第3章 土曜日の出来事
土曜日の昼、春樹は完全に組み上げたガンプラを、険しい表情で睨んでいた。そのプラモデルにポーズをつけて、どんな色彩で塗装しようか悩んでいるのだ。しかし何か違和感を持って、まだ完全には満足できていないようだ。
(どこかバランスが悪いんだな)
そう思いながら、足をやや前後に開いてみたり、片腕を伸ばしてみたり、しっくりくるポーズを探しているのだが、
「ダメだ! こんなんじゃ満足いく仕上がりにならない!」
そして、椅子の背にもたれ込んで、天井を見上げながらが、
(やっぱり、改造するしかないか)
このプラモデルは『ユニコーンガンダム』というモデルで、やたらと装飾が大きいデザインだった。そのせいで、足が細く感じられ、どんなポーズで立たせても不安定感をぬぐい切れなかったのだ。素人目には、大した差ではないかもしれないが、春樹は日本中のモデラーが注目するクリエイターである。(と、本人が勝手に思っている)
「膝関節から下を、全部0.5㎜だけ太くしてやる。待ってろ。そうすればカッコよくなるからな」
誰に話しているのやら、二日続きの徹夜は、精神を破壊するには十分なようだ。
足を解体し始めた。一旦接着し、下地を塗った部品を外すのは不安だが、春樹ほどの腕前になると、部品も一から製作できるほどだ。何躊躇することなく分解し始めた。そうして、パテでほんの少し厚みを増していき、また一から硬化するのを待って、削り出して表面を滑らかにし、下地を塗って、合計3時間で満足のいくフォームになったのだが、完成予定だった時間はとうに過ぎてしまっていた。
「まだまだ眠れないぞ。まだ今回のメインの塗装が待ってるからな! さあ、来やがれ! ユニコーン!!!」
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「ゴメン、待った?」
合コンの待ち合わせに、みのりが遅れて来た。
「何よ。あんた、一番楽しみにしてたくせに遅いわね」
恵美莉が少しきつく言っても、ギクシャクするような仲じゃないから大丈夫。
「気合よ気合。どの服にすっか悩んでたのよ」
「まあそれでいいじゃない? 似合ってるわよ」
「でもイヤリング忘れたの。何か持ってない?」
「クリップぐらいなら」
「あぽたん!」
この二人組は最近ドタバタである。元々はガサツなみのりをフォローする立場だった恵美莉も、破天荒な行動が目立ってきて、お互いに遠慮のない仲になってしまっていた。
その後二人は急ぎ足で、奈美とその同僚の女性と合流した。そこで奈美が間に立って、お互いを紹介した。
「こっちが恵美莉で、みのりちゃん」
「初めまして。菅生です」
「河辺です。よろしくお願いします」
「初めまして、加納栄子です」
「キャンさんです」
と奈美が紹介した。
「キャンさん?」
「名前が加納だから、“可能”で“キャン(CAN)”ていうあだ名なの。私なんかがお邪魔してよかったかしら?」
奈美と一緒にいたキャンさんは、恵美莉たちより6歳年上で、勤め先の郵便局では奈美の先輩に当たる。
「いいですよ。奈美は彼氏が来るから、頭数に入ってませんから」
恵美莉が勢いよく言うと、キャンさんも安心したのか、
「そうね。奈美ちゃんの彼氏の刑事さんに会うの、楽しみにしてたの」
奈美が最近付き合い始めた相手は、3歳年上の南瑛人という、奈美のストーカーを捜査した刑事である。そう言うキャンさん自身が、刑事たちとの合コンに興味津々だった。
「ですよね~。刑事ってなんか興奮するわー」
みのりも下心を隠さない。
「絶対、『逮捕しちゃうぞ』って言ってくると思う!」
「キャンさん、絶対それ正解!(笑)」
恵美莉もテンションが上がってきている。
「じゃ正解かどうか、答え合わせに行きましょう」
と奈美が誘導した。
「逮捕してくれる刑事いるかな(笑)」
みのりがはしゃぐのを横目に、恵美莉はスマホを確認した。
(春樹君から連絡はないか。今電話してこられたら、台無しだわ。先手打ってLINEしとこ)
>菅生春樹
既読 [今日はご飯食べた?]
