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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第42話 勇者、第三王子と裏切りを語る

 松明の明かりが、少しずつ近づいてくる。


 先頭を歩いていたのは、やはり第三王子だった。

 その後ろには十数名の騎士が続いている。


 どうやらエリオスがいつまで経っても戻らないことに気づき、直接、兵を連れて探しに来たらしい。


「勇者様、ご無事ですか?」


 エリオスは自分の身体を見下ろした。

「何か問題があるように見えます?」


「……」

 第三王子は一瞬、言葉に詰まった。


 エリオスは、さらに一言付け加える。

「やっぱり殿下は、俺の監視を命じられているんじゃないですか?」


「お前の安全を確認しに来ただけだ」


「それ、同じことじゃないですか?」


「違う」


 二人がそんなやり取りをしている間に、第三王子の視線がエリオスの背後へと向けられた。

 ヴィラは無意識に一歩後ずさり、その姿をほとんどエリオスの背中に隠してしまう。


 第三王子が、わずかに眉をひそめた。

「その女性は?」


 エリオスは振り返り、ヴィラを一瞥する。


「彼女ですか?」

 そして、迷うことなく答えた。

「俺の情報員です」


「情報員?」


「ええ」

 エリオスは頷いた。

「ちょうど今、帰るところだったんですよ」


 彼はヴィラへ視線を向け、短く目配せした。

 ヴィラはすぐに意図を察した。


「勇者様。

 それでは、これで失礼いたします」


 彼女はエリオスに向かって一礼する。

 だが、第三王子が口を挟んだ。


「待て」


 エリオスは、それよりも早く二人の間に立ちはだかった。


「はいはい。みんな、もう戻りましょう」

 そう言って、背後の騎士たちへ手を振る。

「見ていても面白いものはありませんよ」


「ですが――」


「ここ数年、ずっと魔境で活動していたんです。

 各地で情報を集めてくれる人間くらい、

 いてもおかしくないでしょう?」


 エリオスは、さも当然のことのように言った。

 騎士の一人が、ヴィラへ視線を向ける。


「しかし……彼女は一人で魔境から来たのですか?」


「だから情報員なんですよ」

 エリオスは、当然のように答えた。


「……」

 騎士は、どう反論すればいいのか分からない様子だった。


 エリオスは、再び彼らへ手を振る。

「ほら、何も問題がないなら、みんな戻りましょう」


 騎士たちは顔を見合わせた。


「……まあ、そうだな」

「勇者様は、確かによく外で活動しているしな」


 何人かの騎士は、その説明を受け入れた。

 勇者本人が問題ないと言っている以上、これ以上問い詰めるわけにもいかなかったのだろう。


 だが、第三王子はそう簡単には納得しなかった。

「紹介することはできないのか?」


「情報員というのは、秘密が多いほうがいいんですよ」


「……」

 第三王子は、すでに立ち去ろうとしているヴィラへ目を向けた。

「それに、女性なのか?」


 エリオスの眉が、ぴくりと跳ね上がる。

「殿下、そこが気になるんですか?」


「違う」

 第三王子は即座に否定した。

「ただ、少し妙だと思っただけだ」


「なるほど。殿下もそろそろ結婚適齢期ですからね。

 自由恋愛もいいですが、相手との身分があまりに違うと、

 いろいろと大変ですよ」

 エリオスは、真顔で頷いた。


「……いったい何を言っているんだ?」

 第三王子の声には、すでに少しばかりの疲れが滲んでいた。


「違うんですか? 

