↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/43

第23話 勇者、王子たちと向き合う

 宴会場にいる全員の視線が、一斉に入口へ向けられた。


 三十歳ほどの男が、ゆっくりと大広間へ入ってくる。


 濃い青色の短髪。

 その瞳もまた国王と同じ深い青色で、落ち着きと鋭さを兼ね備えている。

 立ち居振る舞いには、王族として長年培われてきた威厳と余裕が自然と滲み出ていた。

 身にまとった濃紺の礼服には金色の王族紋章が幾つも刺繍され、肩から垂れたショールが背中で揺れている。

 その立ち居振る舞いには、微塵の隙もなかった。


 その隣には、淡い金色のドレスをまとった若い女性がいた。

 柔らかな金色の長髪は腰まで伸び、立ち振る舞いは優雅で気品に満ちている。

 その顔には、終始穏やかで上品な微笑みが浮かんでいた。


 二人が揃って宴会場へ入ると、周囲の貴族たちは一斉に頭を下げた。


 エリオスとソフィアも二人のもとへ歩み寄る。

 揃って軽く腰を折った。


「第一王子殿下」


 第一王子は穏やかに微笑んだ。

「勇者に聖女か。そう畏まらなくていい」


 その視線が、まずエリオスへ向けられる。


「先日は、もう少し君と話をしたかったのだがな。

 急に政務が入ってしまって、失礼した」


 エリオスは淡く微笑む。

「国事が優先です。

 殿下がお気になさることではありません」


 第一王子は頷いた。

「今夜の宴が終わったら、

 今後の戦局について少し君と直接話したいと思っている」


 それから、隣にいるソフィアへ視線を移す。

 その表情が、僅かに柔らかくなった。


「聖女も、近頃はご苦労だったな。

 父上も、祈祷や民への救済に尽力していると、

 よく褒めておられる」


 ソフィアは答えた。

「これも私の務めですから」


 第一王子は微笑む。

「君の力があれば、これからの王国はより安定するだろう」


 ただの称賛にも聞こえる言葉だった。

 だが、王宮事情に詳しい者なら、その言葉に含まれた意味を理解している。


 第一王子は以前から、聖女を側妃として迎えたいと望んでいる。

 ただ、ソフィアはこれまで一度もそれを受け入れていなかった。


 ソフィアは相変わらず穏やかな表情を崩さず、ただ軽く頷いただけで何も答えなかった。

 少しばかり気まずい空気が流れかけた、その時。


 第一王子妃がふとエリオスへ視線を向けた。

 その瞳には、嬉しそうな色が浮かんでいる。

「勇者様」


 エリオスも微笑んで応じた。

「王子妃殿下」


 彼女はドレスの裾を軽くつまみ、優雅に一礼する。

「以前から、直接お礼を申し上げたいと思っておりました。

 勇者様が遠征軍を率いて失地を奪還してくださらなければ、

 私の故郷は今も魔獣に脅かされていたことでしょう」


 エリオスは軽く首を横に振った。

「俺は自分の務めを果たしただけです。

 本当にあの土地を守ったのは、

 一緒に戦ったすべての兵士たちですよ」


 彼女の瞳に宿る敬意は、先ほどよりもさらに深くなっていた。

 その隣で、第一王子はただ静かにその光景を眺めていた。


 その笑顔には何の変化もない。

 ただ、深い青色の瞳からは、その本心を読み取ることができなかった。


 その時。

 再び宴会場の入口から、侍従の朗々とした声が響き渡った。


「第二王子殿下――入場!」


 第一王子の周囲に集まっていた視線が、再び大扉へと向けられる。


 第二王子は今年二十八歳。

 栗色がかった茶髪はきちんと整えられ、眉や目元には兄とよく似た面影がある。

 ただ、兄の穏やかで静かな雰囲気に比べると、こちらはより鋭い印象を与える。

 それでいて、口元には常にどこか含みのある笑みを浮かべていた。


 入口で立ち止まることもなく、周囲の貴族たちに軽く頷きながら、まっすぐ第一王子たちのもとへ歩いてくる。


「兄上」

「来たか」


 二人は互いに声を掛け合う。

 その口調は、普段と何一つ変わらない。


 第二王子の視線が、すぐにエリオスとソフィアへ向けられた。

「勇者、聖女。二人揃って会えるとは珍しいな」


 エリオスとソフィアは揃って一礼する。

「第二王子殿下」


 第二王子は笑った。


「そう畏まらなくていい。

 二人は義姉弟であり、共に戦場を駆けた戦友でもあるからな。

