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王城での正式な正体明かし

数日後、冒険者ギルド。


レインが受付前で依頼票を眺めていると、ミーナが一通の封筒を差し出した。


「レインさん、指名依頼です」


レインは依頼票から顔を上げ、差し出された封筒を見る。


「誰から?」


「王城です」


「断る」


即答するレインに、ミーナが呆れたように眉を上げる。


「まだ内容も見てませんよ?」


「王城って時点で面倒そう」


ミーナは封筒を指先でひらひらさせながら、少し意地悪そうに笑った。


「残念ですが、王家の印があります」


レインの視線が、封筒に押された印へ落ちる。


「…………」


数秒考えたあと、恐る恐る聞く。


「断れる?」


「たぶん」


「よかったぁ」


ほっとしたのも束の間、ミーナが続ける。


「そのあと、別の意味で面倒になると思います」


レインの顔がすぐに曇った。


「じゃあ駄目じゃん」


ミーナが小さく笑う。


「何をしたんですか?」


「何も」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶん?」


問い返され、レインは少し遠い目になる。


「ただ最近、自信なくなってきた」


ミーナは深いため息をつき、封筒をさらに近くへ差し出した。


「とりあえず、行ってきてください」


レインはまだ諦めきれない様子で受付の依頼票を見る。


「この薬草採取を優先にできる?」


「逃げないでください」


「大切な普通の依頼なのに」


「帰ってきたら、薬草採取の依頼は、いくらでもありますから」


レインはしばらく封筒を見つめていたが、やがて諦めたように肩を落とし、受け取った。


「仕方ない……行ってくる」


「はい」


ミーナはいつもの調子で見送ろうとして、少しだけ表情を和らげる。


「無事に帰ってきてくださいね」


レインの足が止まる。


「王城だぞ?」


「レインさんの場合、どこでも心配です」


「信用ないな」


「誰のせいでしょう」


レインは何も返さず、封筒を片手にギルドを出ていった。




王城の正門。


レインは門を守る衛兵の前に立ち、封筒を差し出す。


「冒険者レインです、召喚状を」


衛兵は封筒を受け取り、王家の印と中身を確認してから頷いた。


「確かに。こちらへ」


案内役として現れたのは若い騎士だった。レインはその後について城内へ入る。


足を踏み入れた途端、視界に広がるのは高い天井、磨き上げられた床、大きな窓、そして壁に掲げられた王家の紋章。


レインは歩きながら、落ち着かなさそうに周囲を見る。


「……落ち着かない」


前を歩いていた騎士が振り返る。


「何か?」


「いや」


何でもないように答え、そのまま普通に歩き続ける。


ただし視線だけは忙しい。


扉、曲がり角、窓、警備の位置、衛兵の配置、外へ抜けられそうな場所。意識しているわけでもないのに、つい確認してしまう。


それに気づいた騎士が、少し不思議そうに尋ねた。


「王城は初めてですか?」


「中はな」


「外からは?」


「よく見る」


「普通はそうでしょうね」


しばらく歩いたあと、騎士はまたレインを見る。


「……なぜ、そんなに逃げ道を確認しているのです?」


レインは少し考え、平然と答える。


「癖です」


「何の?」


「冒険者としての習慣です」


騎士は怪訝そうな顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。


やがて大きな扉の前で立ち止まる。


「こちらでお待ちください」


レインも足を止める。


「中じゃないの?」


「お迎えが来ます」


「お迎え?」


その時、扉が開いた。


中から現れたのは、整った侍女服を身につけた一人の女性。


その姿を見た瞬間、レインの動きが止まる。


見覚えがありすぎる。


「…………」


女性はいつも通り落ち着いた表情で一礼する。


「お待ちしておりました、冒険者レイン」


レインはしばらく無言で見つめたあと、ぽつりと言う。


「屋根の女」


女性の眉がほんの少しだけ動いた。


「クロエです」


「ああ、そうだった」


「ようやく名前を覚えていただけましたか」


「覚えた。何度も聞いたし」


クロエは軽く息をつき、歩き出す。


「では、こちらへ」


レインもその後についていく。


数歩進んだところで、レインが横から声をかけた。


「なあ」


「何でしょう」


