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勇者は魔王討伐より、魔国づくりで忙しい。  作者: 雪沢 凛


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第10話 勇者、魔族をかばう

 何人かのゴブリンが、転げるように森の中へ駆け込んでいく。

 あまりにも慌てていたせいで、一人が足をもつれさせ、そのまま前のめりに倒れた。


 地面を転がって一回転した。

 それでも、すぐに立ち上がり、何事もなかったかのように逃げていく。


 そして――

 あっという間に、ゴブリンたちは一人残らず森の奥へ消えていった。

 再び、森に静けさが戻る。


 エリオスは誰もいなくなった木々の向こうをしばらく眺めていた。

 やがて、わざとらしく残念そうに肩を落とす。


「……あーあ」

 両手を広げる。

「逃げられちゃったな」


 少年と少女は、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 どうやら、先ほどの騒ぎからまだ立ち直れていないらしい。


 エリオスは長剣を鞘へ戻し、困ったように笑った。

「あと少しで全員捕まえられたのにな。

 君たちが突然出てきたせいで、獲物に逃げられちゃったよ」


「す、すみません!」


 二人はほとんど同時に頭を下げた。

 何が起きたのか完全には理解できていない。

 それでも、とりあえず謝るべきだと思ったらしい。


 エリオスは手を振った。

「いいって。初めて魔境に来たんだろ?

 緊張するのも無理ないさ」


 そして、二人の装備を改めて見た。

「二人とも新人冒険者だろ?」


 少年がすぐに背筋を伸ばす。

「はい! 

 Fランクの見習い剣士です!」


 少女も慌てて杖を抱え直した。

「わ、私はFランクの見習い魔法使いです!」


 自己紹介を終えると、二人は今度は興味津々といった様子でエリオスを見る。

「じゃあ、お兄さんは?」


「俺?」

 エリオスが僅かに目を瞬く。


 一瞬だけ考える。

 ――勇者だなんて、もちろん言えるわけがない。

 ――冒険者ってことにするなら……。


「俺は魔法剣士」

 エリオスは、何食わぬ顔で続けた。

「Bランクの魔法剣士だ」


「Bランク!?」

 少年の目が一気に輝く。


 少女も尊敬の眼差しを向けた。

「す、すごい……」


 エリオスは乾いた笑いを漏らす。

「まあ、それなりにな」


 だが、次の瞬間。

 少年が不思議そうに首を傾げた。


「でも……Bランクの冒険者が、わざわざゴブリンを討伐しに来るんですか?」


「…………」

 エリオスの笑顔が僅かに固まった。

「えーっと……」


 軽く咳払いする。

「ゴホン」


 自分でも、ちょっと苦しい言い訳だと思った。

 すると、少女が突然目を輝かせた。


「あっ、分かった! 調査任務なんですね! 

 ついでに、この辺りのゴブリンを掃討するために、

 ここまで追ってきたんでしょう?」


 エリオスは即座に頷いた。

「そう、それそれ。

 最近、この辺りはあまり穏やかじゃないからな」


 何食わぬ顔で話を合わせる。

「それより、君たちだよ。

 Fランクで魔境まで入ってきて、危ないと思わなかったのか?」


 少年が気まずそうに頭を掻く。

「最近、ギルドから採集依頼が出てたんです」


 少女も頷いた。

「この辺りには、質のいいキノコがたくさん生えてるって聞いて。

 採って帰れば、結構な報酬になるんです。

 採集するだけなら、そんなに危険じゃないだろうって……」


 エリオスは周囲を見渡した。

 辺り一面に生えているキノコ。

 人間にとっては、ただの採集依頼の対象だ。


 だが――

 ゴブリンたちにとっては、集落の暮らしを支える大切な食料。


 エリオスが考え込んでいると――

 二人の表情が、突然変わった。

 視線が、エリオスの肩越しへ向けられる。

 顔から、一瞬で血の気が引いた。

 口を僅かに開いたまま、何も言えない。


「……どうした?」

 エリオスが不思議そうに尋ねる。


 少年が震える手で、背後を指差した。

「う、後ろ……」


 エリオスの胸に、嫌な予感が走る。

 ゆっくりと振り返る。


 そこには――

 腕を組んだヴェラが立っていた。

 少し離れた場所から、静かにこちらを見つめている。


 エリオスは思わず額を押さえた。

 少年は必死に声を絞り出す。


「ま……」

「魔……族……!」


 少女に至っては、驚きのあまり杖を落としそうになっていた。

 だが、エリオスは平然としている。


「魔境に魔族がいるんだぞ? 

