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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第12話 勇者、獣人を救う

 獣人の集落の中央は、すでに大混乱に陥っていた。


 何頭もの狼型魔獣が木柵を蹴散らし、集落の中へ雪崩れ込んでいる。

 あちこちへ飛びかかり、牙を剥いて獣人たちを襲っていた。


 獣人戦士たちは次々と武器を手に取り、魔獣へ立ち向かう。

 人間のように整然とした陣形などない。

 獣人たちの戦いには、決まった型など存在しなかった。

 誰もが、本物の野獣そのものだった。


「うおおおおおっ!」

 一人の大柄な獣人が、両手で巨大な斧を振り回す。


 真正面から魔獣へ突っ込み――

 ズドン!

 重い斧が魔獣の身体を叩き飛ばし、巨体が地面を転がった。


 別の場所では、長槍を構えた獣人が勢いよく駆け込む。

 槍が魔獣の胸を貫く。


 それでも、獣人は勢いを止めなかった。

 そのまま二頭目へ体当たりするように突っ込んでいく。


 武器すら持たない獣人もいた。

 鋭い爪と拳こそが、彼らにとって最も扱い慣れた武器なのだ。

 雄叫びを上げながら魔獣へ飛びかかり、最も原始的で、最も直接的な方法で殴り合う。

 一撃一撃に、凄まじい力が込められていた。


 だが――

 今日の魔獣は、明らかに数が多い。


「まだ後ろから来るぞ!」

「子供たちを守れ!」


 広場の中央では、幼い獣人が数人、逃げ場を失っていた。

 そのうちの一人へ、狼型魔獣が飛びかかる。


 鋭い爪が振り下ろされる――

 その瞬間。

 白い影が一つ、空を駆け抜けた。


「俺にしっかり掴まれ!」


 エリオスが二人の子供をまとめて抱き上げる。

 同時に、淡い青緑色の魔力が彼の両足へ絡みついた。

 次の瞬間、エリオスの姿が一陣の風と化した。


 ドンッ!

 魔獣の爪が空を切った。


 すでにエリオスは、子供たちを抱えたまま別の場所へ移動していた。


「ほら、あっちへ逃げろ」


 二人の子供は頷くと、避難場所へ向かって走っていく。

 だが、エリオスが息をつく暇もない。


「助けてー!」

 別の場所から悲鳴が響く。


 エリオスは地面を蹴った。

 再び風が身体を押し出す。

 その姿が、幾つもの残像を残しながら集落を駆け抜けていく。


 誰かが襲われそうになれば、その一瞬前に白い影が現れる。


 子供を抱き上げる。

 老人を支える。

 負傷した獣人を、魔獣の爪から引き離す。


 そして、安全な場所まで運ぶ。


 その一方で――

 ヴェラは戦場の中央へ歩み出ていた。


 右手を伸ばす。

 掌に、氷のように青白い魔法陣が展開された。


「――氷刃」


 瞬間。

 数十本もの氷刃が空中へ現れる。


 ヴェラが指先を僅かに振る。


 ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!


 無数の氷刃が流星のように空を駆け抜ける。

 一つ一つが、獣人へ飛びかかろうとしていた魔獣へ正確に突き刺さった。


 肩を貫くもの。

 爪を断ち切るもの。

 地面へ突き刺さり、魔獣の進路を強引に変えるもの。


 ヴェラは、獣人たちの獲物を奪おうとはしなかった。

 あくまで――

 彼らが最も危険な一撃を受ける、その瞬間だけを潰している。


「助かった!」

 一人の獣人が豪快に笑い、巨大な斧を振り下ろす。


 ドォン!

 氷刃に進路を逸らされた魔獣が、次の瞬間には斧によって地面へ叩きつけられた。


 別の場所では、二人の獣人が背中合わせになって戦っていた。

 一人が盾で魔獣の突進を真正面から受け止める。

 その一瞬の隙を、もう一人が見逃さない。


「おおおっ!」


 拳が魔獣の顎へ叩き込まれた。

 鈍い音が響く。

 獣人たちは、傷を負っても怯まなかった。

 肩を爪で裂かれても、血を流しながら次の一撃を叩き込む。


 集落全体が、激しい戦場と化していた。


 エリオスは屋根の上へ飛び乗り、集落全体を素早く見渡す。


「左に二頭」

「後ろに子供が三人……」


 魔力が再び足元へ集まる。

 跳び出そうとした、その時。

 大きな影が、エリオスの横を駆け抜けた。

 獣人の族長だった。


 彼は大きく吠える。

「うおおおおおっ!」


 そして、両拳を地面へ叩きつけた。


 ズドォン!!


