第56話 緑色の襲撃者
古びたワゴン車は、ホームセンターの駐車場へ入ったところで止まった。
運転席から降りた五十代ほどの男は、両手を肩の高さまで上げたまま動こうとしない。
その背後では、車から降りた人々が不安そうにこちらを見ていた。
疲れ切った女性。
足を引きずる青年。
幼い女の子を抱いた母親。
制服姿の高校生が二人。
全員の服が泥で汚れ、ところどころに血の跡も付いている。
「一晩だけでもいいんです!」
男がもう一度叫んだ。
「家には戻れません。ここへ来れば、人がいると聞きました!」
佐伯は入口を塞いでいる棚の前に立ち、すぐには通路を開けなかった。
その隣には誠。
少し後ろで、悠真、英樹、田島、彩乃が武器を持って警戒している。
助けを求めている。
だからといって、無条件に中へ入れるわけにはいかない。
つい先ほど作ったばかりの規則が、早くも試されていた。
「まず、代表の方だけ前へ来てください」
誠が呼び掛ける。
「ほかの方は車の近くで待っていてください」
「分かりました」
男は両手を上げたまま、ゆっくり歩いてくる。
入口の障害物から数メートル離れた場所で、誠が止まるよう指示した。
「名前をお願いします」
「大森隆志、五十二歳です」
「皆さんはご家族ですか?」
「妻はいます。でも、ほかの人は違います」
大森は背後を振り返った。
「逃げる途中で合流しました。あの母子と高校生二人は、近くの集合住宅にいた人たちです。足を怪我してる若い男は、道路で倒れているのを見つけました」
「どこから来たんですか?」
「南町の外れです」
その地名に、悠真は眉を寄せた。
ホームセンターから南へ二キロほど。
小学校を挟んだ反対側にある住宅地だ。
歩けない距離ではない。
「家が襲われたと言いましたね」
誠が尋ねる。
「何に襲われたんですか?」
大森の顔から血の気が引いた。
すぐには答えず、何度か口を開いては閉じる。
「犬や猪ではありません」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「人間みたいな奴です」
周囲の空気が変わる。
佐伯と英樹が顔を見合わせる。
「人間みたい、というのは?」
「背は子供くらいでした」
大森は自分の胸よりも少し下へ手を出した。
「緑色っぽい皮膚で、頭が大きくて、耳が横に尖っていた。服らしいものは着てましたが、ぼろ布みたいなもので……」
高橋が口にした未確認の人型生物。
悠真の脳裏に、その言葉が浮かぶ。
「何匹いましたか?」
「最初に見たのは五匹です。でも、ほかにもいたと思います」
「武器は?」
英樹が尋ねる。
「棒と、石を付けた槍です。一匹は弓みたいなものも持っていました」
単なる変異動物ではない。
道具を作り、武器として使用する存在。
悠真たちの間に緊張が広がった。
「人を襲ったんですか?」
彩乃の声が低くなる。
「襲いました」
大森は唇を噛んだ。
「家の扉を叩いて、人が出てくるのを待っていたんです」
「扉を?」
「助けを求めるみたいな音を出していました」
「人の声を真似したのか?」
誠の問いに、大森は首を横へ振る。
「言葉には聞こえませんでした。でも、わざと音を出して中の人間を誘っていたんだと思います」
姿が見えない。
外から扉を叩く音だけが聞こえる。
状況を確認しようと人間が顔を出した瞬間に襲う。
それが事実なら、今までの魔獣とは脅威の性質が違う。
「私たちは二階から見ていました」
車の近くにいた高校生の一人が、耐え切れなくなったように声を上げた。
男子生徒だった。
「向かいの家のおじさんが出てきて……」
「颯太」
隣にいる女子生徒が、袖をつかむ。
少年は青ざめたまま続けた。
「あいつら、最初から物陰に隠れてたんです」
「一匹が扉を叩いて、ほかは塀の後ろにいました」
「おじさんが出てきたら、一斉に襲い掛かって……」
少年の喉が詰まる。
その先を、誰も無理に言わせなかった。
「お父さんとお母さんは?」
恵が障害物の内側から尋ねる。
高校生二人は答えなかった。
女子生徒が俯き、男子生徒は拳を強く握っている。
大森が代わりに答えた。
