剣技を忘れた冒険者
前回の事件から数週間後。王都冒険者ギルドには、以前の騒ぎが嘘だったかのように、冒険者たちの話し声や依頼票をめくる音が戻っていた。
掲示板の前に立つレインは、討伐、護衛、採取、探索と並ぶいつもの依頼票を眺めながら、満足そうに小さく息をつく。
「……平和だ」
どれも王都を揺るがす陰謀とは無関係に見える。それだけで十分素晴らしい。レインは迷うことなく一枚の依頼票を剥がした。
「薬草採取」
内容を確認して頷いていると、背後から呆れた声が飛んでくる。
「またですか?」
レインは振り返らず、依頼票を持ったまま答える。
「またとは失礼な」
受付にいるミーナ・リードは書類を手にしたまま、いかにも呆れた様子でレインを見ていた。
「先週も行きましたよね」
「薬草は先週だけ必要なわけじゃないぞ」
「そういう話ではありません」
「じゃあ」
レインは薬草採取の隣に貼られた依頼票へ視線を移し、その一枚を指先で持ち上げる。
「街道清掃とか?」
「もっとレインさんらしい冒険者の仕事をしてください」
「でも安全そうな依頼だろ」
「レインさんは普通の冒険者ですよね?」
そこでようやくレインが振り返り、真顔で答える。
「だからこそ安全第一だな」
ミーナは肩を落としてため息をつく。
「この前まで商会へ潜入したり、地下施設へ入ったり、随分と冒険していた気がしますけど」
レインは横目でちらりとミーナを見て、何も知らない顔をする。
「何の話だ?」
ミーナも間を置かずに返す。
「何の話でしょうね」
数秒見つめ合ったあと、レインが小さく笑った。
「すっかり覚えたな」
「誰かさんのおかげです」
そんな軽口を交わせる程度には、前回の事件以来、ギルドもようやく普段の空気へ戻っていた。
ガルド商会は正式に摘発され、関係者への取り調べも進んでいる。脅されていた人々も少しずつ証言を始め、孤児院も無事に残った。
リシェルからは、たまに王城経由で手紙が届く。大抵は最後に『無茶は禁止です』と書かれていて、その下にはクロエの字で『本当に守ってください』と追記されている。
レインはその二行を眺めるたび、何とも言えない顔になる。本人としては、それほど無茶をしているつもりはない。何せ平和なんだから。
「レインさん」
不意にミーナが呼びかける。レインが顔を上げると、ミーナはじっとその表情を見ていた。
「何だ?」
「今、自分は無茶なんてしてないぞって考えてました?」
レインの目が少しだけ見開く。
「なんで分かる?」
「その顔ですよ」
「怖いな」
「ただレインさんは分かりやすいだけです」
ミーナが依頼票を受け取ろうと手を伸ばした、その時だった。
――バンッ!
ギルドの扉が勢いよく開き、館内の空気が一瞬止まる。
「ミーナさん!」
駆け込んできたのは十九歳ほどの若い男だった。革鎧を身につけ、腰には剣。服も靴も泥だらけで、肩を大きく上下させながら息を切らしている。
「ユート?」
ミーナの表情から先ほどまでの軽さが消え、すぐに受付へ身を乗り出す。
「どうしたんですか?」
ユートは受付まで走り寄ると、両手を台についた。
「自分の鑑定をお願いします。今すぐ」
ミーナはまず怪我がないか確かめるようにユートを見る。
「怪我は?」
「してません。でも……使えないんです」
ユートは不安そうに自分の右手を見つめる。
「何が?」
「《連撃》が」
その言葉に、レインの目がわずかに動き、ミーナも一度瞬きをする。
《連撃》は剣術系の初級スキルで、一撃目から二撃目、三撃目へと動きを繋げやすくするものだ。派手でも珍しくもないが、剣士なら欲しがる便利なスキルでもある。
そしてユートが数か月前、ようやく習得したスキルでもあった。
習得した日は受付で大騒ぎしていたため、ミーナもよく覚えている。
ユートは焦りを隠せないまま腰の剣に触れる。
「俺、今日、北の森で角兎の討伐をしてて、いつも通り使おうとしたんです。でも、発動しなくて…」
「魔力切れでは?」
「違います。感覚が……スキルを使える感覚がないんです」
