間話 未確認人型魔獣第0号
――静かだ。
目を開けた少女は、ゆっくりと瞬きをした。
白い天井。
冷たい照明。
金属で覆われた壁。
どこを見ても、石も木も土もない。
無機質な空間。
少女は静かに上半身を起こした。
両手首には銀色の拘束具。
足首にも同じものが嵌められている。
試しに力を込めてみる。
外れない。
だが、それよりも彼女が驚いたのは別のことだった。
「……ありません。」
小さく呟く。
目を閉じ、深く息を吸う。
何度も。
何度も。
それでも感じない。
少女は困ったように微笑んだ。
「魔素が……ありません。」
彼女にとって魔素とは空気と同じだった。
生まれた時からそこにあり、意識することもないほど当たり前の存在。
森にも。
川にも。
風にも。
大地にも。
生き物にも。
世界の全てへ満ちている。
だからこそ、この部屋は異常だった。
空気はある。
呼吸もできる。
それなのに、どこか息苦しい。
水の中へ潜ったような。
翼を失った鳥のような。
そんな違和感。
「……なるほど。」
少女は拘束具へ視線を落とし、小さく頷く。
「よく考えられた檻ですね。」
魔法は使えない。
いや。
正確には、使うための魔素が存在しない。
魔力を巡らせようとしても、世界が応えてくれない。
それだけだった。
焦りはなかった。
数百年という時間を生きてきた彼女にとって、一時の拘束は長い人生の一場面に過ぎない。
むしろ興味の方が勝っていた。
「ここが……。」
少女は静かに部屋を見回す。
壁の隅。
小さな黒い球体。
こちらを向いている。
「監視されていますね。」
その視線へ向かって、小さく会釈した。
「初めまして。」
返事はない。
だが、それでいい。
誰かが見ている。
それだけ分かれば十分だった。
ふと、少女は耳を澄ませる。
廊下の向こう。
人の足音。
一定の間隔。
規則正しい歩幅。
武装した者が複数。
「来ましたか。」
電子音が鳴る。
重い扉がゆっくりと左右へ開いた。
外には迷彩服姿の男たち。
見たことのない服。
見たことのない武器。
そして、その中央を歩いてくる二人の人物。
一人は、白衣を纏った青年。
もう一人は、黒いスーツを着た男だった。
少女は二人を見つめる。
短命種。
だが、その瞳には恐怖だけではないものが宿っている。
知ろうとする意思。
理解しようとする意思。
そして――。
利用しようとする覚悟。
少女は穏やかに微笑んだ。
「さて。」
「どんな方々なのでしょう。」
静かな収容室に、三人の足音だけが響いていた。
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