「二人は兄妹です。両親とは、昨日から連絡が取れていません」
通信が途絶えている。
無事なのか、襲われたのかさえ分からない。
「車で逃げる時、あの子たちと母子を見つけて乗せました」
「青年はどうしたんですか?」
「一人で戦っていました」
大森の視線が、足を引きずる若い男へ向かう。
「鉄パイプを持って、あの化け物を一匹倒していました。でも、脚を槍で刺されていた」
「いつですか?」
「昨日の夕方です」
「昨日から治療していないんですか?」
美咲が驚いて尋ねる。
「水で洗って、布を巻いただけです。病院へ向かったんですが、道路が塞がれていて……」
足を引きずっていた青年は、車へ手を付いたまま立っている。
顔色が悪い。
額には汗が浮かび、呼吸も浅かった。
「熱があるんじゃないですか?」
恵が言う。
「あると思います」
大森の妻が答えた。
「昨夜から、だんだん悪くなってます」
魔獣や人型生物との接触。
発熱。
出血を伴う傷。
今すぐ生活区画へ入れることはできない。
だが、治療を先延ばしにすれば、青年の命に関わる。
「隔離区画を使いましょう」
誠が佐伯へ言った。
「ただし、その前に武器と荷物を確認します」
「助けてもらえるんですか?」
大森の表情に、わずかな希望が浮かぶ。
「まだ受け入れを決めたわけではありません」
誠は正直に答えた。
「ですが、怪我人を放置するつもりもありません」
佐伯も頷く。
「まず、車から一人ずつ降りてもらう」
「持っている武器は、全部見える場所へ出してください。勝手に触ったりはしないが、中へ持ち込む前に確認する」
「分かりました」
大森はすぐに従った。
ワゴン車の横へ、持っていた物が並べられていく。
工具箱。
金属バット。
包丁が二本。
折り畳み式の鋸。
短い鉄パイプ。
食料は、米が十キロほど。
缶詰が八個。
ペットボトルの水が数本。
幼児用の菓子。
毛布。
着替え。
量は多くない。
それでも、何も持たずに助けを求めてきたわけではなかった。
「これは全部、共有に出します」
大森が言った。
「だから、入れてください」
「今すぐ全部渡す必要はありません」
誠は答える。
「個人で使う物と、共有できる物を分けて記録します」
「でも……」
「物資を渡したから入れる、持っていないから追い返すという決め方にはしたくありません」
その言葉を聞き、大森は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
悠真は、青年へ視線を向けた。
二十代半ばほど。
右脚に巻かれた布は、血と膿で汚れている。
近づかなくても、嫌な臭いが漂っていた。
悠真は周囲に悟られないよう、静かに《鑑定》を使う。
――小野寺陸。
――二十五歳。
――右大腿部刺創。
――傷口汚染。
――細菌感染進行中。
――異界生物由来の体液付着。
――魔素侵入率、二パーセント未満。
――現時点で能力発現なし。
――高熱、脱水症状。
――放置した場合、重篤化の可能性大。
魔素が入り込んでいる。
だが、恒一のような急激な変化は起きていない。
魔素よりも、傷口の感染と高熱の方が目前の危険だった。
「母さんを呼んだ方がいい」
悠真が言う。
「傷の状態がかなり悪そうです」
「見ただけで分かるのか?」
佐伯が尋ねる。
「布が膿で変色してます。それに、汗の量もおかしい」
外見から判断できる理由を並べる。
「病院か小学校の医療班へ運ぶまで、応急処置が必要です」
「彩乃」
誠が娘を呼ぶ。
「家へ戻って、母さんを呼んできてくれ」
「分かった」
「一人では行くな」
英樹がすぐに止める。
「俺が一緒に行く」
「でも、ここの防衛は?」
「田島さんと佐伯さんがいる。今は怪我人が先だ」
英樹と彩乃が、必要最低限の武器を持って藤堂家へ向かう。
その間に、隔離区画の準備が進められた。
資材館の一角。
店内とは金属製の扉で分かれており、外から直接入ることもできる。
床へブルーシートを敷き、寝具を置く。
使い捨て手袋とマスク。
飲料水。
簡易トイレ。
美咲と恵は、青年に直接触れないよう注意しながら必要な物を運んだ。