説明しながら、ユートは思わず剣を抜く。
――シャッ。
周囲の冒険者たちが反応し、館内に小さなどよめきが走る。
「ここでは抜刀禁止ですよ」
ミーナに即座に注意され、ユートの体が固まる。
「あ、すみません!」
慌てて剣を鞘へ戻す。
――カチャン。
少し離れたところで二人のやり取りを見ていたレインが、表情をほとんど変えずにぼそりと呟く。
「元気そうではあるがな」
声を聞いて、ユートが「ん?」と目を瞬かせる。そこで初めてレインの存在に気づき、少し驚いた顔を向ける。
「レ、レインさん、いたんですか」
レインは淡々としたまま、短く返す。
「ずっとな」
ユートは悪気のない顔で軽く頭を下げる。
「すみません……レインさんの存在感なくて気づきませんでした」
一拍置いて、レインの眉がぴくっと動く。
「おいっ」
そのやり取りに、ミーナは口元を押さえて笑いをこらえる。肩がわずかに震れ、「ぷっ…」と小さく漏れそうになる。
しかし、次の瞬間、ユートの表情がふっと曇る。
さっきまでの軽いやり取りが消え、視線を落とす。手にも少し力が入り、自信をなくした様子で呟く(つぶやく)。
「本当に《連撃》が使えないんです」
空気が静かになる。
ミーナも笑いを引っ込め、ユートの様子を見て表情を落ち着かせる。冗談で返すことはせず、その言葉を受け止めるように静かに頷く(うなずく)。
「……」
「分かりました。鑑定しましょう」
受付の奥から簡易鑑定用の水晶板を持ってきて、ユートの前へ置く。
ユートが恐る恐る手を乗せると、薄い光が広がり、名前、年齢、冒険者階級、基礎能力、そしてスキルが浮かび上がった。
《剣術》
《体力強化》
以上。
ユートの表情が固まる。
「……え」
ミーナも言葉を失い、レインも無言で一歩近づいて水晶板を確認する。
《連撃》がない。
ユートは信じられないものを見るように水晶板へ顔を寄せた。
「もう一回」
「ユート、自分自身の鑑定を」
「お願いします!」
縋る(すがる)ような目で頼まれ、ミーナはもう一度鑑定を行う。
薄い光が広がり、同じ文字が浮かぶ。
《剣術》
《体力強化》
やはり《連撃》はない。
ユートは水晶板に手を置いたまま、肩から力を抜く。
「……そんな。昨日まで使えてたんです。本当です!俺、やっと……やっと覚えたんです」
声が震えている。
周囲の冒険者たちも、誰一人笑わない。ユートがどれだけ訓練していたか知っている者が多いからだ。
近くにいた冒険者が腕を組む。
「鑑定具が壊れたんじゃねえか?」
別の男が首を傾げる。
「でも、他の奴は普通だったぞ」
「じゃあ一時的な不調とか?」
「スキルって消えるもんなのか?」
ざわざわと声が広がる中、ユートは俯き、拳を強く握っている。
レインが静かに口を開く。
「最後に使えたの、いつ?」
ユートが顔を上げる。
「昨日です」
「昨日?」
「訓練場で。三回、ちゃんと使えました」
「今日は?」
「朝から駄目です」
レインは腕を組み、少し考えてから尋ねる。
「昨日、なんか変なことした?」
「変なこと?」
「知らない魔道具触ったとか、怪しい薬飲んだとか、呪われそうなもの拾ったとか」
ユートは首を振りかけるが、ふと動きを止める。
「そんなの……あ」
レインの目が細くなる。
「何」
「鑑定、受けました」
ミーナがすぐに聞き返す。
「ここでではないですよね?」
「ええ、違います。ただ…無料の能力鑑定です」
レインが反応する。
「無料…」
ミーナも何か思い当たったような顔をする。
「あ」
その表情を見て、レインが呟く。
「無料ってのが怪しいな」
「ギルドの相談窓口も無料ですよ」
「じゃあギルドのも怪しいのか⁈」
「それって喧嘩売ってます?」
二人のやり取りに挟まれたユートが困ったように片手を上げる。
「えっと…続けていいですか?」
「どうぞ」
「お願いします」
ユートが説明を続ける。
数日前、王都西区に新しい施設ができた。冒険者向けの能力鑑定を行い、将来性や適性、伸ばすべき能力まで、すべて無料で見てくれるらしい。
