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『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

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第49話 自衛隊が伝えた現実



 翌朝。


 久しぶりに静かな朝だった。


 窓から差し込む柔らかな日差しが居間を照らしている。


 電気はまだ戻らない。


 水道も止まったまま。


 それでも昨日までとは違う。


 家族全員が生きて、この家で朝を迎えられた。


 それだけで十分だった。


 居間では真由美と由紀が朝食の準備をしている。


 残り少ない水を大切に使い、簡単な味噌汁代わりのスープと、昨日の塩おにぎりを温め直していた。


 恒一は左腕を吊ったまま椅子へ座り、美咲と彩乃は静かに食事を運ぶ。


 悠真も手伝おうと立ち上がった、その時だった。


 コンコン。


 玄関の扉が叩かれる。


 一瞬で家の空気が張り詰める。


 誠と英樹が顔を見合わせた。


 悠真は金属バットへ手を伸ばしかける。


「俺が見てくる。」


 誠が静かに玄関へ向かう。


「どちら様でしょうか。」


「自衛隊です。」


 落ち着いた男の声だった。


 扉を開けると、そこには迷彩服姿の高橋健吾三等陸曹が立っていた。


 後ろには数名の隊員。


 そして白衣姿の若い男性もいる。


「突然申し訳ありません。」


「昨日は十分にお礼も言えませんでしたので。」


 高橋は敬礼し、穏やかに頭を下げた。


「皆さんの体調確認と、少しだけお話をさせていただければと思いまして。」


「どうぞ。」


 誠は家の中へ招き入れた。



 全員がお茶代わりの白湯を前に座る。


 高橋は改めて一礼した。


「昨日は本当にありがとうございました。」


「皆さんが時間を稼いでくださったおかげで、我々も被害を最小限に抑えることができました。」


 誠は首を横に振る。


「助けられたのはこちらです。」


「自衛隊が来てくれなければ……。」


 その先は言葉にならなかった。


 高橋も静かに頷く。


「あの熊ですが。」


 部屋の空気が変わる。


「現在、我々は『B級指定個体』として管理しています。」


 その言葉に、悠真たちは顔を見合わせた。


「B級……?」


「はい。」


「現在確認されている魔獣の危険度を暫定的に分類しています。」


「昨日の熊は、市街地一つを壊滅させる危険性があると判断されました。」


 英樹が息を呑む。


「やっぱり、あれほど危ない奴だったのか……。」


「ええ。」


「実際、通常の小銃ではほとんど効果がありませんでした。」


「専用装備を集中運用して、ようやく討伐できた相手です。」


 誰も言葉を発しない。


 あの巨体。


 蓮司を一瞬で喰らった姿が脳裏によみがえる。


「ですが。」


 高橋は続けた。


「残念ながら、昨日の個体だけではありません。」


「全国各地で、同様の事例が確認されています。」


「北海道では巨大な狼。」


「中部地方では大型の猪。」


「九州では巨大な蛇。」


「確認されているだけでも十数件。」


「現在も調査中です。」


 美咲の表情が強張る。


「そんなに……。」


「はい。」


「そして通信障害の影響で、まだ把握できていない地域も多数あります。」


 部屋の空気は重くなる一方だった。


「つまり……。」


 誠が静かに尋ねる。


「日本中で起きているんですか。」


「その可能性が高いと考えています。」


 高橋は苦しそうな表情で答えた。


「正直に申し上げます。」


「いつ元の生活へ戻れるか、私たちにも分かりません。」


 その一言が、誰の胸にも重く響いた。


 停電。


 断水。


 物流停止。


 それらは数日で終わるものではない。


 世界そのものが変わり始めている。


 そんな現実を、初めて全員が受け止めた。


 高橋は一度、恒一へ視線を向けた。


「それと……朝倉さんについて、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか。」


 場の空気がわずかに変わる。


 恒一は静かに頷いた。


「構いません。」


 高橋は慎重に言葉を選ぶ。


「昨日の戦闘での動きですが、通常の人間の範囲を明らかに超えていました。」


「差し支えなければ、いつ頃からそのような変化があったのか教えていただけますか。」


 少しの沈黙。


 そして、口を開いたのは恒一ではなく、由紀だった。


「……最初は、あの犬です。」


「犬?」


 広瀬が反応する。


「はい。」


「停電が起きた日の夜、近所で大きな犬に襲われかけて……。」


 由紀は当時のことを思い出すように言葉を続ける。


「恒一がそれを追い払ったんです。」


 英樹が補足する。