[ちゃんと寝てね。おやすみ]
17:45 [換気もしてね絶対]
すぐに既読になったが、返信はない。
(よし。これで何かあっても、電話じゃなくLINEが来るはず)
春樹は自分に用事がある時しか、LINEもほとんどしてこない性格だった。そんな春樹の性格を恵美莉は完全に把握しきっていた。ほんの少しのメッセージも返信してこないのはいつものこと。
(もし返事が来ても、既読にしないで、「もう寝てると思ってた」ってことにしよ)
「何してんのよ恵美莉!」
「ああ、ちょっとLINE」
「菅生君に連絡? 合コンよ! これから合コン!」
「分かってるって、これで自由の身になったから」
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「うわっ! しまった」
春樹が突然声を上げた。左手にガンダムを掴み、その足に面相筆を当てて影をつけている最中、こともあろうかコックリしてしまったのだ。
「お、俺としたことが・・・」
グレーの影用の塗料が、全然関係ないボディにべっちょりと付いてしまっている。
(あああ、何とか誤魔化せないかな。あーん。ダメだな。正面に影ができるはずがない)
「仕方ない。塗り直しだ。春樹、行きま~す!」
時間は20時を回っている。春樹は恵美莉がどこで何をしているのかなど、まったく気にしていない。みのりとカラオケに行っているくらいにしか、考えていないのだった。かえって、そのほうがプラモ作りに没頭したい春樹にとっては、好都合だというわけだが・・・。
(さすがに3徹夜目はきついな。明日、本店に持っていかなきゃならないし、日が変わるまでには完成させないと)
「ご飯食べてる暇ない!」
春樹は立ち上がると、
「気合いだー!」
両手を握りしめ、全身に力を込めて眠気を追い払った。これはプラモを作っていると、毎度のことだったが。
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21時頃、合コン会場の飲み屋では、そろそろお開きの空気になってきた。
「ねえ、みんなはこの後どうするの?」
気の利かない質問が、刑事の一人から出た。
「なんだお前、どうするかじゃないだろ、次行こ! 次!」
強引に話を進めようとする刑事もいる。それに便乗し、みのりは首を縦に勢い良く振るのだった。
通常合コンの後は、話し足りないと思ったら、二次会へ駒を進める。もう十分(無理)と思ったら、女子は、団体で帰ろうとする。でもこの日は、女子から「帰らないと・・・」の一言は出なかった。つまり、刑事は結構いい男揃いだったわけだ。
「キャンさんは、この後も大丈夫ですか?」
と恵美莉が訊くと、
「ええ、楽しいから全然大丈夫よ」
と、はっきりとアピールする。
奈美は彼氏の南刑事君と、どこまで付き合うかを相談しているようだ。しかし、恵美莉はそれほど乗り気ではなかった。自分好みの可愛い系男子がいなかったことと、昨晩は桧垣に研究室で抱かれていたので、それほどがっつく気にもなれなかったのだ。
「恵美莉も行くでしょ。次」
みのりは断らせようとしない。それに恵美莉は合わせるしかなかった。
(ま、みのりのためにも協力すっか)
そんなことを考えて、全員で次の店に行くことに合意した。
「どこ行こうか? 俺達この辺の店、あんまり詳しくないんだよ」
「恵美莉どこか紹介してよ」
みのりが強引に振ってくるが、恵美莉もそれほど行きつけの店が多いわけではない。
「歩いて行けるとこだったら、駅近くの“エルモ”くらいかな」
「あ、そこ知ってる。一度行ってみたかった所なの」
キャンさんが急に乗り気になった。
「じゃ、そこ行こうか」
刑事の一人がそう言ってしまうと、恵美莉はもう断れない。
『St. Elmo's Fire BAR(セント・エルモス・ファイヤー バー)』
正真正銘、恵美莉の行きつけのバーだが、そこのマスターのヒデキとも、過ちの関係を持ったことがある。
(別に付き合ってたわけじゃないから、合コンで行っても文句なんかないでしょ)
そう考えて、“エルモ”へ皆を連れていくことにした。
“エルモ” に入ると、店は混んでいた。
「マスター、8人いけます?」
「お、恵美莉。電話くれたらテーブル取っとくのに」
「急に決まったから。立ち席しかない?」
「しばらくは、そうしてくれる? カウンターが空いたら案内するから」
「ありがと」
それを聞いた合コンメンバーは、
「恵美莉ちゃん、VIP待遇なんだね」
「恵美莉は入り浸ってるからね~! ぎゃはははは」
と、壊れかけのみのり。
「じゃ、ワンドリンクずつ注文して、同時に会計もお願いします」
と、恵美莉がこの店のルールを説明すると、
「え、一杯ずつ、支払う方式なの?」
「はい。客が行ったり来たりできる店だから、そういうシステムなの」
「じゃあ、パートナー決めて奢るよ」
