第44話 救出
薄暗い部屋の中。
壁際に座っていた二人の少女は、目の前に立つ悠真を見つめたまま言葉を失っていた。
「悠真……?」
美咲の瞳から涙が溢れる。
信じられない。
夢でも見ているようだった。
悠真は小さく頷く。
「迎えに来た。」
その一言だけで、美咲は立ち上がろうとした。
だが足に力が入らず、よろける。
悠真が慌てて支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん……。」
美咲は必死に涙を拭う。
「本当に来てくれたんだ……。」
その横で彩乃も安堵したように息を吐いた。
「お兄ちゃん……一人で?」
「いや。」
悠真は首を振る。
「父さんと恒一さんが正面で時間を稼いでる。」
「英樹さんも外から見てる。」
「みんなで助けに来た。」
彩乃は思わず笑みを浮かべる。
「やっぱり。」
「絶対来ると思ってた。」
悠真も少しだけ笑った。
「再会を喜ぶのは帰ってからだ。」
「ここから出る。」
二人は力強く頷いた。
悠真は《鑑定》を発動する。
⸻
【朝倉美咲】
状態:疲労・軽度脱水
首部:浅い裂傷
生命活動:安定
⸻
【藤堂彩乃】
状態:疲労
打撲:軽度
生命活動:安定
⸻
(大丈夫だ。)
(歩ける。)
悠真は無線機を手に取る。
送信ボタンを短く三回押した。
ピッ。
ピッ。
ピッ。
――救出成功。
それが家族との約束だった。
数秒後。
英樹から無線が返ってくる。
『悠真、聞こえるか。』
『そのまま裏口から――』
そこで突然。
ザーッという激しいノイズが無線へ混じった。
同時に。
ドン……。
床が震える。
三人とも顔を見合わせた。
「今の……何?」
彩乃が呟く。
ドン。
ドン。
さっきより大きい。
建物全体が揺れている。
天井から埃が降ってきた。
棚が軋む。
窓ガラスが震える。
そして。
ギギギギギッ!!
鉄骨が悲鳴を上げるような音。
その直後。
ベギィィィッ!!
建物の外壁が何かに叩き壊される凄まじい破壊音が響いた。
三人の顔から血の気が引く。
無線の向こうで英樹が叫んだ。
『悠真!!』
『逃げろ!!』
『あの熊だ!!』
『前に見た、あのバカみたいにデカい熊が工場に来た!!』
『急げ!!』
悠真の表情が変わる。
(熊……!)
その瞬間。
工場中へ悲鳴が響き渡った。
「うわぁぁぁぁ!!」
「何だあれぇぇ!!」
「壁が!!」
外では黒牙の連中が一斉に叫んでいる。
悠真は扉へ近付き、僅かに隙間を開けた。
そこへ。
「おい!」
直人が駆け込んできた。
息を切らし、顔は真っ青だった。
「もう時間がない!」
「裏口から行け!」
「何があった?」
「化け物が現れた!」
直人の声が震える。
「総長たちも混乱してる!」
「今なら逃げられる!」
悠真は迷わなかった。
「行こう。」
三人は部屋を飛び出した。
直人が先頭を走る。
「こっちだ!」
廊下を駆け抜ける。
途中、黒牙の構成員たちが逆方向へ逃げてくる。
「助けろ!」
「総長!」
「逃げろぉ!」
誰一人として統制が取れていない。
まるで蟻の巣を蹴飛ばしたような混乱だった。
外へ出る直前。
轟音と共に工場全体が激しく揺れる。
ドォォォォン!!
巨大な何かが着地した衝撃だった。
思わず全員が振り返る。
吹き抜けになった中央作業区画。
そこには。
工場の壁を突き破りながら現れた、巨大な黒い影。
四足で立つだけで二階近い高さ。
筋肉に覆われた巨体。
血のように赤い双眼。
息を吐くだけで白い蒸気が立ち上る。
熊だった。
以前、悠真たちが遠くから見た、あの巨大な熊。
人間など比較にもならない圧倒的な存在。
誰も動けなかった。
熊はゆっくりと頭を上げる。
そして。
無数の人間がいるにもかかわらず。
ただ一人。
神崎蓮司だけを真っ直ぐ見つめた。
その視線に。
初めて蓮司の表情から笑みが消えた。
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