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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第43話 勇者、貴族の嘘を知る

 翌日の早朝、遠征軍は再び出発した。


 野営地を離れると、周囲の景色はさらに荒涼としたものへと変わっていった。

 人間が残した道は次第に消え、長年にわたって踏み固められた痕跡だけが残っている。

 そのため、隊列も必然的に進む速度を落とさざるを得なかった。


 午前中の行軍が続いた頃、伝令兵が追いついてきた。


「報告!」

 伝令兵は団長のもとまで来ると、

 馬から降りて敬礼した。

「前線拠点の設営が完了しました。

 先行部隊は現在、防衛態勢を整えております」


 団長は頷いた。

「ほかに報告はあるか?」


「現在、敵軍は確認されておりません」


 エリオスが、そこで初めて口を開いた。

「この先、鬼族を発見しても追撃はするな」


 伝令兵が一瞬戸惑い、エリオスを見る。


「まずは防衛線を維持し、相手の動きを確認してから判断しろ。

 俺の命令がない限り、勝手に奥へ進むな」


「はっ!」

 伝令兵は再び敬礼すると、

 馬にまたがり、すぐに戻っていった。


 第三王子は、伝令兵が道の彼方へ消えていくのを見届けてから、

 エリオスへと視線を向けた。


「僕は、軍同士なら直接、

 通信石で連絡を取るものだと思っていた」


 エリオスは彼を一瞥した。

「通信石を使ってるさ」


「では、なぜわざわざ人を寄越すんだ?」


 エリオスは少し考えてから答えた。

「俺たちが受け取った情報は、

 前線から直接送られてきたものじゃないからだ」


 そう言って、

 片手を上げて簡単に流れを示す。


「まず前線が通信石で王都の魔導塔に連絡する。

 そこから魔導塔が国境要塞に情報を送り、

 最後に俺たちのところへ伝わってくる」


 第三王子はわずかに眉をひそめた。

「そんなに面倒なのか?」


 エリオスは肩をすくめた。

「場合によっては、

 伝令兵に頼るしかないこともある」


「それなら、なぜ前線に通信石を配備しない?」


「通信石は魔力を維持する必要があるし、

 必ず二つ一組で作らなきゃならない。

 二つの通信石は互いに繋がっていて、

 距離が離れるほど消費する魔力も大きくなるんだ」


 エリオスは腰に下げた通信石を軽く叩いた。

「だから今は、いったん魔導塔に情報を集めて、

 そこから各地に送る方式になってる。

 少なくとも、王都がすべての戦況を把握できるようにな」


 第三王子は、何かを考えるように頷いた。

「だが、それでは前線からの情報が届くまでに、

 かなり時間がかかるのではないか?」


「そうだな。

 場合によっては、半日ほど遅れることもある」


「では、前線の状況が急変した場合、

 結局は伝令兵に頼るしかないのか?」


「そういうことだ」


「伝令兵は途中で襲われる可能性がある。

 通信石も足りない……」

 第三王子は遠くに見える森へと目を向け、

 わずかに眉を寄せた。

「それでは、戦場の情報に空白が生じやすいな」


 エリオスは頷いた。

「だから俺は、前線に――」


「通信石をもっと作れば、

 少なくともそうした問題は減らせるのではないか?」

 第三王子がエリオスを見る。


「もちろん」

 エリオスは即答した。

「ただ、製作費がかなり高いんだ。

 今の魔塔は、転移陣の研究に予算を回しているからな」


「転移陣か……

 確かに、成功すれば王国にとっては、

 より大きな飛躍になるだろう」


「分かってるさ」

 エリオスは腰の通信石に触れた。

「ただ、俺にとってはこっちのほうがずっと実用的なんだよな」

 だが、肩をすくめるだけだった。

「残念ながら、魔塔がどこに金を使うかを俺が決められるわけじゃないからな」


 第三王子はそれ以上追及せず、

 ただ前方に広がる、深くなっていく魔境を見つめていた。


「……少なくとも、

 情報の到着が半日ほど遅れるかもしれない理由は分かった」

