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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第8話 魔王、勇者と語る

 獣人の集落を後にした二人は、森の小道をゆっくりと歩いていた。

 しばらくの間、どちらも口を開かなかった。


 やがて集落が見えなくなったところで、ヴェラが小さく息を吐いた。


「さっきの……」

 前を見つめたまま、口を開く。

「私がいなかったら、誰かが本当に手を出していたかもしれないわね」


 エリオスは、そう言われても笑うだけだった。

「そうかな? 俺がいたから手を出せなかったんだと思うけど」


 ヴェラがちらりと彼を見る。

「よく笑っていられるわね。

 さっきは、あなたに全部の責任を押しつけていたのよ」


 エリオスは肩をすくめた。

「でも、間違ってないだろ」


 ヴェラの足が止まった。

 しばらく黙り込んだあと、ぽつりと言う。


「……私は、嫌」


「ん?」

 エリオスが振り返る。


 ヴェラは顔を逸らし、小さな声で続けた。

「いつもあなたに頼ってばかりなのが、嫌なの。

 私は魔王よ。本来なら、こういう問題は私自身で解決しなきゃいけない」


 エリオスは彼女を見つめ、ふっと笑った。

「前にも言っただろ。俺は魔境で育ったんだ」


 ヴェラが頷く。

「ええ。聞いたわ。

 それがどうしたの?」


 エリオスは少し考える。

 そして、ふと尋ねた。


「ヴェラって、今年で何歳なんだ?」


「……え?」

 ヴェラが目を瞬かせる。

「百二十歳くらいかしら。

 それを聞いてどうするの?」


 エリオスは空を見上げ、笑った。

「俺の一生なんて、ヴェラからすれば一瞬なんだろ?」


「だったらさ」

 穏やかな声で続ける。

「面白い人間を見つけたと思って、しばらく一緒に歩いてみてくれよ」


 ヴェラは何も言わず、エリオスの横顔を見つめていた。

 やがて、ゆっくりと首を横に振る。


「……私は、そういう言い方は好きじゃないわ」


 エリオスが少し意外そうな顔をする。

「どうして?」


 ヴェラは遠くを見つめたまま、答えた。

「あなたには、もっと長く生きてほしいから」


 エリオスは思わず笑った。

「忘れてないか? 

 勇者って、本来は魔王を倒すためにいるんだぞ」


 ヴェラが鼻を鳴らす。

「だからよ。

 もし次の勇者が、あなたみたいな人じゃなかったら。

 本気で魔王を討とうとするような勇者だったら……」


 そこで、一度言葉を止める。

「魔族は……

 本当に、希望がなくなるわ」


 森が、再び静まり返った。

 エリオスは俯き、何かを考えるように黙っている。


 しばらくして――

 ふっと笑った。


「そんな言い方されると、まるで俺が真面目にやってないみたいじゃないか」

 少し考えてから、肩をすくめる。

「……まあ、確かにそうかもな」


 ヴェラは、そんな彼の緊張感のなさを見て、呆れたように微笑んだ。


「だからさ」

 エリオスは再び歩き出す。

「俺が生きてるうちに――」

 前を向いたまま言った。

「この国を、次の勇者に討伐される必要もないような国にしよう」


 ヴェラが、僅かに目を見開いた。

 だが、何も答えなかった。

 ただ静かに、彼の隣へ並んで歩き始めた。


 

