表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/6

第6話 勇者、聖女と再会する

 王都へ戻ってから、数日が経っていた。


 午後の陽射しが、王城の訓練場を明るく照らしている。

 木剣のぶつかり合う音が、あちこちから響いていた。


 剣を振る者。

 弓を引く者。

 二人一組になって打ち合う者。


 教官の怒号が飛び交う中、兵士たちは何度も自分の動きを修正しながら鍛錬を続けている。


 その片隅。

 エリオスは長椅子に腰掛け、頬杖をつきながら、熱気に包まれた訓練場をぼんやり眺めていた。


 風が吹き抜け、白金色の髪を揺らす。

 視線は訓練場へ向けたまま。

 だが、その意識はとっくに別の場所へ飛んでいた。


「……次は、いつ行けるかな」

 ぽつりと呟く。


 あの時、兵士たちが自分の身を案じて、すぐに撤退してくれなかった。

 そのせいで、エリオスは予定より早く魔王城を離れることになった。

 結局、彼らを無事に砦まで送り届けてから、王都へ戻ってきたのだ。


 ――もう少し、ヴェラと話したかったな。

 そんなことを考えていると。


「勇者様!」

 訓練を終えた数人の兵士が、ちょうどエリオスの前を通りかかった。


「お疲れさん」

 エリオスは笑って手を上げる。

「午後も頑張ってるな」


 すると、その中の若い兵士が興奮した様子で口を開いた。

「勇者様! この前の魔境の森での話、今すごい噂になってますよ!」


「ん?」


「一人で残って、あの竜と戦ったって話です!」


 別の兵士もすぐに続ける。

「聞きましたよ! 

 翼を広げただけで空が全部隠れるくらい、とんでもなくデカい竜だったって!」


「帰ってきた連中なんて、砦まで逃げ帰る間、

 ずっと心臓が飛び出しそうだったって言ってました!」


「それなのに勇者様は、何事もなかったみたいに戻ってきたんでしょう?」


 兵士たちは、まるで伝説の英雄譚でも語るように盛り上がっている。

 身振り手振りまで大きくなっていた。


 エリオスは困ったように頬を掻く。

「いやいや。そんな大した話じゃないって。

 運がよかっただけだよ」


「そんなわけないでしょう!」

 一人の兵士が声を上げる。


「勇者様、よかったら俺たちに剣を教えてもらえませんか?」

「俺もお願いします!」

「俺も!」

 次々と声が上がる。


 エリオスは思わず笑った。

「魔法なら、多少は教えられると思うけどな。

 でも剣術は……」


 訓練場を見渡す。


「お前たちは子供の頃から正統派の剣術を叩き込まれてるんだろ? 

 剣だけなら、俺のほうがよっぽど素人だぞ」


「そんな馬鹿な!」

 兵士たちが一斉に驚く。


 エリオスは立ち上がり、近くに置かれていた木剣を手に取った。

「本当だって。

 俺が子供の頃なんて、剣を教えてくれる人はいなかったからな」


 木剣を軽く肩に担ぐ。


「今日はお互いに勉強ってことで、やってみようか」

 そう言って、訓練場へ足を踏み入れた。


 ほどなくして――

 カンッ!

 カンッ!