「やっぱり、あいつ偉い人?」


クロエは前を向いたまま答える。


「誰のことでしょう」


「リシェ」


「存じません」


レインが横目で見る。


「無理あるだろ」


「何がでしょう」


「この流れで」


クロエの表情は変わらない。


「私は何も申し上げておりません」


「そう」


「ええ」


レインは少し考え、あっさり言う。


「じゃあ聞かない」


その瞬間、クロエの足がほんの少しだけ止まる。


だが、すぐにまた歩き出す。


「……よろしいのですか?」


「何が」


「気にならないのですか」


レインは少しだけ視線を上へ向けて考える。


「気にはなる」


「気にはなるですか…?」


「本人が隠したがっていたのだろう?」


「まあ、たぶんですが…」


「なら、言いたくなった時でいい」


クロエが横目でレインを見る。


ほんの少し、目を細める。


「本当、変わっていますね」


「よく言われるが」


「でしょうね」


レインが少し眉を上げる。


「褒めてる?」


「半分ほど」


「もう半分は?」


「正直、警戒もしていますよ」


「正直だな」


「それが仕事ですので」


やがて二人は、衛兵が立つ別の扉の前へ着く。


クロエが足を止めた。


「お入りください」


レインは扉を見る。


「一人で?」


「はい」


「クロエは?」


「後から入ります」


レインの顔が少し嫌そうになる。


「嫌な予感するな」


「お気のせいです」


「最近、それ当たるんだけど」


クロエは何事もないように扉を開ける。


「どうぞ」


レインは小さくため息をつき、中へ入った。




そこは謁見室ほど大げさではないものの、どう見ても普通の応接室ではなかった。


大きな窓からは王都を一望でき、壁には王家の紋章が飾られている。


そして部屋の中央、椅子の前に一人の少女が立っていた。


淡い銀色の髪。


青い瞳。


上質なドレス。


背筋をまっすぐ伸ばし、立ち姿も雰囲気も、普段とはまるで別人のようだった。


それでも、レインには見覚えがある。


入口で足が止まる。


「…………」


少女は優雅に微笑んだ。


「ようこそ、冒険者レイン」


レインはしばらく黙って少女を見る。


顔も声も、服装も雰囲気も違う。


けれど、間違えるはずがない。


「リシェ?」


少女は間髪入れず答えた。


「人違いです」


レインは無言で見る。


「…………」


少女はもう一度言う。


「人違いです」


「二回言った」


「大切なことですので」


レインが少し目を細める。


「いや、声」


「何のことでしょう」


「その言い方」


「存じません」


「無理あるだろ」


少女の笑顔がわずかに引きつる。


その時、後ろの扉が開き、クロエが入ってきた。


「殿下」


少女の肩がぴくりと動く。


レインがクロエを見る。


クロエは何事もなかったような顔をしている。


「お時間ですよ」


少女はゆっくりクロエを見る。


「クロエ」


「はい」


「今、わざと言いました?」


「何のことでしょう」


レインが少女へ視線を戻す。


「殿下」


少女の表情が止まる。


「…………」


レインは改めて少女を見る。


「王族だとは思ってたけど」


少女の目が少し大きくなる。


「……気づいていたのですか?」


「高い位のお嬢様くらいには」


「いつから?」


「最初の方」


「最初!?」


少女の声が素に戻る。


レインは指を折るように思い出していく。


「金貨でパン買おうとしてたし」


「それは!」


「喋り方も普通じゃないし」


「…………」


「役所の仕組み妙に詳しいし」


「…………」


「護身術って言いながら大人投げるし」


「…………」


そして最後に、レインはクロエを見る。


「あと、これが」


クロエの眉が少し動く。


「これ?」


「ずっと屋根にいた」


リシェルがクロエを見る。


「……そうでしたわね」


クロエは平然としている。


「仕事ですので」


レインが肩をすくめる。


「普通の娘に、あれ付かないだろ」


リシェルは一瞬納得しかける。


だがすぐに我に返り、少し身を乗り出した。


「でも、それでも! 王族だと思っていたのでしょう?」


「ああ」


「なのに、どうして何も聞かなかったのです?」


レインは少し首を傾げる。


「本人が言いたくないなら、どうでもいい」


リシェルの表情が止まる。


「……どうでも」


「リシェはリシェだろ」