 大地が激しく揺れる。

 突っ込んできた数頭の魔獣が、衝撃で同時に足を取られた。


 その瞬間。


「今だ!」

 周囲の獣人たちが一斉に飛びかかる。

 数秒もしないうちに、残った魔獣はすべて地面へ倒れ伏した。


 最後の一頭が倒れる。

 静寂。


 残ったのは、荒い息遣いだけだった。

 だが、それも長くは続かなかった。


 獣人たちは互いの肩を叩き――

 豪快な笑い声を上げ始めた。


「ガハハハ! 今夜は肉だ!」

「早く運べ! せっかくの獲物が傷むぞ!」

「この一頭は俺が仕留めたんだからな!」


 何人もの獣人が、魔獣の死体を軽々と肩へ担ぐ。

 その一方では、もう火を起こし始めている者までいる。


 あれほどの戦闘があったというのに、集落はあっという間にいつもの賑やかさを取り戻していた。


 エリオスは、その光景を眺めて苦笑する。

「最近、ずっとこんな感じなのか?」


 獣人の族長が巨大な斧を地面へ突き立て、豪快に頷いた。


「ああ。

 最近、この辺りは魔獣がどんどん増えている。

 数日に一度は、こうして襲ってくるな」


 隣にいた獣人たちが、大笑いしながら口を挟む。


「まあ、悪いことばかりじゃない!」

「あいつらのほうから肉を持ってきてくれるんだ。わざわざ狩りに出る手間も省ける!」

「おかげで、肉だけは前よりたくさん食えるようになったぞ!」


 獣人の族長が二人の前まで歩いてくる。

「今日は本当に助かった。

 よければ、二人とも残って食事をしていかんか?」


 周囲の獣人たちも次々と声を上げる。


「そうだ!」

「一緒に飲もうぜ!」

「これだけ肉があれば、明日まで食い放題だ!」


 ヴェラは積み上げられた大量の魔獣の死体を見つめ、何かを考えている。

「……人間がかなりの土地を取り戻したから、魔獣が活動できる範囲も狭くなった。

 餌を探すのが難しくなって、集落を襲うようになったのかもしれないわね」


 獣人の族長が頷く。

「確かに、その可能性は高い。

 だが、我々獣人は元々狩りで生きてきた種族だ。

 向こうから肉を持ってきてくれるのなら、わざわざ断る理由もない」


 エリオスは、黙って魔獣の死体を見つめていた。

 しばらくして――

 ふと口を開く。


「長老。

 最近、食料が足りないって言ってたよな?」


 獣人の長老がエリオスを見る。

「ああ」


「でも……」

 エリオスは、先ほど狩り終えた大量の魔獣を指差した。

「魔獣が数日に一度のペースで襲ってくるなら、肉はむしろ前より増えてるはずだ。

 それなのに、どうして食料が足りなくなる?」


 獣人の長老は眉を寄せ、しばらく考え込んだ。


「……それが、老いぼれにも分からん。

 族人たちは、ずっと食料が足りないと言っている。

 皆、誰かが食料を盗んでいるのだろうと思っていた」


 エリオスは続けて尋ねる。


「じゃあ、毎日どれくらい獲物を獲ってきたのか、記録はしてる? 

 どれくらい肉を分けたのかも?」


 獣人の長老が目を瞬く。

「記録……?」


 そして、首を横に振った。

「いや。そんなものはない。

 誰が獲った獲物は、その者が自分の家へ持ち帰る、

 好きなように処理している」


 エリオスはさらに尋ねた。


「じゃあ、食べきれなかった肉は? 

 まとめて保存したりしないのか?」


 獣人の長老は、また首を横に振った。

「しない。それも各家庭に任せている」


 エリオスとヴェラは、無言で顔を見合わせた。

 二人とも何も言わない。


 だが――

 心の中には、同じ推測が浮かび始めていた。

 問題は、食料そのものが足りないことではない。


 ――そもそも。

 この獣人の集落に、今どれだけの食料があるのか。

 それを誰も把握していないのだ。

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