表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/69

第47話 ただいま



 廃工場での戦闘から数時間後。


 悠真たちは、自衛隊が設営した臨時救護所で応急処置を受けていた。


 テントの中には負傷した自衛隊員や保護された住民が並び、慌ただしく衛生隊が動き回っている。


 アルコール消毒の匂い。


 包帯を切る鋏の音。


 どこかで子どもが泣く声。


 戦いは終わったはずなのに、その空気はまだ張り詰めたままだった。


「傷は浅いですね。」


 衛生隊員が美咲の首筋へ新しいガーゼを貼る。


「跡は少し残るかもしれませんが、命に関わる傷ではありません。」


 美咲は小さく頷いた。


「ありがとうございます……。」


 隣では彩乃も診察を受けていた。


「打撲が何か所かありますが、大きな怪我はありません。」


「少し休めば回復するでしょう。」


「はい。」


 彩乃は気丈に返事をするものの、その声には疲労が滲んでいた。


 恒一は左腕を固定され、脇腹へ包帯を巻かれている。


「無理をしましたね。」


 衛生隊員が苦笑する。


「普通ならマトモに立っていられませんよ。」


「立たないと妹を助けられなかったので。」


 恒一の返事に、隊員は少しだけ表情を和らげた。


「そうですか。」


「ですが、今日は絶対に安静です!」


 そのやり取りを見ながら、悠真は自分の掌を見つめていた。


 まだ震えている。


 黒牙の男を殴った感触。


 金属バット越しに伝わった骨の硬さ。


 叫び声。


 あの瞬間だけが、何度も頭の中で繰り返される。


「悠真君。」


 顔を上げると、高橋健吾三等陸曹が歩いてきた。


「少しだけ、お話を。」


「はい。」


 二人は少し離れた場所へ移動する。


「先ほども伝えましたが、今回の件については後日改めて事情を伺います。」


「朝倉さんの身体能力についても、調査が必要になるかもしれません。」


 悠真は静かに頷いた。


「分かりました。」


「ですが、今日は皆さん帰宅してください。」


「家族も相当心配しているでしょう。」


 その言葉に、悠真はようやく肩の力を抜いた。


「ありがとうございます。」


 高橋は少し笑った。


「礼を言われることではありません。」


「家族の元へ帰れる時は、帰るべきです。」


「……はい。」


 高橋は少しだけ表情を引き締める。


「ただ一つ。」


「今回のことは、できるだけ周囲へ話さないでください。」


「魔獣のことも。」


「能力のことも。」


「現在、政府でも情報を整理している段階です。」


「混乱を広げたくありません。」


「分かりました。」


 悠真は素直に答えた。


 高橋は一礼し、再び現場へ戻っていく。


 その背中を見送りながら、悠真は思う。


 自衛隊もまた、自分たちと同じように必死なのだと。


 何が起きているのか分からないまま、それでも国を守ろうとしている。


 だからこそ、自分も協力しようと思えた。


 やがて、帰宅の許可が下りた。


 自衛隊の車両が途中まで送ってくれることになり、悠真たちは荷物をまとめる。


 物資を積んでいた作業車は失った。


 黒牙へ渡す予定だった荷物も、廃工場に置いたままだ。


 失ったものは少なくない。


 それでも。


 美咲がいる。


 彩乃がいる。


 家族全員が生きている。


 それだけで十分だった。


 車が住宅街へ近付くにつれ、見慣れた景色が広がってくる。


 停電で信号は消えたまま。


 道路には放置された車。


 割れた窓。


 静まり返った町。


 それでも。


 あの門が見えた。


 藤堂家だった。


 門の前には、何人もの人影が立っている。


 真由美。


 由紀。


 翔太。


 三浦恵。


 全員が、道路の先を見つめていた。


 車が止まる。


 ドアが開く。


 最初に降りたのは美咲だった。


「お母さん……。」


 その一言で、由紀は駆け出していた。


「美咲!」


 勢いよく娘を抱き締める。


 何度も何度も、その背中を撫でる。


「よかった……。」


「本当に、よかった……。」


 それしか言えない。


 美咲も涙を堪えきれなかった。


「ごめんなさい……。」


「怖かった……。」


「うん。」


「もう大丈夫。」


「帰ってきた。」


「ちゃんと帰ってきたから。」


 母と娘はしばらく離れなかった。


 その隣では、彩乃がゆっくり車から降りる。


「彩乃!」


 真由美が駆け寄る。


 看護師としての癖なのだろう。


 抱き締める前に、頬や腕、額を確認する。


「頭は?」


「気持ち悪くない?」


「腕は?」


「どこか痛い?」


 彩乃は少し笑ってしまった。


「お母さん。」


「ん?」


「先に『おかえり』って言ってよ。」


 真由美は一瞬だけ目を見開き。


 次の瞬間、娘を強く抱き締めた。


「……おかえり。」


「彩乃。」


「本当に、おかえり。」


 彩乃も母の背中へ腕を回した。


「ただいま。」


 短い言葉だった。


 それだけで、胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ溶けていくのを感じた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

感想・レビュー・ブックマーク・評価などで応援していただけると、とても励みになります。


皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