 こうして並んでいると、いろいろ昔のことを思い出すよ」


 ソフィアは礼儀正しく微笑むだけだった。

 だが、エリオスは隣に立つ第一王子の視線が僅かに動いたことに気づいた。


 やはり。

 第一王子はすぐに静かな声で口を挟んだ。


「弟よ。

 今、君の目の前にいるのは、

 エルウィン伯爵家の長女でも、勇者の義姉でもない。

 王国の聖女だ」


 第二王子は兄を一瞥した。

 それでも、その笑みは変わらない。


「これは失言だったな」


 それ以上この話題には触れず、今度はエリオスへ向き直った。

「それにしても、今夜は珍しいな。

 魔導塔の主と一緒に入ってきたそうじゃないか」


 エリオスは反射的に宴会場の反対側へ目を向ける。

 魔導塔の主は、数人の魔導士や貴族たちと話をしていた。

 彼女もまた、すでに多くの人に囲まれているようだ。


 エリオスは笑った。

「ちょっと先生に聞きたいことがあってな。

 それで一緒に来たんだ」


 第二王子は頷いた。

「先生は相変わらず元気か?」


「元気だよ」

 エリオスは苦笑する。

「さっきも俺を叱ってた」


 第二王子は思わず吹き出した。

「ははっ。

 あの方は、やはり何も変わっていないな」


 笑いが収まると、第二王子の表情も徐々に真剣なものへ変わっていった。

「だからこそ、魔導塔が進めている研究は、

 私はできる限り支援している」


 彼はエリオスを見つめ、ゆっくりと言葉を続ける。

「特に、古代転移陣だ。

 もし、いつかあれが数人を転移させるだけではなく、

 討伐軍を速やかに前線へ送り込めるようになれば。

 術式の発動に伴う魔力の消耗を抑え、

 君が毎回、移動だけのために体力と魔力を削らずに済むなら……

 それだけで、あの研究には十分な価値がある」


 周囲にいた数人の貴族たちが、互いに視線を交わした。

 しかし第二王子は気にすることなく続ける。


「勇者。私は今でも、魔王を倒すことこそが、

 この王国にとって最も重要なことだと考えている。

 君が一刻でも早く魔王城へ辿り着けるように。

 君が一分でも多く力と魔力を残せるように……

 魔導塔も、軍も、そして王国の財力も。

 私は惜しみなく支援するつもりだ」


 その口調は決して熱烈なものではない。

 だが、そこには揺るぎない決意があった。


「何しろ、勇者に王国最高の支援を与えずして、

 いったい誰にそれを与えるというのだ?」


 エリオスはしばらく第二王子を見つめ、それからいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「先生が殿下のその言葉を聞いたら、きっと喜ぶだろうな」


 第二王子は笑って頷いた。

「なら、私からの言葉だと伝えてくれ。

 あの研究が君の魔王討伐に役立つのであれば、

 魔導塔が研究を続ける理由について、

 私が困らせることはない」


 第一王子は静かに弟を見つめていた。

 しばらくして、ようやく淡い笑みを浮かべる。


「弟の言うことに異論はない。

 勇者には、王国が全力を挙げて支援するだけの価値がある」


 そしてエリオスへ視線を向ける。


「ただ、勇者が魔王討伐に専念できる環境を作るのは、

 魔導技術だけではない。安定した後方支援も必要だ。

 神殿、軍、貴族、そして民。

 どこか一つでも綻びが生じれば、

 最後にその代償を背負うのは勇者だ」


 第一王子は微笑んだ。


「だから君は、ただ剣を振るえばいい。

 王国のすべては、私が守ろう」


 エリオスは相変わらず笑みを浮かべていた。

 だが、その胸中は静かだった。


 こういう言葉なら、もう何度も聞いている。

 誰もが勇者に強くなってほしいと思っている。

 誰もが勇者に魔王を倒してほしいと思っている。


 なぜなら――勇者の存在する意味とは、そもそもそういうものなのだから。


 宴会場には、相変わらず穏やかな音楽が流れている。


 第一王子が代表するのは神殿。

 第二王子が手を組むのは魔導塔。

 二人は、それぞれ異なる道を選んでいる。


 それでも、目指す場所だけは同じだった。

 自分の手で勇者を導き、魔王討伐という終着点へ辿り着くこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。