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『EMIRI 7』 ~たっぷり時間はあったのに~  作者: 亨利(ヘンリー)


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3/7

第2章 金曜日の出来事

 翌日の金曜日、春樹は二日連続で大学を休んだ。自宅から通学している恵美莉は、一日のカリキュラムに空き時間があると時間を持て余す。みのりがいれば暇つぶしできるのだが、この時みのりには授業があった。

 そんな時は、


 ♪ピンポーン   カチャカチャ・ガチャン


 恵美莉は呼び鈴を一回押した後、合鍵でドアの鍵を開けた。返事がなくとも勝手に入れるこの部屋は、一人暮らしを始めた春樹のワンルームである。

「いるんでしょ。今日もズル休みする気?」

 と言葉を遠くに投げかけながら、玄関キッチンとリビングの間のドアを開けると、

「うヴぇ!」

 いつものシンナーの匂いがして、言葉を詰まらせた。

「ちょっと、換気しないと体に悪いよ」

「ああ、寒いから」

「暖房点けてるじゃない。こんな臭いの中で中毒になっちゃうよ。寝てたの?」

 ベッドに横になっていた春樹は、首だけ持ち上げて恵美莉を迎えた。

「うん。今、下地塗りが乾くの待ってた」

「授業は今日も出ない気?」

 床に広げられたバラバラのガンダムをまたぎながら、座る場所を探すがスペースがなく、ベッドに正座した。

「日曜が締め切りだから、それまで何とか完成させて、店に持ち込むんだ」

「コンクールに出すの? そんなに急ぐならもっと早く作ればいいのに」

「この新発売モデルで出展することに、意味があるんじゃないか」

「ああ、そうか。それで得点変わんのかな?」

「絶対優勝」

「もうどれくらい進んでるの?」

「見ての通り、部品ばらして面取りして下地塗り終えたとこ」

「昨日から作ってるんでしょ」

「ああ、夕方から寝ないでやってる」

「20時間近くもやりっぱなし?」

「そう」

「ちょっとは寝なよ」

 恵美莉はあきれ顔で言うと、

「あんまりそんな時間ないって、これからが本番だから」

 春樹は満面の笑みで返す。

(あたしには、こんな真剣になってくれたことないのに)と少し不満に思うのだ。

「じゃ今夜も徹夜?」

「もちろんさ」

「じゃ、あたし今晩ヒマなんだけどな」

「ずっとここに居ていいよ」

「だからヒマなんじゃない」

「手伝ってもらうことはないしな」

「手伝う気はないわよ」

「じゃ、俺ちょっと寝る」

「・・・・・・。」

 その様子を無言で見つめていた恵美莉も、モソモソっと春樹の横に添い寝した。


     ・

     ・

     ・


「!!! いっ今何時!?」

 恵美莉が飛び起きた。それまで春樹の部屋には静寂が漂っていたが、壁の時計を確認しながら、クローゼットに取り付けられた姿見をのぞき込んで、髪の毛を手櫛で整え、カバンを掴んでドタバタとベッドから飛び降りた。

「授業?」

「違う、バイト!」

 恵美莉はこの日、学内の学生相談室で受付けのアルバイトの予定があったのだ。それが15時から、もう10分しかない。春樹は床に視線を向けて、

「あああ、部品踏まないで!」

「踏んでない!」

 そう言うと玄関から猛ダッシュで出ていった。

「行ってらっ・・・」

 あとに残された春樹は、ベッドの上から手を伸ばして、床に並べたパーツを指で触って、

(よかった。もう乾いたな)

 ゆっくりと起き上がり足を床につけると、両腕を大きく上に伸ばして欠伸をして、

「じゃ、がんばりますか!」


     ・

     ・

     ・


「お疲れさまでーす」

 恵美莉は学生相談室に駆け込んで、開口一番にそう言った。

「ああ、お疲れ。今日も元気だね」

 そう返したのは、この日のカウンセリング当番の桧垣助教授である。

「やばかった。ついさっきまで彼氏んとこで寝てました」

「イヒヒ、昼間っから仲いいね」

「そうじゃないですよ。ホント寝てただけです。ホントに」

 息を切らせながら恵美莉は平静を装ったが、春樹のアパートからここまで全力ダッシュしてきていた。中学時代は陸上部だった恵美莉も、高校から大学3年の今までは運動はしていない。その表情を見た桧垣は、

