表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第四章 地域共同拠点編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/69

第52話 店長の決断

お待たせいたしました!

更新再開していきます。




 悠真と美咲の交際報告によって、朝から藤堂家の居間は久しぶりの笑いに包まれていた。


 恒一へ飛び火した話題は、本人がいくら否定しても収まらない。


「今はそんなことを考えてる場合じゃないだろ」


 左腕を吊った恒一が困ったように言うと、由紀は呆れた顔で息を吐いた。


「そうやって、昔から空手を理由に逃げてきたんでしょう?」


「逃げてるわけじゃない」


「じゃあ、今まで一人もいなかったの?」


「……。」


 答えに詰まった恒一を見て、彩乃が声を上げて笑う。


「恒一先輩、蓮司と戦ってた時より追い込まれてる」


「彩乃ちゃんまで勘弁してくれ」


 そんなやり取りを眺めながら、三浦恵も口元を押さえて笑っていた。


 黒牙に追われ、魔犬に襲われ、命からがら藤堂家へ辿り着いた時には、こうして笑える日が来るとは思っていなかった。


 隣では翔太が、悠真と美咲を交互に見ている。


「じゃあ、悠真兄ちゃんと美咲お姉ちゃんは、結婚するの?」


「ぶっ……!」


 今度は悠真がむせた。


「翔太、いきなりそこまで話を進めないの」


 恵が慌てて息子を止める。


「だって、付き合ったら結婚するんじゃないの?」


「そうなる人もいるけど、すぐじゃないから」


「ふうん」


 納得したのかしていないのか分からない顔で、翔太は二人を見つめる。


 美咲は耳まで赤くしながらも、少しだけ嬉しそうに笑っていた。


 悠真も照れくささを隠すために白湯へ手を伸ばす。


 世界が壊れ始めてから、こんなにも穏やかな朝は初めてだった。


 しかし、その時間は玄関を叩く音によって途切れた。


 コン、コン、コン。


 大きくはない。


 だが、はっきりとこちらへ存在を知らせる叩き方だった。


 居間の空気が一瞬で変わる。


 自衛隊が地域の巡回を始めたとはいえ、外への警戒を解くことはできない。


 悠真は壁へ立て掛けていた金属バットへ手を伸ばす。恒一も椅子から立とうとしたが、真由美に肩を押さえられた。


「あなたは座っていてください」


「でも」


「座っていてください」


 二度目は有無を言わせない声だった。


 誠が玄関へ向かい、英樹がその少し後ろへ続く。


「どちら様ですか」


「佐伯だ。悠真はいるか?」


 聞き覚えのある声に、悠真はすぐ立ち上がった。


「佐伯さん?」


 扉を開けると、ホームセンターの店長である佐伯隆が立っていた。


 以前よりも疲れた顔をしている。


 作業着には埃が付き、無精髭も伸びていた。背負ったリュックは大きく膨らみ、片手には書類の入った透明なケースを持っている。


「生きてたか、悠真」


「佐伯さんも」


 悠真は思わず笑った。


「よかった……本当に」


「そりゃ、こっちの台詞だ」


 佐伯は悠真の肩を軽く叩く。


 その視線が、背後にいる美咲や彩乃、傷だらけの恒一たちへ向いた。


「色々あったみたいだな」


「はい」


「話は聞いてる。廃工場の熊も、黒牙のこともな」


 自衛隊が小学校を拠点にしたことで、周辺住民の間にも少しずつ情報が伝わり始めていた。


 もちろん、すべてが公表されているわけではない。


 それでも、巨大な熊が廃工場を破壊し、自衛隊が重火器を使って討伐したことは隠しようがなかった。


「中へどうぞ」


 誠が佐伯を招き入れる。


「悪いな。少し長い話になる」



 佐伯は居間へ通されると、出された白湯へ一度だけ口を付けた。


 普段の彼なら、店の状況や在庫についてすぐに話し始めただろう。


 だが、その日は透明な書類ケースを膝に置いたまま、しばらく何も言わなかった。


「ホームセンターで何かあったんですか?」


 悠真が尋ねる。


「あったというか、終わった」


 佐伯は乾いた笑みを浮かべた。


「昨日、本部から最後の連絡が入った」


「最後の?」


「ああ」


 ケースから数枚の紙を取り出す。


 停電と通信障害が続く中、ファクスと短い衛星回線を使って送られてきたものらしい。一部の文字は掠れ、何度も印刷し直した跡があった。


「全国の店舗へ、事業継続は困難だと正式に通知が出た。物流センターは止まり、取引先とも連絡がつかない。従業員の安全も確保できない」


「廃業するんですか?」


「会社そのものをどうするかまでは、今の状況じゃ決められない。ただ、少なくとも通常営業は終了だ」


 佐伯は紙面を指で叩いた。


「店舗は閉鎖。従業員は可能な限り帰宅させる。残っている施設と物資については、人命維持や地域防災に必要な範囲で現地責任者の判断に委ねる」


 英樹が眉を上げる。


「現地責任者ってことは」


「俺だ」


 佐伯は短く答えた。


「乱暴に言えば、本部からは『もう店として守れない。必要なら使え』と言われたようなものだ」


