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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第11話 魔王、妥協案を出す

 ゴブリンの集落へ戻ると、先ほど逃げていったゴブリンたちが、すでに広場へ集まっていた。


 全員の視線が、自然とエリオスへ向いている。

 先ほど、彼にはゴブリンたちを討伐する機会があった。


 それなのに――エリオスは彼らを助け、人間たちを追い払った。

 そのせいか、ゴブリンたちの警戒心はかなり薄れていた。


 ゴブリンの族長が二人の前まで歩いてきて、深々と頭を下げる。

「勇者様……先ほどは、本当にありがとうございました」


 エリオスは笑って首を横に振った。

「俺はただ、これ以上ややこしくしたくなかっただけだよ」


 そして、先ほど飛び出していった若いゴブリンたちを見る。

「でも、次からはあんなに無茶するなよ」


 若いゴブリンたちは、揃って俯いた。

 エリオスはしゃがみ込み、彼らと目線を合わせる。


「さっきの二人の新人冒険者だけど――実力だけ見れば、君たちの方が上だったかもしれないな」


 その瞬間、ゴブリンたちの目が輝いた。


「ほら、やっぱり!」

「俺一人でも、あの剣を持った奴なら倒せた!」

「杖を持った女は俺に任せろ!」

「さっきは出遅れただけだ!」

 口々に言いながら胸を叩く。


 だが、エリオスは首を横に振った。

「でもな、勝てたとしても、手を出しちゃいけない」


 族長が尋ねる。

「なぜです?」


「もし、あの二人が帰ってこなかったら、冒険者ギルドは必ず理由を調べる。

 そうなれば、もっと多くの冒険者が来る。

 上位ランクの冒険者や、場合によっては王国の騎士まで、

 この森に入ってくるかもしれない」


 エリオスは周囲の木造家屋を見渡した。

 木の陰から、こちらを窺う小さなゴブリンたち。


「そうなったら――

 せっかく君たちが作ったこの集落は、もう隠しておけなくなる」


 ゴブリンたちの笑顔が消え、広場が静まり返った。

 ヴェラは黙って集落を見つめ、それから森の外へ視線を向けた。


「このまま人間を追い払い続ければ、

 向こうはもっと多くの人間を送り込んでくるわ」


 族長が顔を上げる。

「では……魔王様のお考えは?」


 ヴェラは少し考えてから言った。

「今日から、森の外れに新しいキノコ畑を作りなさい」


「新しいキノコ畑?」


「人間には、そこで採取させるの」


 ゴブリンたちがざわめく。


「人間に譲るのか?」

「でも、そこも俺たちの場所だ!」

「どうして俺たちのキノコ畑を人間に渡さなきゃならないんだ!」

 若いゴブリンたちの声が大きくなる。


 ヴェラは静かに彼らを見る。


「譲るんじゃないわ」

 彼女は森の外れを指差した。

「集落の近くにあるキノコ畑は、これまでどおりあなたたちが管理する。

 人間には外側でだけ採取させる。

 これ以上、森の奥へは入らせない」


「もし、言うことを聞かない奴がいたら?」


 ヴェラはそのゴブリンを見る。

「私に知らせなさい。 私が対処するわ」


 ゴブリンが固まる。

 人間を殺せとも、すべて追い払えとも言わない。

 ただ、境界線を示したのだ。


 族長はしばらく考え、ゆっくりと頷いた。

「……分かりました」


 エリオスは笑った。

「いい案だと思います。人間には採取する場所ができる。

 ゴブリンたちも、集落に人間が入り込む心配をしなくていい。

 少なくとも、キノコ数本のために争う必要はなくなるな」


 ヴェラが小さく鼻を鳴らす。

「私は魔王よ。この程度のこと、当然思いつくわ」


「うん」

 エリオスは少し間を置いた。

「どうやら本当に、ちょっとだけ魔王らしくなってきたな」


「……『ちょっとだけ』って、どういう意味?」


 ヴェラが睨みつける。

 エリオスは笑った。


 族長が二人へ頭を下げる。

「我々は、魔王様のお言葉に従います」


 その時、エリオスがふと口を開いた。

「ああ、そうだ。一つ聞きたい。

 最近、本当に獣人の集落から食料を盗んだりしてないんだな?」