 それじゃ、戻りましょう」


 エリオスはそう言うと、さっさと歩き出した。

 第三王子は彼を一瞥し、最後にはため息をついて、その後を追った。




 野営地へ戻った後も、第三王子はすぐに自分の天幕へ戻ろうとはしなかった。

「さっきの女性だが」


「はい?」

 エリオスは足を止め、振り返る。


「魔族だろう」


 エリオスの足が、わずかに止まった。

 二人の間に、一瞬の沈黙が落ちる。


「殿下、どうして分かったんです?」


「僕には魔力が感じ取れる」

 第三王子の視線が、エリオスへ向けられる。

 その表情は、先ほど林の中で見せていたものよりも、ずっと真剣だった。

「彼女の魔力は、人間のものとは違っていた」


 エリオスは否定しなかった。

 ただ、逆に問い返す。


「それで、殿下はどうするつもりです?」


「僕が聞いているのは、お前の考えだ」

 第三王子の声が低くなる。

「彼女が魔族だと知りながら、

 軍営の近くを自由に出入りさせている」


 エリオスは第三王子を見つめた。

 そして、しばらくしてから口を開く。


「それで?」


 第三王子の眉がわずかに寄った。

「彼女に利用される可能性を考えたことはないのか?」


「ありますよ」


 第三王子が、一瞬目を見開いた。

「……あるのか?」


「俺が魔族側に立っているのなら、

 勇者という立場を利用して、

 いろいろなことができますからね」


 エリオスは顎に手を当て、本当に考え始めたような顔をする。


「例えば、今ここで殿下を捕まえるとか」


 第三王子の眉間に、さらに深い皺が刻まれた。

「……何をするつもりだ?」


「そのまま魔族に引き渡す」


「エリオス」


 第三王子の声に、警告の色が混じる。

 しかし、エリオスはまだ考え続けていた。


「あるいは、もっと手っ取り早く――」

 彼は周囲を見回した。

 近くに誰もいないことを確認するような仕草だった。

「ここで殿下を殺すとか」


 第三王子の表情が、完全に険しくなった。

 その顔を見たエリオスは、とうとう堪えきれずに笑い出す。


「これなら、さすがに裏切ったことになりますよね?」


「その後、何が起こるか分かっているのか?」

 今度は、第三王子の声が逆に落ち着きを取り戻していた。


「うーん……」

 エリオスは少し考える。

「勇者が魔族に買収されて、第三王子を殺害した」

 そして、真剣な顔で頷いた。

「たぶん、捕まえられて連れ戻されるんでしょうね」


「違う」

 第三王子は、エリオスを見つめた。

「お前が本当にそんなことをすれば、

 王国はお前をただの反逆者として扱うことはない」


 彼は一度言葉を切り、さらに真剣な口調で続けた。


「お前は勇者だ。

 王族を殺すということは、神託と聖剣に選ばれた自分の立場を、

 自ら否定することに等しい。

 教廷はお前を堕落した者として断罪し、王国はお前を追跡する。

 場合によっては、ほかの国々からも敵と見なされるだろう」


 話を聞き終えたエリオスは、しかし重苦しい表情を浮かべることもなかった。

 ただ、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「それは、かなり面倒ですね。

 じゃあ……やめておきましょう」


 第三王子はエリオスを見つめたまま、しばらく何も言えなかった。


 エリオスは腰に下げた聖剣へ目を落とす。

 そして、指先でそっと鞘に触れた。


「殿下」

「なんだ?」


「もし、勇者が本当に裏切ったら――」

 エリオスは顔を上げた。

「聖剣は、その勇者についていくんですか?」


 第三王子は一瞬、呆気に取られた。

 やがて、こめかみがぴくりと動く。


「聖剣の心配をしているのか? 

 それとも、裏切る方法を考えているのか?」


「もちろん聖剣の心配ですよ」

 エリオスは、さも当然のように答えた。


「王国も教廷も、聖剣のほうを重視しているんじゃないですか?」

 そう言って、腰の剣を軽く叩く。

「だって、聖剣を持っている者が勇者なんでしょう?」


 第三王子は、エリオスを見つめたまま、しばらく沈黙した。


「……エリオス」

「はい?」

「まったく反省していないな」


 エリオスは、そこでようやく気まずそうな顔をした。


「すみません」

 彼は手を上げ、軽く鼻の頭を掻く。

「殿下の話があまりにも大げさだったので、つい想像してしまっただけです」


 第三王子を見つめていた緊張した表情が、少しだけ和らいだ。


「……僕にも非がある」

「え?」


「お前を疑うべきではなかった」

 第三王子は視線をそらした。

「魔族と二人きりで会っているところを見れば、

 何も考えずにはいられなかったんだ」


 エリオスは、しばらく黙っていた。

 やがて、静かに頷く。


「分かっています」


 二人の間に漂っていた空気が、ようやく和らいだ。

 エリオスは再び腰の聖剣へ目を向け、それから無意識に耳元の耳飾へ触れた。


 夜の野営地は、相変わらず静かだった。


 ただ、その後二人が先ほどの「裏切り」という仮定について語ることは、もうなかった。

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