 悠真は以前訪れたホームセンターを思い出した。


 食料や飲料水、乾電池などの目立つ商品はほとんど残っていなかった。


 だが、建築資材や園芸用品、工具、薪、炭、雨水タンク、種、肥料など、生き延びるために使えるものはまだ多く残っている。


「従業員の皆さんは?」


「昨日までに全員帰した。遠方の人間は、小学校の避難場所へ移ってもらった」


「佐伯さんは?」


「俺はしばらく店に残る」


 迷いのない返事だった。


「一人でですか?」


「そのつもりだった」


 佐伯は白湯の入ったコップを見つめる。


「だがな。昨日、店の前に三組の家族が来た」


「家族?」


「一組は、家を魔犬に荒らされた老夫婦。もう一組は、火事で家を失った母親と子供。最後は、一人で逃げてきた爺さんだ」


 店は閉まっている。


 営業はできない。


 食料も十分にはない。


 それでも、大きな建物と高いフェンスを見て、助けてもらえると思ったのだろう。


「追い返したんですか?」


 美咲が不安そうに尋ねる。


「できるわけないだろ」


 佐伯は苦々しく笑った。


「倉庫の休憩室と事務所を使わせた。売り物だった毛布も渡した」


 店長としてなら、許されない行為だったかもしれない。


 だが、会社から店を守れという命令はもうない。


 目の前には住む場所を失った人間がいる。


 佐伯は、商品を守るより人を守る方を選んだ。


「小学校へ行ってもらうことも考えた」


 佐伯は続ける。


「だが、あそこは自衛隊の前進拠点になってる。給水や診療、検査を受ける場所としては頼れるが、全員が寝泊まりできるほど余裕があるわけじゃない」


 教室の一部は診察や採血に使われ、持ち込まれた機器の設置場所にもなっている。


 校庭には自衛隊車両と給水車。


 体育館には負傷者や緊急性の高い避難者。


 地域住民すべてを長期間受け入れることは難しい。


「そこで考えた」


 佐伯が全員を見回す。


「ホームセンターを、この地域の共同拠点にできないかとな」


 部屋が静かになる。


 悠真は佐伯の言葉を頭の中で繰り返した。


「共同拠点……」


「避難所だけじゃない」


 佐伯は身を乗り出す。


「家を失った人間が一時的に暮らせる場所。残った物資を管理する倉庫。畑を作るための資材を集める場所。物を修理し、必要なものを作る場所だ」


 英樹の目が変わった。


「店の敷地なら、資材置き場も広い」


「ああ。駐車場もある。外売り場には土も肥料も残ってる。木材、単管パイプ、金網、工具もある」


「フェンスはそのまま使えるが、出入口は補強が必要だな」


 英樹はすでに建物の構造を思い浮かべているようだった。


「裏の搬入口も塞いだ方がいい。見張り台を作るなら、資材館の屋根が使えるかもしれない」


「英樹さん」


 由紀が少し呆れたように夫を見る。


「まだやるって決まったわけじゃないでしょう」


「悪い。ついな」


 英樹は頭を掻いた。


 しかし、佐伯の顔には初めて小さな笑みが浮かんだ。


「その『つい』が必要なんだ」


「俺は店の中なら分かる。在庫も、設備も、鍵の場所もな。ただ、建物を防衛施設に変える知識はない」


 今度は悠真を見る。


「悠真。お前は店の商品を知ってる。園芸や農業の知識もある」


「大学で習っていることなんて、まだ基礎だけです」


「基礎すら知らない人間の方が多い」


 佐伯は即座に返した。


「それに、この状況じゃ正解を知っている奴なんていない。分かる奴が、分かる範囲でやるしかないんだ」


 悠真は黙って考えた。


 藤堂家は守るべき生活拠点だ。


 家族が休み、食事をし、眠る場所。


 だが、人が増えれば限界が来る。


 畑を広げる土地も、物資を保管する空間も、防衛設備を作る余裕も少ない。


 一方、ホームセンターには広い駐車場と資材がある。


 高いフェンス。


 頑丈な建物。


 屋根。


 倉庫。


 そして、まだ使い切れていない道具と材料。


「家から完全に移るわけではないんですよね?」


 真由美が確認する。


「ああ」


 佐伯は頷いた。


「藤堂家や朝倉家は生活の場所として残す。ホームセンターは、地域で働き、作り、守る場所だ」


「二つの拠点を使い分けるわけですね」


 誠が言う。


「その方がいいと思います」


 自宅は家族の生活拠点。


 ホームセンターは地域の生産・避難・防衛拠点。


 すべてを一か所へ集めれば、襲撃された時に全員が危険になる。


 二つに分ければ、片方に何かあっても、もう片方へ逃げられる。


「ただし、問題もあります」


 誠の表情は慎重だった。


「人が集まれば、食料も水も必要になる。誰でも無条件に受け入れるわけにはいかない」


「分かってる」


 佐伯も真剣な顔で答える。


「店にある物は無限じゃない。むしろ食い物はほとんど残ってない」


「自衛隊の給水だけに頼り続けることもできません」


 悠真が言う。


「雨水は生活用水に使える。でも飲料水は別に確保する必要がある」