「青年以外の人たちも、最初はここで待ってもらいます」
誠が説明する。
「体調と魔獣との接触歴を確認してから、生活区画へ移動します」
「分かりました」
大森は文句を言わなかった。
妻も、母親も、高校生たちも、不安そうではあるが指示に従っている。
逃げてきた者を犯罪者のように扱いたくはない。
だが、今の世界では、誰が何を持ち込むか分からない。
病気。
魔素。
武器。
そして悪意。
受け入れる側にも、守るべき人々がいる。
◇
最後に荷物を確認していた時だった。
悠真は、制服姿の男子高校生が持っている紺色のリュックへ目を向けた。
少年は先ほど、自分の名を木村颯太と名乗っていた。
妹は木村莉奈。
両親と離れ離れになり、大森たちと逃げてきた。
リュックの中には着替えと教科書。
菓子。
携帯電話。
特に危険な物はないように見える。
しかし、《鑑定》を向けた瞬間。
――異界製石刃。
――製作者、ゴブリン族。
――材質、黒曜石に類似する異界鉱物。
――刃部に人間およびゴブリンの血液付着。
――魔素付着量、中。
――取り扱い注意。
悠真は少年を見る。
「バッグの中に、血の付いた物が入ってない?」
颯太の肩が大きく跳ねた。
「な、何で……」
全員の視線が少年へ集まる。
妹の莉奈も驚いた顔で兄を見上げた。
「お兄ちゃん?」
「何も入ってません」
颯太はリュックを胸へ抱えた。
明らかに何かを隠している。
「颯太君」
誠が穏やかに呼び掛ける。
「怒るために聞いているわけではない」
「危険な物なら、皆が知らずに触る方がまずいんだ」
「でも、取られる」
少年は絞り出すように言った。
「俺が拾ったんです」
「俺の物です」
「何を拾ったの?」
美咲が尋ねる。
颯太は答えない。
リュックを握る手に、さらに力が入る。
「そのバッグ、さっきから生臭い匂いがする」
悠真は不自然にならないように続けた。
「血が付いてるなら、傷口の近くへ置かない方がいい」
実際、近づけば僅かな血の臭いは感じられた。
ただ、それだけで中身が刃物だと見抜くのは難しい。
美咲が、黙って悠真の横顔を見ている。
「見せてもらえませんか」
佐伯が言った。
「無理に取り上げるつもりはない。ただ、何かを確認しないまま中へは入れられない」
颯太はしばらく俯いていた。
やがて諦めたようにリュックを床へ置く。
ファスナーを開き、タオルで包まれた物を取り出した。
「触らないで!」
悠真が思わず声を上げる。
颯太の手が止まる。
「タオルごと、その箱へ置いて」
店にあったプラスチック製の収納箱を指さす。
少年は戸惑いながらも従った。
佐伯が長い工具を使い、タオルをめくる。
中から現れたのは、石で作られた短い刃だった。
刃渡りは二十センチほど。
木の枝を削った柄へ、黒い石が蔓で強引に固定されている。
刃と柄には乾いた血がこびりついていた。
「これを、どこで?」
誠が尋ねる。
「あいつらが落としたんです」
颯太は小さく答える。
「小野寺さんが一匹倒した時に」
「なぜ持ってきた?」
「証拠になると思ったから」
少年は悔しそうに唇を噛む。
「誰も信じないと思ったんです」
「緑色の小人に襲われたなんて言っても、頭がおかしくなったと思われるかもしれない」
通信障害が始まってから、巨大な鳥や犬のような魔獣は目撃されている。
それでも、人間のような生物が武器を持って襲ってきたと言えば、簡単には信じてもらえないと考えたのだろう。
「それに」
颯太は石刃を見つめる。
「武器になると思った」
「また襲われた時に、妹を守れるかもしれないって」
莉奈が兄の袖をつかむ。
「お兄ちゃん……」
颯太は悪意があって隠していたわけではない。
自分と妹を守るため。
そして、体験したことが嘘ではないと証明するために持っていた。
「気持ちは分かる」
誠が言った。
「ただ、血の付いた物を素手で持ち歩くのは危険だ」
「すみません」
「自衛隊へ渡そう」
佐伯が収納箱の蓋を閉める。
「人型生物が使っていた武器なら、あの人たちも調べたがる」
「でも」
颯太は不安そうな顔をした。
「勝手に捨てたりはしない」
誠が答える。