 彼はしばらく黙り、考え込んでいた。

 やがて、団長へと顔を向ける。

「現在、前線にいる部隊は、

 どのような者たちで構成されている?」


 団長は少し考えてから答えた。

「主に各地の貴族が派遣した部隊です。

 規模はまちまちですが、ほとんどは複数の小隊で構成されており、

 一隊につきおよそ百人から三百人ほどになります」


「総数は?」


「現時点では、千人に満たないはずです」


 第三王子の眉がわずかに寄った。

「はず、というのは?」


 団長は手元の資料に目を落とした。

「各領地から報告された人数が、

 完全には一致しておりませんので」


「誰かが途中で離脱したのか?」


「一部はそうです」

 団長は一拍置いてから、声を落とした。

「それと……

 報告された人数が、必ずしも実数とは限りません」


「どういう意味だ?」


「派遣した人数を、実際より多く報告する領地もあります。

 派遣した兵が多いほど、得られる戦功も見栄えがよくなりますから」


「……」


「ですが、実際に前線へ到着する頃には、

 人数が減っていることも珍しくありません」


 エリオスが横から口を挟んだ。

「道中で抜ける奴もいるし、最初から来ていない奴もいる」


「では、今この時点で何人いるのかすら、

 正確には分からないということか?」


「だから、あくまで概算だ」


 第三王子はエリオスへと視線を向けた。

「知っていたのか?」


「昔、遠征に出た時にも似たようなことがあったからな」

 エリオスは肩をすくめた。

「討伐ならまだいい。

 大規模戦闘になれば、かなり面倒なことになる」


 その時、団長が名簿を取り出した。

「殿下。こちらが、指揮している者たちの名簿です」


 第三王子はそれを受け取り、ざっと目を通した。

 そこには、見覚えのある家名がいくつも並んでいた。

 彼の眉間に、次第に深い皺が刻まれていく。


「この者たちは……

 本当に指揮を執っているのか?」


「はい」


「中には、軍事訓練すら受けていない者もいるのではないか?」


 団長は答えず、わずかに視線を逸らした。

 第三王子も、すぐに察したようだった。


「買ったのか?」


「一部は」

 団長はさらに声を潜めた。

「今回の遠征で戦功を得たいと考えている貴族もおります。

 また、国王陛下からの褒賞を目当てにしている者も……」


 エリオスが、ふと小さく鼻で笑った。

 あまりにも短く、笑い声と呼べるかどうかも分からないほどの音だった。


 第三王子が振り返ってエリオスを見る。

 しかし、エリオスはすぐにいつもの表情へ戻り、

 何事もなかったかのように前方を見つめていた。


「だから俺は、こういう遠征が好きじゃないんだよ」

 エリオスは軽い口調で言った。

「国境付近の魔獣を討伐するだけでも戦功は手に入るし、

 そのほうがずっと安全なのにな」


 第三王子がエリオスを一瞥した。

「……それでも、国王陛下から褒賞をもらえるのか?」


「もちろんだろ」

 エリオスは大真面目な顔で頷いた。

「報告書を少し綺麗に書けばいいだけさ」


 団長の口元が、かすかに引きつったように見えた。

 だが、第三王子は笑わなかった。

 彼は手にした名簿へと視線を落としたまま、今度は何も言わなかった。


 エリオスはそんな第三王子を横目で見た。

 空気が少し重くなったことに気づいたのか、

 エリオスは手を伸ばし、彼の肩を軽く叩いた。


「そう深く考えるなって」


「はい?」


「なんたって、勇者がいるんだからな」

 エリオスは、当然のことを言ったような顔を浮かべた。

「何か起きたら、俺が全部ぶっ飛ばして面倒ごとを片づければいいだろ?」


 第三王子は顔を上げ、エリオスを見つめた。

「……それは、いったい何という戦術だ?」


「勇者戦術だ」


「ひどく頼りない響きだな」


「でも、結構使えるんだぜ?」

 エリオスはそう言うと、

 まるで先ほどまでの重苦しい話など最初から存在しなかったかのようだ。

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