「畑もすぐ収穫できるわけじゃない」


 三浦恵も会話へ加わった。


「今から種を植えても、食べられるようになるまで時間がかかりますよね」


「はい」


「だったら、その間をどう乗り切るかも考えないと」


 恵の言葉に、佐伯はゆっくり頷いた。


「そういう意見を出してくれる人間が必要なんだ」


 彼は一人ずつ顔を見た。


 誠。


 真由美。


 英樹。


 由紀。


 恒一。


 美咲。


 彩乃。


 恵。


 そして悠真。


「俺一人じゃ、店の鍵を守ることしかできない」


 佐伯の声は静かだった。


「だが、皆が力を貸してくれるなら、あの店を生き残るための場所に変えられるかもしれない」


 悠真は、初めてホームセンターで働き始めた日のことを思い出した。


 商品名も場所も覚えられず、何度も佐伯に叱られた。


 木材の種類。


 工具の使い方。


 キャンプ用品。


 園芸資材。


 佐伯は厳しかったが、質問すれば必ず教えてくれた。


 あの場所は、悠真にとって単なるアルバイト先ではない。


 備えることの大切さを教えてくれた場所だった。


 そして今度は。


 その店が、地域全体を救う場所になるかもしれない。


「やりましょう」


 悠真は言った。


 佐伯の目を見る。


「ホームセンターを使いましょう」


「避難するだけの場所じゃなくて、少しずつでも自分たちで作れる場所にする」


「食べ物を育てて」


「壊れたものを直して」


「家を失った人が、次へ進むまで休める場所にする」


 言葉にするほど、それが簡単ではないことも分かっている。


 人が増えれば揉め事も起きる。


 物資を巡る争いもある。


 魔獣に狙われるかもしれない。


 黒牙のような集団が、再び現れる可能性もある。


「最後には」


 悠真は少しだけ言葉を選んだ。


「ここへ逃げれば何とかなるって、地域の人が思える場所にしたいです」


 佐伯はしばらく悠真を見つめていた。


 やがて、深く息を吐く。


「そうか」


 その表情から、張り詰めていたものが少しだけ抜けた。


「なら、決まりだな」


「ただし」


 誠が釘を刺す。


「全員で現地を確認してからです。建物の安全、残っている物資、周辺の魔獣、避難経路。そのすべてを調べる」


「当然だ」


「自衛隊にも相談しましょう」


 真由美が言う。


「小学校が近いなら、巡回経路に入れてもらえるかもしれません」


「医療品の扱いも確認したいです」


「分かった」


「建物については、俺が見る」


 英樹が言った。


「壁、屋根、出入口、電気設備、水回り。使える場所と危険な場所を分ける」


「無茶するなよ」


 由紀が夫を睨む。


「一人ではやらない」


 英樹は苦笑した。


「今度はちゃんと人を集めてやる」


「警備は俺が考えます」


 恒一も口を開いた。


 真由美がすぐに眉を吊り上げる。


「あなたは、まず怪我を治してください」


「計画を考えるくらいならできます」


「現場で動かないなら」


「約束します」


 その返事を、真由美は完全には信じていないようだった。


「私も手伝います」


 恵が言う。


「家庭菜園くらいしか経験はありませんけど、畑や炊き出しなら」


「僕も!」


 翔太が元気よく手を上げた。


「水やりできるよ!」


 佐伯は思わず笑った。


「頼もしいな」


「任せて!」


 小さな胸を張る翔太を見て、部屋の空気が少し明るくなる。


 大きなことは、まだ何も始まっていない。


 計画すらない。


 人も。


 食料も。


 水も。


 時間も足りない。


 それでも。


 生き残るために逃げ続けてきた人々が、初めて何かを作ろうとしていた。


「明日の朝」


 佐伯が立ち上がる。


「一度、店を見に来てくれ」


「今残っている人たちにも紹介する」


「分かりました」


 悠真も立ち上がった。


 佐伯と向き合う。


「また、あそこで働くことになるんですね」


「給料は出せないぞ」


「今は誰も期待してませんよ」


「違いない」


 二人は顔を見合わせ、久しぶりに笑った。


 会社としてのホームセンターは、その役目を終えた。


 だが、その建物も、設備も、積み上げられた物資も、まだ残っている。


 店として終わった場所が。


 今度は、人々が生きるための場所として始まろうとしていた。


 悠真は窓の外へ目を向けた。


 停電した街。


 壊れた家。


 誰も歩いていない道路。


 それでも遠くには、自衛隊の給水車が小学校へ向かう姿が見えた。


 国は、国として動いている。


 自衛隊は、守れる範囲を守ろうとしている。


 なら、自分たちにもできることがある。


 まずは、あのホームセンターから。


 小さくてもいい。


 一つずつ。


 生きていくために必要なものを、作り直していけばいい。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