「君が見つけた物だと伝える。必要なら、君自身にも話を聞くだろう」
「……分かりました」
少年はようやく頷いた。
悠真は収納箱へ視線を向けた。
ゴブリン族。
《鑑定》には、はっきりとそう表示されている。
ゲームや小説に登場する怪物。
だが、現実に現れたゴブリンは、誰かが作った物語の中の存在ではない。
人を誘い出し。
待ち伏せし。
槍や弓を使い。
集団で襲う。
魔犬以上に厄介な敵だった。
◇
しばらくして、真由美が英樹と彩乃に連れられて到着した。
玄関先で状況を聞くと、すぐに使い捨てマスクと手袋を着ける。
「怪我人以外は近づかないでください」
隔離区画へ入り、小野寺の傷を確認する。
布を剥がした瞬間、真由美の表情が険しくなった。
「傷が深い」
槍は太腿の外側から斜めに刺さったらしい。
幸い、大きな血管は外れている。
しかし、傷口の周囲は赤く腫れ、黄色い膿が滲んでいた。
「刺された時、槍は抜けましたか?」
「自分で抜きました」
小野寺が苦しそうに答える。
「先端が中に残っている可能性は?」
「分かりません」
「病院で画像を撮る必要があります」
真由美は持参した救急用品を広げる。
「ここでできるのは洗浄と保護だけです。抗生物質も必要になるかもしれません」
「小学校へ運びますか?」
誠が尋ねる。
「ええ。歩かせない方がいい」
真由美は傷口へ大量の洗浄水を使い、付着した汚れを流していく。
「痛みますよ」
「大丈夫です」
「我慢し過ぎないでください」
小野寺は歯を食いしばった。
洗浄されるたび、額から大粒の汗が流れる。
悠真は《鑑定》を使いながら、その状態を見守った。
細菌感染。
発熱。
脱水。
魔素侵入。
洗浄によって表面の汚染は減っている。
だが、体内へ入ったものまでは取り除けない。
「赤い布を出しましょう」
誠が決めた。
「巡回がいつ来るか分かりません」
「大森さんの車で小学校まで運んだ方が早いかもしれない」
英樹が言う。
「車は動きます」
大森が即答した。
「燃料も半分くらい残っています」
「なら、真由美さんに付き添ってもらおう」
小野寺を毛布の上へ寝かせ、田島と英樹が慎重に車へ運ぶ。
大森が運転席へ乗り、真由美も医療用品を持って同乗した。
「俺も行きます」
颯太が言った。
「武器のことも説明します」
佐伯は収納箱を車へ積んだ。
「素手で触るなよ」
「はい」
「妹さんは、ここで預かります」
恵が莉奈の肩へ手を置く。
「心配しなくても大丈夫。お兄さんは戻ってくるから」
颯太は妹を見つめ、迷った末に頷いた。
「すぐ戻る」
「うん」
ワゴン車はゆっくり駐車場を出て、小学校へ向かった。
残された人々は、車が見えなくなるまで黙って見送った。
◇
青年を送り出した後。
大森たちへの聞き取りが続けられた。
体調。
怪我。
魔獣との接触。
持ち物。
そして、それぞれに何ができるのか。
大森は、住宅設備を扱う電気工事士だった。
妻の和子は、学校給食の調理補助をしている。
幼い女の子を抱いていた女性は篠原奈緒。
娘の杏は五歳。
奈緒は介護施設で働いていたという。
高校生の木村颯太と莉奈は、まだ両親の消息が分かっていない。
「今すぐ、正式に住めると約束はできません」
誠が全員へ伝える。
「ですが、少なくとも今夜、外へ追い出すことはしません」
大森の妻が涙を浮かべる。
「ありがとうございます」
「最初の数日は、隔離区画を使ってください」
「食事や水は、こちらで決めた量を渡します。持ってきた物資をすべて出す必要はありませんが、共有できる量は後で相談させてください」
「分かりました」
「それから、ここでは見張りや掃除などを分担しています」
「できることをお願いします」
「もちろんです」
大森は深く頭を下げた。
「電気関係なら見られます。配線も、発電機も、蓄電池も」
佐伯と田島が同時に顔を上げる。
「発電機を直した人もいる」
佐伯が田島を指す。
「二人で見てもらえれば、使える設備が増えるかもしれない」
「太陽光発電の商品も残ってますか?」
「家庭用の小型パネルならある」
「充電制御装置とバッテリーが使えれば、燃料を減らせます」
