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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第7話 勇者、魔王と歩く

 エリオスは、再び魔境へ足を踏み入れていた。


 ただし、今回は討伐隊を連れていない。

 誰にも知らせず、一人で来ていた。


 魔王城までは、まだ少し距離がある。

 その道を歩いていると――

 道の脇に、見覚えのある人影が立っているのが見えた。


 漆黒の長髪が、風に揺れている。

 ヴェラだった。


 どうやら、かなり前からここで待っていたらしい。


 エリオスは笑いながら近づいていく。

「なんでこんなところにいるんだ?」


 ヴェラは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

「どうせあなたも、この道を通るんでしょう?

 城で待っているのも、ここで待っているのも同じことだから。

 だったら、迎えに来たほうが早いと思っただけよ」


 エリオスは思わず笑った。

「じゃあ、ありがとうって言ったほうがいいのかな?」


「……調子に乗らないで」

 ヴェラは小さく鼻を鳴らした。

「今日も、こっそり抜け出してきたの?」


「まあ、そんなところ」

 エリオスは苦笑しながら頭を掻いた。

「最近、王都で舞踏会が続いててさ。

 遠征どころか、数日間抜け出して国境を見に行くことすら難しくてさ」


「舞踏会?」

 ヴェラが瞬きをする。

「貴族が集まって、食事をしたり話をしたり、踊ったりするやつ?」


「だいたいそんな感じ」


「それなら、いいじゃない」

 ヴェラは不思議そうに首を傾げた。

「あなた、そういう人付き合いは得意でしょう?」


 エリオスは苦笑して首を横に振った。


「それとこれとは別だよ」

 森の小道を歩きながら、遠くに見える魔王城へ目を向ける。

「人間の国じゃ、俺くらいの歳になると、そろそろ結婚相手を考える時期らしいんだ」


「…………」


「舞踏会に出るたびに、みんな自分の娘を俺に紹介しようとしてくるんだよ。

 いちいち相手をするだけで、結構疲れる」


 ヴェラが足を止めた。

 意外そうな顔でエリオスを見る。


「……あなた、女が嫌いなの?」


「え?」

 エリオスは一瞬きょとんとした。

 そして、吹き出す。

「いや、なんでそうなるんだよ」


「だって……」


「もちろん嫌いじゃないよ。

 ただ、今はそういうことを考える気になれないだけ」

 エリオスは何気なく魔王城を見上げた。

「今の俺の頭の中にあるのは、ヴェラのことだけだから」


 ――森が、静まり返った。


 ヴェラの身体が固まる。

 真紅の瞳が大きく見開かれ、白い頬がみるみるうちに赤く染まっていく。


「……え?」


 呆然とエリオスを見つめる。

「ちょ、ちょっと……あなた、いきなり何を……」


 エリオスが振り返った。

「ん?」


 ヴェラの様子を見て、ようやく何かに気づいたような顔をする。


「あ」

 慌てて手を振った。

「いや、そういう意味じゃなくて」


「…………」


「ほら、ヴェラの国のことだよ」


「……あ」

 ヴェラの表情が、別の意味で固まった。


 だが、エリオスはそんな彼女の複雑な表情には気づかない。

 遠くの魔王城を眺めながら、少しずつ真剣な表情になっていく。


「ずっと考えてたんだ、本当に人間が警戒してるのは、

 魔族そのものじゃないんじゃないかって」


 エリオスは足を止めた。

 そして、ヴェラを見る。


「秩序がなくて、いつ何が起きるか分からない魔国。

 人間が怖いのは、そういう国なんじゃないかって。

 もしヴェラが、この国をちゃんと治められたら。

 いろんな種族が安心して暮らせる国にできたら」


「魔王が支配する魔族も、ただ人間を襲うだけの存在じゃないって、

 人間たちに分かってもらえたら」


 エリオスは、穏やかに笑った。

「人間と魔族の間にある問題も、少しずつ変えていけるんじゃないかな」


 ヴェラは黙って彼を見つめていた。


 まさか。

 自分を討つためにやって来るはずの勇者が。

