表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/69

間話 風の精霊の悪戯



 広瀬は手帳を閉じ、一度深呼吸をした。


 聞きたいことは山ほどある。


 魔素とは何か、


 異界との往来は出来るのか、


 魔獣はいったいどれだけの種がいるのか、


 だが、一度に全てを尋ねても意味はない。


 相手もこちらを見極めている。


 まずは、一つずつ。


「エレシアさん。」


「はい。」


「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」


「もちろん。」


「どうして、私たちと言葉が通じるのでしょう。」


 エレシアは一瞬だけ目を丸くした。


「……そう言われれば。」


 少し考え込み、小さく笑う。


「確かに不思議ですね。」


「私はあなた方の言葉を学んだ記憶がありません。」


「ですが、こうして普通に会話ができています。」


 広瀬も頷く。


「私たちも同じです。」


「あなたの言葉を聞いているはずなのに、日本語として認識できています。」


 エレシアは顎へ指を添え、少しだけ天井を見上げた。


「風の精霊の悪戯……かしら。」


 広瀬が首を傾げる。


「精霊ですか?」


 エレシアは笑った。


「半分は冗談です。」


「私たちの世界では、説明のつかない出来事が起きると、精霊の気まぐれだと言うことがあります。」


 少し肩をすくめる。


「ですが、本当に風の精霊が翻訳しているとは思っていません。」


「世界そのものが変化しているのであれば、不思議ではありません。」


 広瀬はすぐに手帳へ書き込む。


『魔素による認識共有の可能性』


『脳内言語変換現象?』


 その様子を見て、エレシアは楽しそうに微笑んだ。


「あなた方は何でも理屈で説明しようとするのですね。」


「職業病です。」


 広瀬も苦笑する。


「分からないことは調べたくなる。」


「それが研究者です。」


「素敵なお仕事ですね。」


 エレシアは心からそう言った。


 橘はそのやり取りを静かに見守っていた。


 そして、ゆっくり口を開く。


「エレシア。」


「はい。」


「我々は昨日、新たな人型の存在を確認しました。」


 机の上へ写真を置く。


 粗い画質。


 夜間に撮影された映像。


 小柄な人型。


 緑色の皮膚。


 手には錆びた刃物。


 エレシアは一目見て答えた。


「ゴブリンですね。」


 広瀬が身を乗り出す。


「知っているのですか?」


「もちろん。」


 エレシアは写真を見つめながら頷く。


「弱い種族です。」


 二人は少し安心したような表情を浮かべる。


 だが。


「一匹なら。」


 その一言で空気が変わった。


 エレシアは静かに続ける。


「彼らは非常によく繁殖します。」


「成長も早い。」


「個体差はありますが、群れを作れば厄介です。」


 広瀬は真剣な表情になる。


「どれほど危険なのですか。」


「放置すれば。」


 エレシアは写真から視線を上げた。


「数か月で、一つの村が消えることもあります。」


 沈黙。


 広瀬のペンが止まる。


 橘の目が細くなる。


「……理由は。」


「食べるからです。」


 エレシアは淡々と答えた。


「家畜も。」


「作物も。」


「人間も。」


 部屋の空気が凍りつく。


「彼らは文化を築きません。」


「略奪し、増え、また略奪します。」


「だから私たちエルフも、ゴブリンとは長い間争ってきました。」


 橘は写真を静かに回収した。


「つまり。」


「今後、この国でも増える可能性がある。」


「はい。」


 エレシアは迷いなく頷く。


「境界が揺らぎ続ける限り。」


「恐らく。」


「これが最後ではありません。」


 その言葉は、研究室の空気をさらに重くした。


 誰も口を開かない。


 静寂の中、エレシアだけが穏やかな表情を崩さなかった。


 彼女にとっては、それが当たり前の世界だったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