一瞬、部屋が静かになる。


リシェルは何も言えず、ただレインを見ている。


その横で、クロエだけが少し目を細めた。


レインは特に気にした様子もなく続ける。


「で、王族のどのへん?」


リシェルが我に返る。


「どのへんって……」


「王女?」


リシェルが黙る。


レインは少し考える。


「まさか」


「王妃ではないです!」


「それは分かる」


「もう失礼ですわね!」


そのやり取りを見ていたクロエが淡々と告げる。


「第二王女であられます。」


レインが黙る。


「…………」


リシェルがすぐに振り返る。


「クロエ!」


「これ以上、引き延ばす意味がないかと」


レインは改めてリシェルを見る。


「第二王女か」


リシェルは少し観念したように息を吐く。


「……はい」


そして、王女として姿勢を正す。


「リシェル・アルヴェリア。この国の第二王女です」


レインはしばらく何も言わない。


その沈黙に、リシェルの表情が少しだけ緊張する。


やがてレインが口を開いた。


「思ってたより偉かった」


リシェルの肩が落ちる。


「感想それですか!?」


「王族までは当たってたから」


「もう少し!」


「何を?」


「驚くとか!」


「驚いてる」


「見えません!」


「内心驚いている」


「本当です?」


レインは少し考える。


「半分くらい」


「半分!?」


クロエが横から口を挟む。


「レインですよ、十分では」


「十分ではありません!」


リシェルは少し頬を膨らませたあと、小さく息を吐く。


やがて表情を改め、王女らしく姿勢を正した。


「……改めて、第二王女リシェル・アルヴェリアとして、あなたにお礼を申し上げます」


レインの表情も少しだけ変わる。


「孤児院、そしてガルド商会に脅されていた多くの人々を救ってくれたこと。本当に、ありがとうございました」


リシェルは深すぎない、けれど丁寧な礼をする。


レインは途端に居心地が悪そうな顔になり、頭を掻いた。


「やめてくれ」


リシェルが顔を上げる。


「なぜです?」


「そういうの、慣れてない」


「でしたら慣れてください」


「嫌だ」


「即答ですか」


レインは少し目を逸らす。


「俺、別に王女を助けたわけじゃないし」


その言葉に、リシェルの目が少し開く。


「困ってる奴がいたから、やっただけ、最初から」


リシェルは少しだけ黙ったあと、柔らかく笑う。


「そうでしょうね」


そして机の方へ歩きながら続ける。


「だから、お願いがあります」


その一言で、レインの顔が分かりやすく嫌そうになる。


「えーと…帰っていい?」


「まだです!」


「やっぱりか」


リシェルは机から一枚の書類を取り、レインへ向けて置く。


「今後、王都で普通の制度だけではすぐに救えない人が出るかもしれません」


レインは黙って聞く。


「今回のように、脅迫、呪い、不正契約、特殊な魔法。証拠を揃えている間に被害が広がってしまう事件」


リシェルは真っ直ぐレインを見る。


「そういった時、力を貸していただけませんか?」


レインも書類を見る。


「王家の仕事?」


「必要な時だけ、正式な依頼として」


「王城専属?」


「それも考えました」


「それは断る」


リシェルの眉が跳ねる。


「まだ言い終わっていません!」


「専属は無理」


「なぜです?」


「面倒」


「それだけ!?」


「あと、目立つ」


リシェルは呆れたようにレインを見る。


「あなた、今さら何を」


「目立たないの大事なんだよ」


クロエが横から淡々と言う。


「説得力はありませんね」


「あるだろ」


「昨夜まで、王都最大級の商会を一つ潰した人の台詞ではありません」


レインが少しむっとする。


「俺が潰したわけじゃない」


リシェルもすぐに続ける。


「《暴露庫》を消したでしょう」


「たまたまだよ、あれは」


「たまたまで、あれが消えるのですか!?」


レインは平然としている。


「その時は調子がよかった」


リシェルの表情が一気に険しくなる。


「それ! もう使わせませんからね!」


クロエも小さく頷く。


「私も聞き飽きました」


レインが二人を見る。


「二人とも厳しくない?」


リシェルは思わず少し笑ってしまう。


「では、専属の件は諦めます」


レインの顔が少し明るくなる。


「おっ」


「ただし」


その一言でまた警戒する。


「…………」


「必要な時、冒険者ギルドを通じて指名依頼を出します」