 魔王城を訪れるたびに、そんなことを考えていたなんて。


 ヴェラは知らなかった。

 エリオスは再び笑う。


「だから、舞踏会よりこっちのほうがいいんだ。

 少なくともここには、俺たちが片付けなきゃいけないことが山ほどあるからな」




 エリオスとヴェラは、獣人の集落へ向かっていた。


 森を抜けるにつれて、道幅が少しずつ広くなっていく。

 やがて、木材と大きな石を組み合わせた家々が見えてきた。


 広場には干した獣皮や木樽が並び、少し離れたところでは、何人かの獣人が狩ってきた獲物を運んでいる。

 集落の入口では、一人の老獣人が待っていた。

 以前、魔王城で顔を合わせた獣人の長老だ。


「魔王様」

 獣人の長老が軽く頭を下げる。

 その視線が、自然とエリオスへ移った。

「勇者様」


 エリオスも笑って頷く。

「また会ったな」


 獣人の長老は二人を交互に見た。

 そして、僅かに目を見開く。

「まさか、魔王様が自らお越しになるとは」


「……誤解しないで」

 ヴェラがすぐに顔を逸らした。

「たまたま時間があっただけよ。ついでに様子を見に来ただけだから」


 そう言って、ちらりとエリオスを見る。

 余計なことを言うな。

 そんな意図がありありと伝わってくる視線だった。


 エリオスは笑いを堪えながら、話を合わせる。

「俺がこの辺りを見て回ろうと思ってさ。

 最近、少し問題があるって聞いたから、魔王にも付き合ってもらったんだ」


 獣人の長老は二人をしばらく見つめていた。

 だが、何も言わずに笑って頷く。


「なるほど。

 では、せっかくお二人がお越しになったのです。

 こちらへ」



 三人は集落の中央へ向かった。

 だが、広場へ近づくにつれて、激しい言い争いが聞こえてきた。


「絶対にあのゴブリンどもだ!」

 獣人の一人が机を叩く。


「他に誰がいるっていうんだ!」

「魔王様! どうか我々のために裁きを!」


 ヴェラの表情が、みるみる険しくなる。

「同胞の食料を盗むなんて……」


 一歩、前へ出る。

「今すぐ私が――」


「待って」

 エリオスが、そっと彼女の腕を止めた。


 ヴェラが振り返る。

「何を待つの? もう答えは出ているでしょう?」


 エリオスは首を横に振った。

「まあまあ。まだ決めつけるのは早いよ。

 少なくとも、向こうの話も聞いてみよう」


 ヴェラは僅かに眉を寄せた。

 だが、獣人たちはそれでも怒りを抑えきれない。


「まだ何を聞くっていうんだ!」

 一人の若い獣人が、怒りを露わにして立ち上がった。

「勇者が俺たちの土地を少しずつ奪っていかなければ、こんなことにはならなかった!」


 別の獣人も拳を握る。


「昔は狩場があった! 畑だってもっと広かった!」

「それを全部失って、今じゃみんな狭い場所に押し込められてるんだ!」

「食料を奪い合うようになるのだって、当たり前だろ!」


 集落にいた獣人たちが、次々と俯いていく。

 誰も反論しなかった。


 なぜなら――

 彼らの言っていることは、事実だったからだ。


 重苦しい空気が、広場を包み込む。

 ヴェラは、隣に立つエリオスへ目を向けた。

 てっきり、彼が何か言い返すと思っていた。

 自分の行動を正当化すると思っていた。


 だが。

 エリオスは黙って彼らの話を聞いていた。

 しばらくしてから、静かに頷く。


「……うん。君たちの言う通りだ」

 その一言に、獣人たちが一斉に目を見開いた。


 エリオスは集落の外へ目を向ける。

 かつてより、ずっと狭くなった森。


「その土地を取り戻したのは、確かに俺だ。

 だから、君たちの不満を否定する資格は俺にはない」


 少しだけ間を置く。

 そして、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「でも……今日ここへ来たのは、誰が正しくて誰が悪いのかを決めるためじゃない」


 エリオスは、集落にいる獣人たちを一人ずつ見渡した。


「俺が知りたいのは――今、君たちに本当に足りないものは何なのかだ。

 食料なのか、それとも……別の何かなのか」

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