「普通の犬じゃなかった。」


「目が赤くて、明らかに様子がおかしかった。」


「魔犬……ですね。」


 広瀬が小さく呟く。


 由紀は頷いた。


「その時は怪我もなかったんですが……。」


「その後からです。」


 今度は美咲が口を開く。


「お兄ちゃん、急に力が強くなって。」


「重い荷物も軽々持てるようになって……。」


 彩乃も続ける。


「動きも速くなってました。」


「最初は気のせいかと思ったけど、明らかに違って。」


 高橋は真剣な表情で聞いている。


「つまり、魔犬と接触した後から変化が現れた、と。」


「はい。」


 恒一が短く答えた。


「理由は分かりません。」


「ただ、気付いたらそうなっていた。」


 広瀬が腕を組み、考え込む。


「……興味深いですね。」


「魔獣との接触が引き金になっている可能性があります。」


 その言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。


「危険なんですか。」


 由紀が不安そうに尋ねる。


 広瀬は少しだけ考え、慎重に答えた。


「現時点では断定できません。」


「ですが、身体能力の向上という点では明らかに有益な変化です。」


「一方で、未知の現象でもあります。」


「今後、どのような影響が出るかは分かりません。」


 恒一は静かにその言葉を受け止めた。


「……そうですか。」


 高橋が口を開く。


「朝倉さんのような事例は、他の地域でも報告されています。」


「まだ数は多くありませんが……。」


「同様の変化をした人間が存在する可能性があります。」


 悠真はその言葉に息を呑んだ。


 恒一だけではない。


 この変化は、特別なものではないかもしれない。


 広瀬がゆっくりと全員を見渡す。


「皆さんが経験したことは、決して偶然ではありません。」


「私たちは今、人類がこれまで一度も経験したことのない現象の入口に立っています。

皆さんにも、この変貌した世界の為にも是非協力をお願いしたい。」


 その言葉に、部屋の誰もが息を呑んだ。


 世界はまだ、その正体すら分からない災厄の中にあった。


 ◇



高橋は資料を一枚取り出し、机の上へ広げた。


「もう一点、皆さんへお伝えしたいことがあります。」


 そこには、この地域一帯の地図が印刷されていた。


 赤い丸で囲まれているのは、悠真たちも通っていた市立小学校だった。


「本日より、私たちはこのいまは使っていない小学校を前進拠点として運用します。」


 誠が地図を覗き込む。


「避難所になるんですか?」


「避難所としての役割もあります。」


 高橋は頷いた。


「ですが、それだけではありません。」


「現在、この地域で発生している未知の現象を調査するため、小学校内へ臨時の医療・研究施設を設置しています。」


 広瀬が説明を引き継ぐ。


「採血や唾液の採取など、住民の皆さんに健康調査へのご協力をお願いする予定です。」


「健康診断みたいなものですか?」


 真由美が尋ねる。


「はい。基本的にはその認識で構いません。」


「血液検査、唾液検査に加え、必要に応じてレントゲンやMRIなどの画像診断も行います。」


「魔獣との接触や、身体に何らかの変化が起きていないかを確認するためです。」


 悠真は思わず広瀬の表情を見つめた。


 研究者らしい冷静な説明だったが、その瞳には純粋な知的探究心も宿っているように見えた。


「もちろん、強制ではありません。」


「ですが、この現象を解明するためには、皆さんの協力が不可欠です。」


 高橋は再び口を開く。


「また、自衛隊は警察と共同で当面、この地域の警戒任務も担当します。」


「夜間の巡回。」


「住宅街の見回り。」


「魔犬など小型魔獣の捜索・討伐。」


「そして、住民の安全確保。」


「できる限り、皆さんの日常を取り戻せるよう努めます。」


 その言葉に、部屋の空気が少しだけ和らぐ。


「水についてもご安心ください。」


 高橋は続けた。


「断水は続いていますが、給水車を毎日、小学校へ配置します。」


「十分とは言えませんが、飲料水は定期的に配給する予定です。」


 由紀が胸を撫で下ろす。


「それだけでも、本当に助かります……。」


「ただし、食料や生活物資には限りがあります。」


 高橋の表情が再び引き締まる。


「私たちだけで、この街すべてを支え続けることはできません。」


「だからこそ、地域の皆さん同士で助け合い、支え合っていただくことが、今後ますます重要になります。」


 その一言は、悠真の胸に強く残った。


 ――地域で支え合う。


 その言葉が、後に地域が大きく変わって行く事になる始まりだとは思いもしていなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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