大森の表情に、初めて仕事をする人間の力強さが戻った。
「確認させてください」
「頼む」
妻の和子も言う。
「大人数の調理なら手伝えます」
「給食ほどの設備はありませんけど、衛生管理も一通り習っています」
「助かります」
恵が笑顔を見せる。
「由紀さんにも紹介しますね」
介護職の奈緒は、老人の世話や生活支援を手伝える。
高校生たちも、体力仕事や掃除、見張りの補助ならできる。
避難者が増えれば、消費する食料や水も増える。
その一方で、新しい知識と技術も持ち込まれる。
人が増えることは負担であり、同時に力でもあった。
◇
聞き取りを終えた悠真は、一人で駐車場の端へ立った。
大森から借りた紙の地図を広げる。
人型生物に襲われた場所には、赤い丸が付けられていた。
ホームセンターから南へ約二キロ。
藤堂家からも、それほど離れていない。
大森たちは五匹を見た。
だが、物陰から鳴き声が聞こえ、ほかにも気配があったという。
一匹は小野寺が倒した。
残る個体は逃げた。
どこへ行ったのかは分からない。
「近いね」
美咲が隣へ来た。
「ああ」
「家にも来るかな」
「可能性はある」
安心させるための嘘を言うことはできなかった。
「人間が住んでいる場所を狙ってるなら、ここにも来るかもしれない」
「魔犬より怖い?」
「分からない」
悠真は正直に答える。
「一匹なら、魔犬より弱いかもしれない。でも、武器を使うし、待ち伏せもする」
「扉を叩いて、人を誘い出すんだよね」
「うん」
人間の行動を予測して利用する。
知能が高いのか。
それとも、獲物を捕らえる本能として覚えた行動なのか。
どちらにしても、危険であることに変わりはない。
「悠真」
美咲が小さく呼ぶ。
「さっき、どうしてバッグの中に血の付いた物があるって分かったの?」
悠真の指が止まった。
予想していた質問だった。
石刃を見つけた時。
美咲は、すぐ近くにいた。
「匂いがしたから」
「最初から?」
「うん」
「刃物だってことも?」
「刃物だとは言ってないよ」
「でも、触る前に止めた」
美咲の視線は真っ直ぐだった。
責めているわけではない。
ただ、悠真が何かを隠していると感じている。
「危険だと思っただけだよ」
悠真は答えた。
嘘ではない。
だが、すべてを話してもいない。
美咲はしばらく黙っていた。
「そっか」
それ以上は追及しなかった。
ただ、少しだけ寂しそうに見えた。
守ることと、信じないことは違う。
父の言葉が胸の奥に刺さる。
美咲へ話すべきなのかもしれない。
恋人になったばかりだから、すべてを明かさなければならないとは思わない。
しかし、彼女はもう何度も、悠真の不自然な判断を近くで見ている。
このまま隠し続ければ。
守るための秘密が、二人の間に壁を作るかもしれない。
「美咲」
悠真が呼び止める。
「何?」
「今夜、家に戻ったら話したいことがある」
美咲の目がわずかに見開かれる。
「ここでは話せないこと?」
「うん」
「大事な話?」
「大事な話だ」
悠真は頷いた。
「今まで黙ってて、ごめん」
美咲は少しだけ考えた後、柔らかく笑った。
「分かった。待ってる」
その笑顔を見て、悠真は決めた。
《鑑定》のことを話す。
すべてを知ってもらった上で、これからも隣にいてほしいと伝える。
駐車場の向こうでは、避難してきた人々が隔離区画へ荷物を運んでいる。
誰を信じるのか。
どこまで話すのか。
共同拠点だけではない。
悠真自身も、同じ選択を迫られていた。
その時。
店の正面へ掲げられた赤い布が、風に大きく揺れた。
南側の住宅地から。
武器を使う緑色の人型生物が現れた。
人々を待ち伏せし。
家の扉を叩き。
集団で襲い掛かる存在。
魔獣だけを警戒していればよかった時代は、すでに終わり始めていた。
そして、その脅威は。
悠真たちが暮らす場所のすぐ近くまで迫っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。
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