 別に、普通じゃないか?」


 二人は呆然とエリオスを見つめた。

 むしろ、その反応のほうが信じられない。


 ――この人、なんでそんな当たり前みたいに言えるんだ?


 二人の顔に、そんな疑問がありありと浮かんでいた。

 ヴェラがゆっくりと歩いてくる。

 真紅の瞳が、二人を静かに見下ろした。


「この森は、あなたたちが入っていい場所じゃないわ」

 淡々と告げる。

「次に勝手に入り込んだら、今度は警告だけでは済まさない」


 二人は、ぽかんとヴェラを見つめていた。

 まるで、頭が完全に止まってしまったかのようだった。


 ――二秒。

 三秒。

 そして、ようやく我に返った。


「逃げろぉぉぉ――!」


 二人は同時に叫び、振り返る。

 そして全力で走り出した。

 あっという間に、森の奥へ消えていった。


 エリオスは、先ほどのゴブリンたちと同じような勢いで逃げていく二人の背中を見送り――

 思わず吹き出した。


「なんで反応まで同じなんだよ……」


 そして振り返る。

 呆れたようにヴェラを見る。


「だから、先に出てくるなって言っただろ?」


 ヴェラは腕を組んだまま、悪びれる様子もない。

「あなたたち、いつまで経っても話し終わらないんだもの。

 このままじゃ日が暮れるでしょう?」


「俺は情報を集めてたんだよ」

 エリオスが苦笑する。


「情報?」


「ああ」

 森の向こうへ目を向ける。

「どうやら、近くにできた開拓村で、もう採集依頼が出始めてるらしい。

 戻ったら、近くの冒険者ギルドに掛け合わないとな。

 少なくとも、この辺りを採集依頼の対象外にしてもらわないと」


 エリオスは、周囲に広がるキノコ畑を見渡した。

「このままじゃ、人間とゴブリンが何度も衝突することになる」


 ヴェラは、エリオスの横顔を見る。

「……そこまで面倒を見るの?」


 エリオスは笑った。

「せっかく目の前で起きたことだ。

 放っておくわけにもいかないだろ」


 その時だった。

 近くの茂みが、かすかに揺れた。


 ひょこ。

 一つの目が覗く。

 そして、もう一つ。


 しばらくすると、先ほど逃げていったゴブリンたちが、木の陰からそっと顔を出した。

 恐る恐る二人の様子を窺っている。


 やがて、人間の二人が本当に立ち去ったことを確認すると――

 ようやく、ほっとしたように息を吐いた。


 エリオスもヴェラも、あえて彼らには声をかけなかった。

 どうせ今は、しばらく近づいてこないだろう。


 そんな時。

 ヴェラがふと思い出したように、エリオスを見る。


「そういえば。

 あなた、本当にBランク冒険者なの?」


 エリオスは、ただ笑った。

 答えない。


 ヴェラは勝手に考え始める。

「人間の冒険者って、確か最高ランクがSランクだったわよね」


 改めてエリオスを見る。

「それなのに、勇者であるあなたがBランク……

 人間の基準って、随分と厳しいのね」


 エリオスは思わず笑った。

「なんだよ? 

 Bランクの俺と互角だったのが、そんなに悔しいのか?」


「違うわよ」

 ヴェラは即座に否定した。

「それに、あれを互角とは言わないわ」

 ふん、と鼻を鳴らす。

「毎回、私は手加減しているもの」


 エリオスは反論しなかった。

 ただ、肩をすくめて笑う。


「はいはい。そういうことにしておくよ」


 そして、再びゴブリンの集落がある方向へ目を向ける。

「でも、少なくとも一つ分かったな。

 キノコを盗んだ件、俺たちが思っていたよりずっと複雑みたいだ」


 そう言って、木の陰からこちらを覗いているゴブリンたちへ手を振った。

「行こう。

 一度、ゴブリンたちの集落へ戻ろう。

 そろそろ、全部整理して話を聞いたほうがよさそうだ」

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