 ゴブリンたちが顔を見合わせる。

 族長が首を横に振った。


「はい。我々は、あいつらの食料を盗んだことなど一度もありません」


「一度も?」


「ええ。むしろ最近は、獣人たちのほうが我々のキノコ畑へ来ています」


 エリオスは眉をひそめた。

「前に言っていた、キノコを持っていったり、畑を荒らしたりするやつか?」


「はい」

 族長は少しためらってから続ける。

「我々は……奴らが以前のことを仕返ししているのだと思っていました」


「仕返し?」


「はい。ですが、なぜそこまで我々を恨んでいるのかは……」

 族長はそこで言葉を止めた。


 エリオスとヴェラは顔を見合わせる。

 どうやら、話はそう簡単ではないらしい。


「それなら、なおさら話を聞きに行ったほうがいいな」


 エリオスは服についた埃を払う。

 ヴェラも頷いた。


「行きましょう」


 ゴブリンの集落を離れ、再び獣人の集落へ続く森の小道を歩く。


 しばらくして、エリオスが口を開いた。

「さっきの決断、結構よかったと思うぞ」


 ヴェラは振り返らない。

「……私を慰めているの?」


「違う。本当にそう思っただけだ」


 ヴェラは少し黙ってから言った。


「でも、結局はただの譲歩よ……

 本来ならゴブリンたちのものだったキノコ畑を、人間にも使わせる。

 ただ、今の私には人間をこの森から完全に締め出す力がないから」


 拳を握りしめる。


「もっと強くて、もっと魔王らしい魔王だったなら……

 こんなことをする必要すらなかったのかもしれない」


 エリオスはすぐには反論しなかった。

「そうかもな。

 でも、今日一つだけ確かなことがある」


「何?」

 ヴェラがわずかに目を見開く。


「あのゴブリンたちは、これからもあそこで暮らしていける」

 エリオスは前を見たまま続ける。

「君は人間を追い払うことも、ゴブリンたちを人間と戦わせることも選ばなかった。ただ、あいつらがここで暮らし続けられる方法を考えたんだ」


 ヴェラは目を伏せる。

「……それも、魔王のすることなの?」


「俺には分からない」

 エリオスはあっさり答えた。

「でも、もし俺がゴブリンだったら、

 自分たちの魔王には、そんな人でいてほしいと思うけどな」


 ヴェラは長い間黙っていた。

 やがて、口元をわずかに緩める。


「……たまには、まともなことを言うのも悪くないわね」


「たまに?」


「調子に乗らないで」


 エリオスは笑った。

 二人の足取りも、少し軽くなった。

 しかし、しばらく歩いたところで、エリオスが再び口を開く。


「でも、獣人たちのほうは、そう簡単にはいかないだろうな」


 ヴェラの笑みが消える。

「人間を避けたいだけではないから?」


「ああ」

 エリオスは頷いた。

「もし、本当に昔のことが原因で、

 わざとゴブリンのキノコ畑を荒らしているんだとしたら……」


 森の奥へ目を向ける。

「まず、あいつらが何に怒っているのかを知らないとな」


「同じやり方では、うまくいかないでしょうね」


「なら、別のやり方を探そう」


 その時――


「グルァァァ――ッ!」

 耳をつんざく咆哮が、森の奥から響き渡った。


 二人は同時に足を止める。


「魔獣だ!」

「子供たちを守れ!」

「集落に入ってきたぞ!」

 遠くから慌ただしい叫び声が聞こえてきた。


「獣人の集落!」

 エリオスが駆け出す。


「待って!」

 ヴェラもすぐに後を追った。


 二人が最後の木々を抜けると、巨大な狼型魔獣が集落の中央へ突っ込んでいた。


 数人の獣人戦士が武器を手に立ちはだかるが、圧倒的な力に押され、次々と後退している。


 その魔獣の後ろからは――

 一体。

 二体。

 さらに多くの禍々しい影が、森の奥から姿を現していた。


 獣人の集落は、一瞬にして混乱に包まれる。


 エリオスが足を止め、剣の柄を握った。

「……これは、面倒なことになったな」


 隣では、すでにヴェラが手を掲げている。

 その瞳からも、先ほどまでの穏やかな色が消えていた。

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