 森の奥へ進むにつれて、周囲の木々は次第に大きくなっていった。

 木々の間には、幹の上に建てられた小さな木造家屋がいくつも見える。

 何本もの大樹を繋ぐように、木製の吊り橋が架けられていた。

 遠くからは、干したキノコや薬草の香りまで漂ってくる。


 エリオスは目の前の光景を眺め、思わず笑った。

「王立図書館の資料に載ってたゴブリンの集落とは、随分違うな」


 ヴェラがちらりと彼を見る。

「人間の本には、どう書かれてるの?」


 エリオスは記憶を辿る。

「『繁殖力が非常に高い』とか、『群れで村を襲う』とか、『数が多く、根絶が困難』とか……」

 苦笑する。

「人間からすれば、ずっと厄介な魔物扱いだよ」


 ヴェラは頷いた。

「昔は、実際にそうだったわ。

 あの頃は定住する場所もなくて、農業の知識もなかった。

 食料がなくなれば、他から奪うしかなかったのよ」


 彼女は、遠くの畑へ目を向ける。

 そこでは何人ものゴブリンが働いていた。


「私が魔王になってから、彼らを一か所に集めるだけでもかなり苦労したわ。

 農業を教えて、集落を作って。

 他の種族にも協力してもらって、少しずつ色々な技術を教えた。

 女性のゴブリンは今でも男性よりずっと少ないけれど、それでも昔ほどではなくなったわ」


 少し間を置いて、ヴェラは続けた。


「それに、あなたが外を彷徨っていたゴブリンたちを討伐するようになってから、集落の人口も少しずつ安定してきたの」


 エリオスは頷いた。

「俺はただ、あちこちに散らばって人間と衝突し続けるより――

 こうやって自分たちの家と土地を持って、自給自足できるほうがいいと思っただけだよ」


 ヴェラは答えなかった。

 ただ、畑で働くゴブリンたちを見つめていた。


 かつて人間から「厄介な魔物」と呼ばれていた彼らは、今では畑に腰を屈めて作物を育てている。

 子供たちは採れたばかりのキノコを抱え、吊り橋の上を楽しそうに走り回っていた。


 目の前にある光景は――

 人間の文献に記されたゴブリンたちとは、まるで別の種族のようだった。


 二人が集落へ足を踏み入れた、その時。

 木製の吊り橋を走り回っていた小さなゴブリンたちが、突然足を止めた。

 そのうちの一人が、目をこする。


「……勇者?」

 次の瞬間。

「ゆ、勇者が来た!」

「隠れろ!」

「魔王様もいるぞ!」


 集落全体が、一気に騒然となった。

 さっきまで賑やかだった通りから、あっという間に人影が消えていく。

 籠を抱えた小さなゴブリンが木の家へ駆け込んでいく。

 別の者は木樽の陰に隠れ、頭だけを出して二人の様子を窺っている。


 エリオスは苦笑した。

「俺って、そんなに怖いのかな」


 ヴェラは腕を組み、淡々と言う。

「弱い種族が強者を恐れるのは、本能みたいなものよ。

 あなたに限った話じゃないわ」


 周囲を見渡す。

「……私だって、怖がられているもの」


 エリオスも彼女の視線を追う。

 確かに。

 物陰からこっそり魔王を見ていたゴブリンたちは、ヴェラと目が合った瞬間、慌てて頭を引っ込めている。


 エリオスは思わず吹き出した。

「本当だな」


 ヴェラが小さく咳払いする。

「……もう出てきなさい」


 大きな声ではない。

 それでも、その声は集落の隅々までよく響いた。


「今日は誰かを罰しに来たわけじゃないわ。あなたたちの話を聞きに来たのよ」


 しばらくして――

 一軒の木造家屋の扉が、ゆっくりと開いた。

 一人の年老いたゴブリンが、杖をつきながら慎重に出てくる。

 その後ろには、数人の若いゴブリンが続いていた。


 彼らはまず、ちらちらとエリオスを見る。

 勇者が剣を抜いていないことを確認してから、恐る恐る二人の前まで歩いてきた。


「ま、魔王様……」

「勇者様……」

 ゴブリンの族長が、深々と頭を下げる。


 ヴェラは小さく頷いた。

「獣人の集落で、最近食料が盗まれたと聞いたわ。

 その件について、話を聞きに来たの」


 数人のゴブリンが、慌てて顔を上げた。


「僕たちじゃありません!」

「本当です! 僕たちは盗んでません!」

「盗んだのは、あいつらです!」


 一人の若いゴブリンが、泣きそうな顔で訴える。

「先に僕たちの物を奪ったのは、あの獣人たちなんです!」


 別のゴブリンも、堪えきれないように叫んだ。

「魔王様、どうか信じてください!」

「僕たちのほうが被害者なんです!」


 ヴェラが僅かに目を見開く。

 そして、隣にいるエリオスへ視線を向けた。


 エリオスは――

 やっぱりな、とでも言いたげに口元を緩めていた。

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