その名前は《王都冒険者能力研究所》。
最近、若手冒険者の間で評判になっているという。
レインの表情から冗談っぽさが消える。
「いつ受けた?」
「昨日の昼です」
「その時、何かされた?」
ユートは記憶を辿りながら答える。
「普通です。魔道具に手を置いて、少し魔力を流して、10分くらい待って、結果をもらいました」
「それだけ?」
「はい」
「終わった後、変な感じは?」
「別に……ちょっと眠かったくらいで」
ミーナが続けて尋ねる。
「そのあと《連撃》は?」
「夕方の訓練では使えてました」
レインは眉を少し寄せる。
鑑定直後に消えたわけではない。
考えながら、さらに聞く。
「他に、そこで鑑定受けた奴、知ってる?」
「います。何人か」
「その人たちはどうなった?」
「それは分かりません」
ミーナはすぐに受付の奥へ向かい、冒険者名簿を取り出した。
「こちらでこれから確認できる部分は、確認してみます」
レインは持っていた薬草採取の依頼票を受付へ置く。
それを見たミーナが少し驚く。
「薬草採取は?」
「後で受ける」
「珍しいですね」
「ちょっと気になるんだ」
「そうですか」
「そう」
レインはユートへ向き直り、腰の剣を見る。
「とりあえず、剣は振れる?」
「はい」
「なら今日はスキルなしで振っとけ」
ユートの顔が曇る。
「でも、《連撃》が…」
「戻るまで剣士休む?」
言葉を失ったユートを見て、レインは淡々と続ける。
「それ嫌だろ」
ユートは少し黙ったあと、小さく答える。
「……嫌です」
「じゃ、振っとけ」
それだけだった。
慰めでも励ましでもない。
それでもユートは一度頷いた(うなずいた)あと、ほんの少しだけ顔を上げる。
「はい」
その日の午後、ギルドの訓練場にて。
――ブンッ。
木剣が風を切る音が繰り返し響いている。
レインは壁際に立ち、腕を組んだまま、ユートの様子を見ていた。
ユートが木剣を振る。
一撃目から二撃目へ繋ごうとするが、途中で動きが止まる。
奥歯を噛み、もう一度構える。
一撃、二撃。
今度は繋がったものの、《連撃》があった時と比べれば明らかに遅い。
それでもユートは振る。
何度も、何度も。
額から汗が落ちてもやめない。
その姿を見ながら、レインがぽつりと呟く。
「……真面目にやっているな」
「そうですね」
隣から聞こえた声に、レインが横を見る。
いつの間にかミーナが立っている。
「あれ?受付は?」
「今は休憩です」
「もしかして…さぼり?」
ミーナは半眼でレインを見る。
「レインさんと一緒にしないでください」
「俺、今日はまだ何もさぼってないぞ」
「いつもの薬草採取を放置しています」
「今調査中に切り替え」
「いつから依頼扱いになったんです?」
「今」
ミーナはため息をつくが、すぐに視線をユートへ戻す。
「三か月かかったんですよ」
「何が」
「《連撃》です。毎日訓練して、他の人に教えてもらって、ようやくできるようになったって」
レインが短く答える。
「知ってる」
ミーナが意外そうに振り向く。
「そうなんですか?」
「ああ、かなりうるさかったから」
ミーナは一瞬考えたあと、思い出したように頷く。
「……ああ」
習得した日、ユートはギルド中を歩き回り、満面の笑顔で誰彼構わず言っていた。
『俺、《連撃》覚えました!』
誰も聞いていないのに、すれ違う相手全員へ報告していた。
思い出したミーナが少し笑う。
「だから、勘違いではありません。わたしも鑑定結果を見ています」
レインは木剣を振り続けるユートを見ながら呟く。
「なら、なぜ消えた」
ミーナの表情が固くなる。
「スキルが消える……そんなこと、あるんでしょうか」
「それは分からないが…」
レインの表情がわずかに曇る。
《イレイサー》。
自分には、スキルそのものを消せる可能性がある。
実際に試したことはないが、契約を消し、呪術構造も消した。
なら、スキルだけが絶対に例外とは言い切れない。
問題は、誰が、なぜやったのか。