 木剣の乾いた音が、再び訓練場へ響き始めた。


 エリオスは兵士たちの攻撃を次々と受け流していく。

 時には相手の隙を指摘し。

 時には綺麗な動きを見せた兵士を素直に褒める。


「今の踏み込み、よかったぞ」


「本当ですか!?」


「ああ。ただ、最後に肩へ力が入りすぎてる」


「なるほど……!」


 兵士たちが真剣に頷く。

 そんなやり取りを続けながらも――

 エリオスの意識は、少しずつ別の場所へ向かっていた。


 木剣と木剣が、再び交わる。

 その瞬間。

 脳裏に浮かんだのは、目の前の兵士ではなかった。


 黒い長髪。

 紅い瞳。

 魔王――ヴェラ。


「……そういえば」

 エリオスは向かってきた一撃を受け止めながら、口元を緩めた。

「アイツの剣術、やっぱりすごかったな」


 次に魔王城へ行ったら。

 もう一度、剣で手合わせしてもらうのもいいかもしれない。

 そう考えると、自然と笑みが深くなった。



 何度か打ち合ううちに、訓練場の兵士たちはすっかり汗だくになっていた。


 エリオスは木剣を下ろし、対戦相手へ手を差し出す。

「お疲れさん」


 兵士は苦笑しながら、その手を握った。

「さすが勇者様です。

 俺なんて、服の裾に触れることすらできませんでしたよ」


「いや、そんな大げさな」

 エリオスは照れくさそうに笑う。

「実は、ちょっと風魔法を使って加速してたんだ。

 反則みたいなもんだよ」


 一瞬、兵士たちが固まった。

 そして――


「またまた、勇者様はご冗談を!」

「そうですよ! 魔法を使いながら、どうしてあんな剣術ができるんですか!」

「謙遜しすぎですって!」


 笑い声が起こる。

 エリオスは頭を掻きながら笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。


 ――その時だった。

 先ほどまで賑やかだった訓練場が、急に静まり返った。


 兵士たちが左右へ道を開ける。

 白い神官服をまとった数人の神官が、ゆっくりと歩いてきた。

 その先頭に立つ女性へ、誰もが自然と目を奪われる。


 肩から流れる、柔らかな栗色の長髪。

 穏やかで落ち着いた琥珀色の瞳。

 余計な装飾のない純白の祭服。


 それでも彼女の纏う空気には、神聖さと気品があった。

 王国の聖女――ソフィア。


「聖女様!」

 周囲の兵士たちが、一斉に頭を下げる。


 ソフィアは微笑みながら軽く頷き、彼らへ応える。

 そして、エリオスの前まで歩いてきた。

 裾を軽く持ち上げ、勇者へ丁寧に一礼する。


 エリオスもすぐに笑みを消し、礼を返した。

「姉さん」


 ソフィアの眉が、ほんの僅かに動いた。


「エリオス」

 小さく息を吐く。

「あなたももう子供じゃないの。

 いい加減、私を姉さんと呼ぶのはやめなさい」


 しかし、エリオスはいつものように笑った。

「でも、俺を王国へ連れてきてくれたのは姉さんだろ?」

 そして、少しだけ笑みを深める。

「俺にとっては、今でも姉さんだよ」


 ソフィアは、その屈託のない笑顔をしばらく見つめていた。

 やがて、諦めたように小さく息を吐く。


「……もういいわ」


 これ以上言っても無駄だと判断したらしい。

 ソフィアは話題を変えた。


「この前、魔境で竜に遭遇したそうね」


「ああ。ちょっと面倒なことになってさ」

 エリオスが笑って答える。


 するとソフィアは、静かに言った。

「だから、次の魔境討伐には、私も同行します」


「……え?」

 エリオスの笑顔が固まった。

「姉さんも行くの?」


 ソフィアは当然のように頷く。

「勇者と聖女は、本来共に魔王を討つものですから」


「いやいや、いいって」

 エリオスは慌てて手を振った。

「魔境なんて危ないところだぞ。

 姉さんは俺みたいに頑丈じゃないんだから、怪我でもしたら大変だろ?

 それに、今のところ俺一人で何とかできてる。

 わざわざ危ないところまで来なくてもいいよ」


 その時。

 横から、年配の神官が口を挟んだ。


「勇者様」

 エリオスが振り向く。

「あなたが勇者となって以来、広大な失地を取り戻し、国境を安定させたことは我々も認めております」


 神官の声は穏やかだった。

 だが、その言葉には明確な圧があった。


「しかし、魔王はいまだ健在です」

「どうかお忘れなきよう。魔王を討つことこそ、勇者に与えられた使命なのです」


 訓練場の空気が、僅かに張り詰めた。

 すると、一人の兵士が堪えきれず口を挟む。


「でも、それはちょっと言い方がきつくないですか?」

「魔王って、魔族の中でも一番強い存在なんでしょう? 

 今日倒せって言われて、明日には倒せるような相手じゃないですよ」


 別の兵士も頷いた。

「この前だって、勇者様は怪我をして帰ってきたじゃないですか」


 エリオスは、少し険悪になりかけた空気を感じ取る。

 そして、苦笑しながら口を開いた。


「みんな、俺のために言い争わなくていいって」

 手にしていた木剣を見る。

「魔王を倒せないのは、俺の力不足なんだから」

 そう言って、いつものように笑った。

「まだまだ修行が足りないってことだな」


 ソフィアは、年配の神官へ視線を向けた。

 穏やかな表情は変わらない。

 だが、その声には先ほどまでとは違う強さがあった。


「勇者は、この世界に一人しかいません。

 魔王討伐という重責を彼一人に背負わせている以上、

 それを理由に彼を責めるべきではありません。

 まして、彼が成し遂げてきたことまで疑う理由にはならないでしょう」


 神官は黙り込んだ。

 しばらくして、頭を下げる。


「……おっしゃる通りです」


 ソフィアは、それ以上追及しなかった。

 数人の神官を連れ、そのまま訓練場を後にしようとする。


 だが、数歩進んだところで、ふと足を止めた。

 振り返る。


「そうそう」

 エリオスを見る。

「時間がある時くらいは、王宮の社交の場にも顔を出しなさい。

 いつも一人で逃げてばかりなんだから」


 エリオスは苦笑しながら手を振った。

「分かったよ」


 ――本当に分かっているのかどうか。

 ソフィアは僅かに目を細めたが、それ以上は何も言わず、神官たちと共に去っていった。


 彼女たちの姿が見えなくなると、訓練場にも再び活気が戻る。

 すると、先ほどの兵士が不満そうに口を開いた。


「勇者様、さすがに忙しすぎませんか? 

 普段は国境を巡回して、魔獣を討伐して、それに魔王討伐の準備までしてるじゃないですか。

 そのうえ王宮の宴会にも出ろなんて……考えただけで疲れますよ」


 エリオスは、ただ笑った。

 そして、遠くにそびえる王城へ目を向ける。


「それも勇者の仕事だからな」


 穏やかな声だった。


「この役目を引き受けた以上、自分の好きなことだけ選んでやるわけにはいかないだろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