間話 エレシア
重厚な防爆扉が、低い駆動音を響かせながら完全に開いた。
先頭を歩くのは二人の自衛官。
小銃を構え、周囲を警戒している。
その後ろから、白衣姿の青年と黒いスーツ姿の男がゆっくりと部屋へ入ってきた。
少女は椅子へ腰掛けたまま、その二人を静かに見つめる。
恐怖はない。
敵意もない。
ただ、興味があった。
短命種は、何を知り、何を望むのか。
それを知りたかった。
白衣の青年が一歩前へ出る。
「初めまして。」
穏やかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「私は広瀬幸弥と申します。」
「研究者です。」
少女は少しだけ首を傾げる。
「……研究者。」
「ええ。」
「あなたについて知りたい。」
「そして、私たちの世界で起きていることを理解したいと思っています。」
少女はその言葉を聞き、小さく微笑んだ。
「敵意ではなく、知識を求めるのですね。」
「安心しました。」
続いてスーツ姿の男が口を開く。
「橘玲司です。」
少女はゆっくりと視線を向けた。
その男は他の兵士とは違う。
武器を持っていない。
それでも、この場で最も強い存在感を放っていた。
少女は直感する。
この男は剣ではなく、言葉と決断で国を動かす人間だと。
橘は手元の資料へ目を落とした。
「記録上、あなたは『未確認人型魔獣第0号』となっています。」
一瞬の沈黙。
少女は苦笑した。
「その呼び方は、あまり好きではありません。」
「理由を聞いても?」
「もちろん。」
少女は穏やかに頷く。
「魔獣と、私たちを一緒にしないでください。」
広瀬が静かにメモを取る。
「違う、と?」
「ええ。」
少女は真っ直ぐ二人を見る。
「魔獣は魔獣。」
「私たちはエルフです。」
その一言で、部屋の空気が変わった。
広瀬のペンが止まる。
橘の視線も鋭くなった。
「エルフ……。」
広瀬はその単語を小さく繰り返す。
「争いを嫌い、森と共に暮らし、知識や文化を大切にする種族。」
「それが私たちです。」
少女は続ける。
「あなた方にも善人と悪人がいるでしょう?」
「ええ。」
「それと同じです。」
「魔獣だけを見て、異界の全てを判断されるのは困ります。」
広瀬は深く息を吐いた。
研究者としての直感が告げている。
目の前にいる存在は、単なる捕獲対象ではない。
一つの文明そのものだ。
少女は部屋をゆっくり見回した。
白い壁。
無機質な照明。
監視カメラ。
見慣れない家具。
「もっとも……。」
彼女は少しだけ微笑む。
「あなた方の世界は、とても興味深いですね。」
「興味深い?」
橘が問い返す。
「ええ。」
「食べ物。」
「音楽。」
「芸術。」
「建築。」
「どれも私の世界とは違います。」
その表情には偽りのない好奇心が浮かんでいた。
「私たちの世界にも多くの種族が暮らしています。」
「ですが……。」
少し考え、
肩をすくめる。
「文化という意味では、まだまだですね。」
広瀬は思わず笑みを浮かべた。
「異世界の方から文化を褒められるとは思いませんでした。」
「事実ですから。」
少女も小さく笑う。
橘は静かに資料を閉じた。
「まだ名前を伺っていません。」
少女は橘を見つめ返す。
数秒の沈黙。
そして静かに答えた。
「エレシア。」
「それが私の名前です。」
橘はその名をゆっくりと復唱し、手帳へ書き記した。
未確認人型魔獣第0号――エレシア。
そして顔を上げる。
「改めて、よろしくお願いします。」
「エレシア。」
エレシアは柔らかく微笑み、小さく頭を下げた。
「こちらこそ。」
「短命種の代表者。」
「良い対話ができることを願っています。」
その笑顔には、敵意はなかった。
しかし、数百年を生きた者だけが持つ底知れない深さがあった。
橘玲司は確信する。
目の前にいるのは、一人の少女ではない。
異界という未知の世界、そのものとの最初の対話なのだと。