レインがミーナを見る。
「研究所のこと、調べた?」
「はい」
ミーナは周囲を軽く確認してから、少し声を落とす。
「三か月前に開設されています。運営者はヴァレル・ノーデン。魔導技術研究者で、王立研究院にいたこともあるそうです」
「王立研究院を辞めた理由は?」
「そこまでは…ただ、能力研究ではかなり有名だったみたいです」
「怪しい?」
「今のところは…ないですね、正規の許可も取っています」
レインは少し肩をすくめる。
「じゃあ、まだ怪しくないんだな、無料なだけで」
「無料を犯罪の根拠みたいに言わないでください」
その時、訓練場の入口がざわつく。
「おい、見ろ」
「また来たぞ」
何人かの冒険者が入口へ視線を向ける。
二十歳前後の若い男が入ってくる。上等な鎧にはほとんど傷がなく、腰には高級そうな剣。後ろには二人の取り巻きが続いている。
ミーナが小声で説明する。
「あれはロドリック・ベイラス」
「へえ、どんな人、有名?」
「大商会のベイラス家の三男です。冒険者になったのは半年前」
レインは返事をせず、ロドリックの歩き方や腰の剣を見る。
重心が高く、剣がまだ体に馴染んでいない。
少なくとも、長年剣を振ってきた人間の動きには見えない。
ロドリックは訓練場の中央まで進むと、教官へ声をかける。
「今日も相手を頼む」
教官は少し困った顔をする。
「無理をするなよ。昨日習得したばかりだろう」
「問題ない」
ロドリックが自信ありげに剣を抜く。
相手をする中堅冒険者が木剣を構え、訓練が始まる。
ロドリックが踏み込む。
――ヒュッ!
一撃。
そのまま二撃目。
さらに三撃目。
動きが途切れず、流れるように連続攻撃が繋がる。
レインの目が細くなる。
同時に、少し離れた場所から乾いた音がした。
――カラン。
ユートの手から木剣が落ちている。
顔から血の気が引き、ロドリックを見つめていた。
「……嘘だ」
ハルトが剣を収めると、周囲から拍手と歓声が上がる。
「すげえな」
「半年で《連撃》か」
「剣の才能が、あるんじゃねえか?」
しかし別の冒険者は首を傾げる。
「いや、昨日まではまともに二撃目繋げられなかっただろ」
ユートが一歩前へ出る。
「それ」
ロドリックが振り返る。
「何だ?」
ユートはロドリックの剣を見つめたまま、震える声で言う。
「そのスキル」
「《連撃》? ああ。昨日習得した」
「どこで」
「どこ?」
ロドリックは少し笑う。
「剣の才能が開花しただけだ」
ユートの拳が強く握られる。
「……俺の」
ロドリックの眉が上がる。
「は?」
ユートはもう一歩前へ出る。
「俺のなんです。その《連撃》」
訓練場が静まる。
数秒、ロドリックはユートを見つめたあと、鼻で笑う。
「何を言っている。スキルに名前でも書いてあるのか?」
ユートが言葉に詰まる。
「俺は昨日まで使えた」
「だから?」
「今日、消えた」
「知らんな」
ロドリックは興味を失ったように腰の剣へ手を添える。
「負け惜しみなら他でやれ」
ユートの顔に怒りが浮かぶ。
「違う!」
勢いよく踏み出した肩を、レインがすぐに掴む。
「やめとけ」
「でも!」
「今は証拠ない」
レインはロドリックを見ながら、低い声で続ける。
「殴ったら、お前が悪くなる」
ユートは歯を食いしばりながらも、その場で止まる。
ロドリックがレインへ視線を向ける。
「誰だ?」
レインは平然と答える。
「普通の冒険者」
少し離れたところで、ミーナがそっと目を逸らす。
ロドリックは特に興味を示さず、
「そうか」
そのまま立ち去っていく。
取り巻き二人も続く。
レインは黙ってその背中を見る。
やはり歩き方が剣士らしくない。
少なくとも、《連撃》を自力で身につけるほど剣を振ってきた人間の動きには見えなかった。
「ミーナ」
「はい」
「ロドリックが、昨日どこに行ってたか分かる?」
「ギルドの記録なら調べられます」
「お願い」
ミーナが少し驚いた顔をする。
「ずいぶんやる気ですね」
「ああ、気になる」