「断れる?」


「内容によります」


「微妙だな」


リシェルはそこで少し声を落とす。


「それと、あなたの《イレイサー》については、わたくしとクロエ以外には話しません」


レインの目がわずかに変わる。


さっきまでの軽い調子が消える。


「……いいのか」


「良いも何も、あなたは隠したいのでしょう?」


「ああ」


「でしたら、隠します」


レインは少しだけリシェルを見る。


「理由は?」


リシェルは逆に不思議そうな顔をする。


「約束しましたから」


その答えに、レインは一瞬何も言わなかった。


やがてほんの少しだけ笑う。


「そっか」


「はい」


「じゃあ、助かる」


「ただし」


レインの笑みがすぐに消える。


「まだある?」


「あります」


リシェルは少し睨むように見る。


「無茶は禁止です」


「難しいな」


「禁止です」


「善処します」


「禁止です!」


「努力します」


「約束してください」


レインが少し困ったように視線を逸らす。


その横からクロエが口を挟んだ。


「殿下」


「何です?」


「彼の約束は、あまり信用できません」


レインがクロエを見る。


「ひどいな……」


「事実です」


リシェルは一瞬考えたあと、何か思いついたようにクロエを見る。


「では、クロエ」


「はい」


「レインが無茶をしたら報告してください」


「承知しました」


レインがすぐに反応する。


「勝手に監視役増やすなよ」


クロエは少し首を傾げる。


「今さらでは?」


レインも数秒考える。


「そうだった」


リシェルが思わず声を上げる。


「納得するのですか!?」


レインは少し考えたあと、今度は自分から口を開く。


「じゃあ、ひとつ。俺からも」


リシェルが姿勢を戻す。


「何でしょう」


「街では、今まで通りでいい?」


「今まで通り?」


「リシェ」


その名前を呼ばれた瞬間、リシェルの目が少し大きくなる。


レインは特に気にせず続ける。


「毎回、殿下って呼ぶの面倒だし」


リシェルがすぐに我に返る。


「理由!」


「嫌?」


レインにそう聞かれると、リシェルは一瞬言葉に詰まる。


「…………」


少し間を置き、視線を逸らす。


「二人きりの時……それか、クロエしかいない時なら構いません」


レインはすぐに頷く。


「じゃあ、リシェ」


リシェルの肩がほんの少し動く。


「…………」


レインが見る。


「何」


「いえ」


リシェルは少し頬を赤くしながら、視線を外す。


「何でもありません」


その様子をクロエがじっと見ている。


リシェルがすぐ気づいた。


「クロエ」


「はい」


「何です」


「何も」


「絶対、何か思っていますね?」


「いいえ」


「では、なぜ笑っているのです?」


「笑っておりません」


レインが横からぼそっと言う。


「笑ってる」


クロエがゆっくりレインを見る。


「レイン」


「はい」


「余計なことを言うと、窓から帰します」


レインは素直に窓を見る。


三階か…


少し高さを確認する。


「それ、俺なら帰れるけど」


クロエが黙る。


「…………」


リシェルも額に手を当てる。


「本当に、普通の冒険者とは何なのでしょうね……」


レインは不思議そうに二人を見る。


「俺、普通だよ」


リシェルとクロエが同時に答える。


「それはありません」


レインが二人を見比べる。


「息ぴったりだな」


リシェルがすぐに声を上げる。


「誰のせいですか!」


クロエも淡々と続ける。


「あなたです」


その後もしばらく、王城の一室には三人の声が響いていた。




その日の夕方。


王城を出たレインは、門を少し離れたところで一度だけ足を止める。


振り返れば、高い城壁が夕暮れの空を背にそびえている。


第二王女、リシェル・アルヴェリア。


名前と立場を知ってしまえば、思っていたよりずっと遠い場所にいる人間だった。


それでも、レインの頭に浮かんだのは豪華なドレス姿でも、王女として礼をする姿でもない。


市場で金貨を差し出し、パン屋の主人に家出を疑われていた時の顔だった。


思い出すと、自然に口元が緩む。


「……まあ」


レインは小さく笑う。


「リシェは、リシェか」


それ以上は考えず、いつものように冒険者ギルドへ向かって歩き出した。


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