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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第17話 勇者、鍛冶師に会う

 山の麓にある小さな村は、記憶の中と変わらず穏やかだった。


 家々の屋根からは細い煙がゆっくりと立ち上り、木造の家屋が山の斜面に沿って点在している。

 村の入り口では、何人かの老人が木陰に座り、竹籠を編んでいた。

 女たちは薬草を干しながら、他愛のない世間話に花を咲かせている。


 灰羽鷹が真っ先に空から急降下してきた。

 エリオスが村へ近づくより早く、目ざとい子供が声を上げる。


「わあ!」

「エリオス兄ちゃんだ!」

「ほんとだ!」


 数人の子供たちが手にしていた木剣を放り出し、笑いながら村の入り口へ駆けてくる。


 エリオスはそのうちの一人の頭を優しく撫でた。

「また背が伸びたな」


 少年はすぐさま胸を張った。

「毎日、剣の練習してるんだ!」


 隣にいた少女が、容赦なく横から口を挟む。

「昨日、お姉ちゃんに負けて泣いてたけどね」


「おい!」

 少年の顔が一瞬で真っ赤になる。


 周囲の大人たちから笑い声が上がった。

 その時、薬草を干していた老婆も顔を上げた。


「あらまあ、エリオス。

 ついこの間も帰ってきたばかりじゃないかい?」


 エリオスは笑って頷く。

「うん。今回はちょっと受け取るものがあってね」


 老婆の視線が灰羽鷹へ移る。

 そして、すぐに何かを察したような顔になった。


「ああ、なるほどね。

 この子がまた手紙を届けに行ってたのかい」


 傍らで木桶を修理していた中年の男も笑った。

「ははは。そういうことか。

 こいつが飛んでいくのを見たら、

 エリオスが帰ってくるってことだな」


 エリオスは灰羽鷹の羽を撫でる。

「郵便屋より頼りになるからね」


 灰羽鷹は得意げに頭を持ち上げ、一声鳴いた。

「ピィッ!」


 村人たちから、また笑い声が起こった。

 老婆は干し終えた薬草をまとめながら尋ねる。


「今回はどこへ冒険に行ってたんだい? 

 この前は西の森に大きな魔獣が出たって言ってたじゃないか」


 エリオスは笑った。

「最近はいろんなところを回ってるよ。

 北にも南にも行ったし」


 木桶を修理していた男が頷く。

「若いってのはいいなあ。

 だが、無理はするなよ。

 金を稼ぐのも大事だが、命のほうがもっと大事だからな」


 エリオスは笑って答える。

「分かってるよ」


 老婆が何かを思い出したように、ぽんと手を打った。


「そうだ。

 爺さんが何日か前に言ってたよ。

 お前さんに頼まれてた物が完成したって」


 老婆は灰羽鷹を見て、それからエリオスを見ると、楽しそうに笑った。


「それで今日来たってわけかい。

 まったく、ずいぶん早く来たもんだねえ」


 隣の男も笑いながら口を挟む。

「ははは。

 まさか、この鷹が飛び立ったあとを、

 お前が追いかけてきたんじゃないだろうな?」


 エリオスは後頭部を掻きながら笑った。

「ちょうど近くで依頼を受けてたんだ。

 知らせを受けたから、そのまま来た」


 彼は工房のある方角へ目を向け、口元を僅かに緩める。

「それに……俺も、完成するのをずっと楽しみにしてたから」


 老婆は笑って手を振った。

「だったら早く行っておいで。

 遅くなると、爺さんがまた文句を言い始めるよ」


「はは、分かった」

 エリオスは皆に手を振った。

「じゃあ、先に行ってくる。

 あとでまた話そう」


「おう!」

「エリオス兄ちゃん、またね!」

 子供たちが嬉しそうに手を振る。


 灰羽鷹も再び翼を広げ、空へ舞い上がった。

 村の上空を一周すると、そのまま村の奥へ向かって飛んでいく。


 エリオスも笑いながら、その後を追った。


 村の中央を通る小道を抜けると、ほどなくして金属を打ち鳴らす音が響いてくる工房が見えてきた。


 エリオスは工房の扉を開ける。


 カン、カン、カン。


 中には、いつもと変わらない金属音が響いていた。


 灰羽鷹は慣れた様子で翼を軽く羽ばたかせると、工房の梁へ飛んでいく。

 そして梁の上に止まり、頭を下げて羽繕いを始めた。


 入り口に背を向けて鉄を打っていた鍛冶職人の爺さんが振り返る。


「ん?」

 エリオスの姿を見た瞬間、目を丸くした。

「お前、王都にいるんじゃなかったのか?」


 そして梁の上にいる灰羽鷹を見る。

「俺はこいつを王都まで飛ばして、

 お前を呼びに行かせたはずなんだがな」


 エリオスは笑いながら鼻の頭を掻いた。

「ちょうど近くにいたんだ」


 爺さんはしばらく呆気に取られていたが、やがて納得したように豪快に笑い始めた。


「ははは! 