「そうですか」
レインは続けてユートを見る。
「それと、研究所。行ってみる」
ユートが勢いよく顔を上げる。
「俺も行く」
「駄目だ」
「でも!」
レインは即座に遮る。
「向こうが本当に何かしてるなら、被害者が乗り込むのが一番まずい」
ユートは悔しそうに俯く。
「…………」
レインは地面に落ちていた木剣を拾い、ユートへ軽く投げる。
「剣、振っとけ」
ユートは反射的に受け取るが、すぐには構えない。
「……戻らなかったら」
「何が」
「《連撃》戻らなかったら」
しばらく沈黙が続く。
レインはユートを見てから、静かに答える。
「その時考えればいい」
ユートは俯いたまま動かない。
「でも、今なくなったからって、昨日までやったことまで消えたわけじゃないだろ」
ユートがゆっくり顔を上げる。
少し目を見開いている。
レインはそれ以上何も言わず、視線を外す。
隣でミーナが小さく笑った。
「何」
「いえ、たまには冒険者らしいこと言うんだなと」
「失礼だな」
「褒めてますよ」
「本当に?」
「ええ、少しは」
「少しか」
その時、訓練場の入口から慌ただしい足音が近づく。
――タタタッ。
ギルド職員が紙を握ったまま走ってきた。
「ミーナさん!」
ミーナがすぐに表情を引き締める。
「どうしました?」
「さっき確認を頼まれた無料鑑定の件です!」
ミーナの顔つきが変わる。
「何か?」
職員が紙を差し出す。
「三人いました。研究所で鑑定を受けた冒険者。そのうち二人が――」
一度息を整え、続ける。
「スキルを一つずつ失っています」
訓練場が静かになる。
レインがミーナの手元の紙を見る。
一人は弓使いで《遠見》。
もう一人は斥候で《気配察知》。
どちらも鑑定後、一日から二日経って消失している。
そしてユートの《連撃》。
計三人。
レインが紙を見たまま呟く。
「本当に……偶然?」
ミーナが即座に返す。
「三人も?」
「まあ確証はない」
「では?」
レインは紙に記された研究所の名前を見る。
《王都冒険者能力研究所》。
その下には、
『眠っている才能を、見つけませんか?』
という宣伝文句。
レインはしばらくそこを見つめたあと、ぼそりと言う。
「才能を見つけるんじゃなくて、才能を奪っていたりしてな」
誰も笑わない。
ミーナも。
ユートも。
レインは二人の顔を見て、少し気まずそうに口を開く。
「あ…………冗談だったんだけど」
ミーナは真顔のまま。
「笑えません」
「俺もそれが事実なら笑えない」
レインは受付に置いてあった薬草採取の依頼票を見る。
少し迷ったあと、指先でその紙を押し戻す。
ミーナが目を丸くする。
「その依頼を受けないなんて、珍しいですね」
「今日は調子悪くてね」
「レインさんが急に調子が悪いなんて珍しいですね、さては……調べるんですか?」
「まだだな」
「じゃあ何です?」
レインは研究所の資料を摘まみ上げ、軽くひらひらさせる。
「その無料鑑定、受けてくる」
ミーナの目が細くなる。
「…絶対、普通に受ける気ありませんよね?」
レインは平然と答える。
「普通の冒険者として鑑定を受けてくるよ」
「それは…レインさんに限ってありえませんよね」
「ひどい言い方だなぁ」
***
その日の夕方。
王都冒険者ギルドの受付へ、王城の紋章が入った封書が届けられる。
宛名はレイン。
レインが封を切り、中の紙を広げる。
そこには短く、
『明日、時間を空けてください』
と書かれている。
その下には少し大きな文字で、
『絶対に断らないでください』
さらに紙の端には、明らかに別の筆跡で、
『今回は本当に重要です』
クロエの追記まである。
レインは無言で紙を眺める。
「…………」
受付越しにミーナが覗き込む。
「何て?」
レインは紙から目を離さない。
「嫌な予感しかしないな」
「内容を聞いています」
レインは小さくため息をつき、紙を折り畳む。
「たぶん」
一度、昼間に見た研究所の資料へ目を向ける。
「同じ事件だ」
その予感は、珍しく当たっていた。