刑事たちのその提案に、心トキメイタのはみのりだが、間髪入れず前に出たのはキャンさんだった。
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「よし、ようやく塗り終わった」
23時を過ぎて、春樹はようやく塗装を完了した。ほこりが付かないように、衣装ケースを逆さにかぶせて、大きくため息をついた。
「これで明日、箱に入れて持っていける。・・・寝る!」
そのままベッドにもぐりこんで、照明も消さずに深い眠りに就いた。
こうして春樹の新作プラモデルは、二次元アニメ風塗装という新しい試みで、十分満足のいく仕上がりで完成した。これならどんなコンクールでも、優勝できる出来栄えだと信じて、いい夢を見ているに違いない。
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キャンさんとパートナーになったのは、今日一番人気の刑事だった。彼は一番年上だったので、みのりもキャンさんに譲るしかなかった。
キャンさんと一番刑事は、もう隅っこの席で、二人だけの世界を作ってイチャついている。皆が知らないうちに、いつ二人だけでドロンしてもいいだろう。
それでみのりが得たのは、二番人気の若い刑事だった。ノリノリに酔っぱらったみのりは、この刑事をものにしようと必死だったが、彼にはもう酒を奢る軍資金が底をついてきたようだ。
「お代わりぃ。何かカクテル選んでよ」
「みのりちゃん、もうかなり酔っぱらってるから、そろそろやめておいたほうが」
「何言ってんのよ。男が女子の酒止めてどうすんじゃ。ばかぁ?」
「もう、お金が無くなってきたんで」
「じゃあ、終わりぃ?」
「はい」
顔を見合わせるみのりと二番刑事。
「このあとぉ、どうする気ぃ?」
「どうするって、みんなに合わせるけど」
「みんなはいい感じになってるでしょぉ? 私たちもぉ?」
「どうする?」
「二人でどっか行くぅ?」
「ホテル代もなくなったよ(汗)」
冗談ぽく言う二番刑事。
「えー? 君ぃ、一人暮らしぃ?」
「実家。・・・みのりちゃんは?」
「・・・実家」(詰んだ・・・泣)
結果、三番刑事を任された恵美莉は、盛り上がるはずなどなく、カウンターでヒデキ・マスターを交えて無難に会話していた。
「恵美莉、今日は刑事君お持ち帰りすんの?」
「やめてよマスター。あたしそんなことしないから」
横にいるどうでもいい三番刑事に聞こえるように話している。
「他の皆はいい感じになってるだろ。お前もホラ。ホラ」
などと煽るマスターを、三番刑事は苦笑いで聞いているのだが、マスターにうまく誘導されて、恵美莉にはもう5杯以上奢らされている。恵美莉もマスターに調子を合わせ、店の売り上げに貢献していくのだった。
三番刑事は、マスターと恵美莉の会話をほとんど聞いているだけで、お金だけ払わされているカモに過ぎなかった。
「あれ? 奈美は?」
「30分ぐらい前に帰ったよ」
マスターがそう言うと、
「うそ! あたしに一言もなしに?」
「ああ、人差し指、しーってしながら、こっそり出ていったけど」
「そろそろ終電だから、あたしも帰ろっかな」
「じゃ。送っていきますよ」
三番刑事がそう言うと、
「駅まででいいよ」
とその先は軽く断るのだった。
「じゃ、マスター、みのりとキャンさんによろしく言っといて」
「了解。ありがとうございました。また来てな」
恵美莉と三番刑事はこっそりと店を出た。
「ゴメンねぇ。かなり奢ってもらっちゃって」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。遅くなっちゃったね」
「こちらこそ、付き合わせたみたいですみません。明日仕事ですか?」
二人はエレベーターに乗った。
「いいや、明日は休みだよ」
「へえ? 警察って休みがないイメージだけど」
「毎日、犯人追っかけてるわけじゃないから」
「そうなのか・・・あれ?」
「どうしたの?」
(あれれ? そういえば、今日は誰も「逮捕しちゃうぞ」って言わなかったな)
「刑事さんて、合コンとかよくするんですか?」
「滅多にしないよ。休みがいつとれるか分らない仕事だから」
「じゃ、今日は?」
「一昨日、突然誘われて、たまたま今日暇だったから。ずっと前に誘われても、予定なんか立てられない」
「そういうことか、じゃ、ラッキーだったんだ」
エレベーターを出る直前で、恵美莉のスマホが一瞬うなったのに気がついた。静かになった瞬間だったので、三番刑事もそのバイブ音に気づいてしまった。
恵美莉はそれを確認するべきかどうか、一瞬迷った。
(きっと、春樹君のLINEだ。間が悪いけど、このタイミングはぎりセーフかも。だってこれからこの刑事さんとは別れるんだから)
そう思って、スマホを確認することにした。すると予想に反して、SMSの着信メッセージがあった。相手はつい今まで一緒だったマスターのヒデキから。
(なんだろ?)