「顔が紅潮してると、あの時みたいにカワイイね」

「えへへ、体力不足かも。走るのは嫌いじゃないけど、ベッドの上のほうがいいですね」

「なんて積極的に誘ってくるんだ」

「もう、そんなんじゃないですよ~だ」


 露骨な会話はいつものこと。桧垣は妻帯者であるが、恵美莉は一年以上前から抱かれている。今更ながらの会話である。

「今日は予約が4人もいるから、ちょっと忙しいよ」

 桧垣がニヤケてそう言うと、恵美莉から近づいて、

「悔しそう。仕事ですよ先生・・・」

 今日はイチャイチャする時間がないことを残念に思いながら、相談者が来る前に、一応抱き合って、キスだけしておくのだった。


     ・

     ・

     ・


「晩御飯はどうする?」

「今日は彼氏が部屋にいるんで、帰って晩御飯作ってあげないといけないんですよね」

 学生生活に悩む生徒の相談を受けた後、その内容をPCにまとめる作業をしながら、桧垣は必ず恵美莉を食事に誘う。相談者がいなくなった部屋では、どんな会話も遠慮なくできるのだ。

 アルバイトの時間は18時まで。その後食事をするにはちょうどいい時間なのだが、恵美莉はあまりこの誘いには乗らない。というよりは、遠慮していると言ったほうが適切だろう。週2~3回のバイトといえど、本命彼氏ではない相手にべったりにならないよう、彼女のモラルではギリギリの線を引いているつもりだった。

 桧垣のほうも残念に思いながらも、無理に誘うことはしない。心理学を専門に教える彼は、恵美莉の心理をうまくコントロールすると共に、また次のチャンスを伺うのだった。お互いこうすることで、二人は安心の距離を保ち、関係は安定していた。

「そうか、じゃ僕は研究室に戻るから、後片付けして鍵を学生課に返しておいて」

「はい、お疲れさまでした先生」

 そうしてまた抱き合って、さっきより濃厚に絡み合う二人だった。


     ・

     ・

     ・


 春樹の部屋に戻る前、スーパーで買い物をする恵美莉は、

(なんか晩御飯作るの面倒になっちゃったな)

 さっきまで一緒にいた桧垣のことを考えながら、ニヤケ顔になるのをこらえていた。

 一通り店内を回ったが、結局『20%引き』のシールが貼られた牛丼を一つ買って、春樹のワンルームに向かった。


 ♪ピンポーン   カチャカチャ・ガチャン


「ただいま」

「おかえり」

 恵美莉が部屋に入ると、春樹は机に向って、ピンセットでプラモを組み立てていた。その様子をリビングの入り口で見た恵美莉は、

「またすごい臭いしてる。これ、牛丼買ってきたよ」

「ああ、ありがと。あとで食うよ」

「どうせ昨日から、ろくなもん食べてないでしょ」

 キッチンに捨てられたスナック菓子の袋を見ながら言った。

「じゃ、チンして食べてね」

「え? 恵美ちゃんは食べないの?」

「うん、今日はもう、家に帰って食べる」

「そう、じゃまた連絡するよ」

「うそ。プラモに熱中してたら連絡なんかしてこないわよね」

「ははは、そうかも」

「今日も徹夜すんの?」

「うん、でも組み立て終わったら、色付けの乾き待ちで、ちょっとずつ寝れるから」

「いつ完成する予定?」

「多分、明日の夕方頃かな」

「でもあたし、明日の晩は、みのりと約束あるからね」

「うん、大丈夫。俺は寝るから」

「そう、じゃ日曜はどうする?」

「日曜はコンクール締め切り日だから、完成品を本店に直接持ち込みに行く」

「ええ? 遠いじゃん」

「ついてこなくてもいいよ。絶対、あそこの店長とは長話するから」

「そうね。じゃ、月曜はちゃんと授業に来るようにー」

「分かってまー」

「じゃ、帰る」

「あ、待って、キスキス」

 恵美莉は満面の笑顔で、床の部品を踏まないよう、ちょんちょん爪先歩きをして、首を伸ばしキスをした。

「もう口紅取れてるよ」

(え? やべぇ)


 春樹のワンルームマンションの玄関を出ると、恵美莉はその部屋のベランダを見上げた。

(放ったらかしにするから悪いんだからね)

 ダウンジャケットのポケットからスマホを取り出すと、それを歩きながら操作した。


 SMS

 桧垣先生

 08032XX77XX


               [先生。まだ時間ある?]

               ✓20XX/12/08 18:40


 恵美莉はLINEではなく、デフォルトアプリのSMS(ショートメッセージサービス)を使用した。相手は桧垣助教授宛てである。そして暫く歩きながら返信を待った。歩いて行く先は駅ではなく、大学へ向かっていた。

 10分ほど歩いて、大学の近くまで来た頃、そのSMSに返信があった。


 [どうした?]

  20XX/12/08 18:51


 恵美莉はすぐに会話を続けた。


               [気が変わったの。また会いたいんだけど]

               ✓20XX/12/08 18:51


 [研究室にいるから]

  20XX/12/08 18:52


               [すぐ行くね]

               ✓20XX/12/08 18:52


 恵美莉はそう入力した後、笑顔になってその会話を削除した。浮気を隠すため、LINEは使わず、いつもそうしているのだった。


     ・

     ・

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