第50話 伝えたかった想い
夜風が、静かに庭の木々を揺らしていた。
黒牙との戦いが終わって数日。
家には久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
それでも悠真は眠れなかった。
縁側へ腰を下ろし、夜空を見上げる。
街灯はまだ点かない。
遠くから聞こえるのは虫の鳴き声だけだった。
「やっぱり眠れない?」
後ろから聞き慣れた声がする。
振り返ると、美咲が少し照れくさそうに立っていた。
「美咲。」
「隣、いい?」
「もちろん。」
美咲は悠真の隣へ腰掛ける。
二人の間には、少しだけ気まずい沈黙が流れた。
昔なら何時間でも話せた相手なのに。
今は何を話せばいいのか分からない。
それほど今回の出来事は大きかった。
「……助けに来てくれて、ありがとう。」
美咲がぽつりと呟く。
「当然だよ。」
悠真は少し笑う。
「当然じゃないよ。」
美咲は首を横へ振った。
「あそこへ来たら……死ぬかもしれなかった。」
「それでも来てくれた。」
悠真は少しだけ俯く。
「正直……。」
「黒牙に連れて行かれたって聞いた時、頭が真っ白になった。」
「どう助けるかなんて考える前に。」
「助けなきゃ、それしか考えられなかった。」
美咲の目に涙が浮かぶ。
「嬉しかった。」
「本当に嬉しかった。」
涙を拭いながら、小さく笑う。
「私ね。」
「もう後悔したくない。」
悠真は静かに彼女を見る。
「ずっと……好きだった。」
その一言に、悠真の時間が止まる。
幼い頃から一緒だった。
学校も。
遊ぶ時も。
進路に悩んだ時も。
いつも隣にいた。
その存在が当たり前すぎて、気持ちを言葉にしたことはなかった。
美咲は勇気を振り絞るように続ける。
「でも。」
「今までは、この関係が壊れるのが怖かった。」
「だから言えなかった。」
「でも今回は、本当にもう会えないかもしれないって思った。」
涙が頬を伝う。
「だから……。」
「悠真。」
「私は、あなたが好き。」
夜風だけが静かに吹いている。
悠真はしばらく何も言えなかった。
胸の奥にあった気持ちが、ゆっくりと言葉になっていく。
「俺も。」
美咲が顔を上げる。
「たぶん。」
「ずっと前から好きだった。」
「気付いてなかっただけなんだ。」
「いや……。」
悠真は苦笑する。
「気付いてた。」
「でも、美咲と同じ。」
「この関係を壊すのが怖かった。」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に笑ってしまった。
「私たち。」
「似てるね。」
「そうだな。」
少しの沈黙。
悠真はゆっくりと美咲へ向き直る。
「美咲。」
「うん。」
「俺と付き合ってください。」
美咲は涙を浮かべたまま、大きく頷く。
「はい。」
「よろしくお願いします。」
悠真は照れくさそうに笑いながら、そっと右手を差し出した。
「これからも。」
「ずっと一緒に生きよう。」
美咲は迷わずその手を握る。
「うん。」
「一緒に生きよう。」
二人の手は、ぎこちないながらも強く結ばれた。
世界はまだ混乱の中にある。
明日が来る保証もない。
それでも今、この瞬間だけは。
二人は確かに未来を信じていた。
夜空には雲の切れ間から月が顔を覗かせ、静かに二人を照らしていた。
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