 どうやらお前さんのほうが、俺より完成を楽しみにしてたらしいな!」


「はは、ばれちゃったか」

 エリオスも否定しなかった。


 爺さんは笑いながら工房の隅へ向かい、木箱や工具が山積みになった棚を漁り始める。


「お前がこれを持ってきた時は、

 身につけられる飾りにしてくれ、

 としか言わなかったからな」

「何日も考えたんだぞ」

「指輪じゃもったいない」

「ブローチじゃ目立ちすぎる」

「首飾りは……」

 爺さんは振り返り、エリオスをちらりと見る。

「お前さん、もう一つ持ってるだろう?」


 そう言いながら、棚の奥から手のひらほどの木箱を取り出した。

「ほら。見てみな」


 エリオスは両手で木箱を受け取った。


 そして、一度深く息を吸う。

 ゆっくりと蓋を開いた。

 中には、一つの耳飾りが静かに収められていた。


 漆黒の角の先端が丁寧に磨かれ、元々の自然な紋様がそのまま残されている。

 光が当たると、僅かに深紅の輝きが浮かび上がった。

 簡素でありながら、どこか言葉では言い表せない気品を感じさせる。


 エリオスは慎重に耳飾りを手に取った。

 その瞳に、隠しきれない喜びが浮かぶ。


「……綺麗だ」


 爺さんは得意げに笑った。

「当然だ。

 だが、本当にすごいのは俺じゃない」


 爺さんは耳飾りを眺める。

「この素材、驚くほど硬くてな。

 しかも中にはまだ僅かに魔力が残ってる。

 本来なら宮廷魔導士に加工を頼むような代物だ。

 こんな小さな村の老いぼれに預けるなんて、

 宝の持ち腐れもいいところだぞ」


 エリオスは小さく笑った。

「だからこそ、

 他の人には頼めなかったんだ」


 耳飾りを掌に乗せる。

 そこには、微かに、そして懐かしい魔力が静かに流れていた。


 まるで――あの、いつも強がってばかりで素直になれない女の面影が、そこに残っているかのようだった。


 エリオスの口元に、自然と笑みが浮かぶ。

 爺さんはそんな彼の表情を見て、吹き出した。


「それを見てたら、一つ思い出したぞ」


 エリオスが顔を上げる。

「何?」


「お前さんが六歳くらいの頃だったか。

 キラキラした竜の鱗を抱えて、この村に駆け込んできたことがあっただろ。

 みんな腰を抜かすほど驚いたもんだ。

 古竜様が落とした鱗まで拾ってくるんだからな」


 エリオスは思わず笑った。

「たまたま運が良かっただけだよ。

 今もそう。冒険してると、たまにいいものを拾うんだ」


 爺さんは豪快に笑った。

「ははは! 

 いかにも冒険者らしい運だな。

 俺たちみたいな年寄りは、一生かかってもそんな幸運には巡り会えん」


 エリオスは笑いながら、耳飾りを左耳につけた。

 爺さんはしばらくじっくり眺め、満足そうに頷く。


「やっぱり耳飾りが一番似合うな。

 首飾りにしたら、あの竜の鱗と被っちまう」


 エリオスは左耳にそっと触れた。

 鏡に映った耳飾りは決して派手ではない。

 それでも、不思議なほど自分に馴染んでいた。


 彼は腰から数枚の金貨を取り出し、机の上へ置く。

「ありがとう」


 爺さんは金貨を見るなり、慌てて手を振った。

「多すぎる! 

 俺はちょっと加工しただけだぞ!」


 エリオスは首を振る。

「いいよ。

 今の俺には、それくらいの余裕はあるから」


 もう一度左耳の耳飾りに触れる。

 その笑顔は、先ほどよりもずっと自然だった。


「それに……本当に気に入ったから」


 爺さんはエリオスを眺め、楽しそうに笑いながら金貨を受け取った。

「そこまで言われちゃ、ありがたくもらっておくか」


 金貨を引き出しにしまいながら、何気なく尋ねる。

「今回はどれくらいいるんだ?」


 エリオスは少し考えた。

「明後日には出ないといけない」


 爺さんは頷いた。

「じゃあ、今から山へ登るんだな?」


 エリオスは微笑み、爺さんに手を振る。

 そして、工房を後にした。

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