恵美莉は怪訝に思いながら、そのメッセージを開いた。
SMS
ヒデキさん
09011XX56XX
[後で戻ってこれないかな?]
20XX/12/09 23:23
(なんで? 困るじゃない)恵美莉は酔っぱらった頭で考えた。
「ちょっと待てくださいね。大事な連絡」
三番刑事にはそう言って、少し距離を取った。
[何の用ですか?]
✓20XX/12/09 23:23
[久しぶりにゆっくり話したくて]
20XX/12/09 23:23
[今たっぷり話してたでしょ]
✓20XX/12/09 23:23
[いやならいいよ]
20XX/12/09 23:24
(何よこの態度、ムカツク。あたしがホイホイと誘いに乗るとでも思ってるの!?)
[今日はこの刑事君に逮捕されちゃうんで]
✓20XX/12/09 23:24
[おお! それでこそ恵美莉の本領発揮!?]
20XX/12/09 23:24
(うそようそ。適当に断っちゃえ)間髪入れず入力する。
[たまには羽を伸ばしてみたいので (^o^)]
✓20XX/12/09 23:24
その後のメッセージは無視してスマホを片付けた。
「なんだったの?」
「ごめんなさい。大したことじゃないの」
「恵美莉さんは、実家暮らしなの?」
「そうだけどなんで?」
「電車通学ってことでしょ。遠いの?」
「いいえ、市内ですよ」(自宅を探ってくる気かな?)
「二人は並んで駅に向かって歩き出した。
「そう言う君は、一人暮らしなの?」
「うん。城下公園の近くのマンション」
「え? あたしも公園駅だけど」
「うそ? じゃ、結構近くじゃん」
(まずい。降りる駅が一緒だなんて)
その後、恵美莉は否応なく三番刑事と一緒に、電車に乗る羽目となった。その間無難な会話でつなごうとするのだが、
「よかった。さっき店ではあまりしゃべれなかったから」
「そうですね。無口な人かと思ってました」
「マスターがよくしゃべってたからだよ」
「よく店に顔出してるから、仲良くなっちゃって」
「かなり仲良さそうに見えましたよ」
「やめて下さいよ。変な関係じゃないですから」
「うそ。本当はさっきのスマホメッセージ。マスターからだったでしょ」
「なんでそう思うの?」
「店での雰囲気と、あのタイミングから考えたら想像つきますよ」
「・・・それだと、変な関係って疑ってるってこと?」
「俺の仕事は疑うことから始まるんで」
「へへへ。結構鋭いですねぇ。実は過ちが一回だけ(笑、ホントは一回だけじゃないけど)」
「やっぱり」
「ええ? どうして判っちゃったの?」
「俺は刑事ですから」
(意外と話し上手だったのね)その内に目的の駅に近づいてきた。
「スゴイ勘がいいんですね。そうやって犯人もよく捕まえるんですか?」
「まあまあかな。もっと凄い先輩もいるけどね」
「へえ。合コンしようって刑事さんだから、もっとチャラい人が来るのかと思ってたけど」
「メリハリには気をつけてるよ」
「じゃ、合コンで女子に『逮捕しちゃうぞ』って言ったりしないんですか?」
「そんなこと言うわけないじゃん」
「アハハハ、そうなの? 合コン前に、絶対そう言ってくるって話してたのよ」
「ハハハハハ。じゃ『逮捕しちゃうぞ』ハハハハハ」
(え、今? ・・・タイプじゃないけど、まあ・・・)
「・・・されてもいいかも」
三番刑事はとっさに腕時計を見て、
「23時48分。確保!」
といって、恵美莉の手首をつかんだ。
「俺のマンションに連行する!」
恵美莉は嬉しそうに三番刑事の顔を見詰め、
「・・・ところで君の名前何だったっけ?」
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ちなみにみのりは、“エルモ” で泥酔して、ヒデキ・マスターが二番刑事に連れて帰るか尋ねたところ、店からタクシーで帰らされてしまったそうだ。
キャンさんと一番刑事は、閉店まで飲み明かし、二人仲良く帰っていったとさ。その後どうなったかは、誰も知らない。
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