク銀の日向の頭に命中した。
だが、矢が突き出たままこっちに向かってくる。
「き、効いてないぞ」
「体はどろどろなのか? 相手にするにはやばいな」
そう言った信濃さんは「撤退しろ!!」と大声で叫んだ。
俺たちは水晶の鍾乳洞を出て、万華鏡空間へと走り出した。
幸い相手は水銀ポリゴンのせいか、思ったより足は速くない。
それでも着実にこっちへ向かって来ていた。
「よかった。これだったら逃げ出せそう」
和泉が少し安心した声で言った。
「安心するのは早い。前を見ろよ」
俺の目には洞窟の向こうからやってきたインプの群が見えた。
「インプかよォ! こんな時に」
「走って、とにかく切り抜けろ」
信濃さんの指示で俺たちはインプに向かって突進した。
見たところまだ数匹程度しかいない。
このくらいなら何とかなる。
「行くぞォ! 特訓の成果を見せてやる!」
気合充分の日向は、剣を振り回した。
たちまちのうちに前を走っていたインプの首が切り飛ばされた。
首と胴が切り離されたインプは、ぼんやりと姿が薄れ霧となって消滅していった。
「よっしゃあああァァ!」
日向が喜びのあまりガッツポーズを出した。
今まで苦労して身につけた『急所切り』が実戦でもうまくいってご満悦のようだ。
「この調子でいくぜェ」
日向は次々と向かってくるインプをなぎ倒していく。
たちまちのうちに前にいたインプどもは剣のえじきになった。
和泉も日向が倒してくれるおかげで弓を引く余裕ができている。
遠くの敵は和泉の矢が貫き、消滅していった。
たちまちのうちにすべてのインプが消え去った。
「ぐずぐずしてはいられんぞ。まだ、銀の化け物が追って来てる」
信濃さんが注意した。
確かにそうだ。
あいつには剣も弓も効きそうにない。
俺たちは体勢を立て直し、先に向かって走り出した。
俺たちが万華鏡の洞窟を抜けだし、大理石の地面へと出た時だった。
大量のインプがこっちへと向かってくるのが見えた。
「おい、マジかよォ。なんだ、あの数は」
「100匹はいるんじゃないの。これじゃあ、私たちではどうにもならないわ」
「仲間を呼んだか。カプリース号はどうなっている?」
信濃さんが和泉に聞いた。
「こっちに向かってくるって」
「なんとか囲みの薄いところを突破するしかないな。幸い念物は円筒形だから、敵が向かってきているところにムラが出てきてる。そこを突くぞ」
信濃さんの命令を受けて、俺たちは敵の数が少ない部分を正面突破することに決めた。
「どりゃああああァァ!」
日向は自分から敵陣に切り込んでいく。自分の攻撃が敵に通用すると自信をつけたこともあって、次々と敵を消し去っていく。
すげえ、まるでどこかの無双ゲームみたいな活躍ぶりだ。
和泉も矢を撃つ必要がないぐらいだ。
俺たちは日向の切り開いた突破口を抜けて、やっとちくわの外まで出てきた。
外にはビー玉平原が広がっている。
「来たわ!」
和泉の指差す方向にこっちに向かってくるカプリース号が見えた。
「だが、上陸しないほうがいいみたいだぞ」
信濃さんの言う意味はすぐに分かった。
カプリース号の後ろにはインプどもの大群がついて来ていたのだ。
「あれじゃあ、ゆっくり着陸しているヒマがない。どうする?」
「いい考えがある」
俺の問いに答えたのは日向だった。
「俺の翼でみんなをカプリース号まで飛んで届ける」
おおっ! 今日の日向は活躍しまくっている。
俺は今日ほど日向を頼もしく思ったことはなかった。
「でも、俺の力じゃ一人しか運べない。誰が先に行くか決めてくれ」
「じゃあ、能力者じゃない武蔵から行くのがいいだろう。戦える和泉は抵抗できるから何とかなる」
「いえ、信濃さん。あなたが先に行ったほうがいいと思います」
「どうしてだ?」
「信濃さんは能力で敵を見つけ出せるじゃないですか。どこにインプどもがいるかわからないんだから、カプリース号で先に見つけることができます」
信濃さんは驚いたように俺を見たが、「わかった」と言った。
「じゃあ、信濃さん、武蔵、和泉さんの順だな」
そう言った日向は信濃さんを両手で抱えて翼をはためかせた。
浮かび上がった日向と信濃さんは、斜めから急降下するカプリース号に向かって飛んで行った。
「時間があったら武蔵君も乗れるかもしれないわね」
「そうなってくれたらいいけど」
俺はハラハラしながら日向が信濃さんをカプリース号の甲板に降ろす作業を見ていた。
カプリース号は俺たちに向かって降りようとしたが、和泉が何か言ったのだろう、すぐに上昇に転じた。
とりあえず、信濃さんだけでも船に乗せて敵を引き離すつもりなのだろう。
「インプたちが迫っている。私たちは次でいいって告げたのよ」
日向も羽ばたきながら下へ降りてきた。
「いったんインプどもをまいてから降りてくるってさ」
「それまで私たちで何とかしないとね」
日向、和泉とも頼りがいのある仲間たちだ。
それに比べて俺は何だ。
何もできないままお荷物状態じゃないか。
俺はどうしたらいいんだよ。
日向がそんな俺の思いに気づいたのだろう。
肩に手をかけて言った。
「気にすんな。武蔵だって能力に目覚めたら俺みたいに活躍できるんだから。それまでは俺がなんとかする」
日向……、お前。
今日ほどお前が友達でいてくれて嬉しかったことはないぞ。
もし、俺が女なら今ごろホレているに違いない。
俺たちが男の友情を高めあっているとき、急に和泉が叫んだ。
「あいつ、追ってきたわ」
和泉の指し示した先には、あのモザイク銀ポリゴン姿の日向がゆっくりと迫ってきていた。
「どうするゥんだよォ?」
「まずいわよ。そうでなくても数が多いのに、あの銀の化け物までいるのよ」
「逃げるしかないか、ここは」
「でも、どこに? 地表に逃げたらさっきのインプたちが私たちを見つけるかもしれない」
カプリース号を追い回しているインプたちがこっちに襲い掛かってきたら、ちょっとまずい。
かと言ってこのままここにいるのは、もっとまずい。
ここは……逆転の発想か。
「戻るしかない」
「どこへ?」
「中の銀の壁のあった部屋だ」
俺の答えに二人とも目を丸くした。
「正気かよォ、わざわざ出てきたのに戻るなんて」
「ここに居たって敵に囲まれてじり貧だ。カプリース号が来る前に俺たちがやられてしまう。だったら、戻ったほうがマシだ」
「そ、それは……」
和泉は考えていたが、俺のほうを向いた。
「私もそのほうがいいと思う。それにあのビー玉のある場所では、私も日向君も足元が安定しないから思ったように戦えない」
「い、言われてみればそうだよなァ」
和泉の言葉を聞いて、日向も賛成に転じた。
というより、和泉の決めたことに逆らえないのかな。
俺たちがグダグダと決めかねている間に、敵は確実にこっちを取り囲みつつあった。
「じゃあ、このまま走って切り抜ける」
「わかったわ。日向君も用意はいい?」
「よっしゃああァ!」
俺たち三人はダッシュして、もう一度中へと戻りだした。




