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『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

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第28話 人間の脅威



自衛隊が首都圏各地で未知の魔獣と交戦していたことなど、藤堂家の誰も知らなかった。


 ただ、町の中にも少しずつ情報は流れ始めていた。


 それはラジオのような確かな情報ではない。


 近所の誰かが見た。


 誰かから聞いた。


 避難所へ向かった人が戻ってきて話していた。


 そんな、噂と呼ぶには重く、事実と呼ぶには曖昧な話だった。



 昼前。


 藤堂誠は近所の情報交換から戻ってきた。


 玄関へ入ってきた時点で、その表情は硬かった。


「父さん?」


 悠真が声を掛ける。


 誠は靴を脱ぎながら、小さく息を吐いた。


「皆を集めてくれ。」


 その一言で、リビングの空気が変わった。


 数分後。


 藤堂家と朝倉家の面々がリビングに集まった。


 恒一もソファに座っている。


 体調は昨日より良い。


 だが、まだ本調子ではないため、真由美から無理をしないよう釘を刺されていた。


 誠はテーブルに地図を広げる。


「町の外れに廃工場があるだろう。」


 英樹が頷く。


「国道へ出る途中の、あそこか。」


「ああ。」


 誠は地図上の一点を指差した。


「そこを拠点にしている集団があるらしい。」


 悠真はその言葉に嫌な予感を覚えた。


「集団?」


「黒牙。」


 その名前が出た瞬間、彩乃の眉が動いた。


「聞いたことある。」


「暴走族だよね?」


 誠は頷いた。


「昔からこの辺りで名前は聞いたことがあった。」


「ただ、今はただの暴走族では済まなくなっているらしい。」



 誠が聞いてきた話は、断片的だった。


 黒牙は街外れの廃工場を拠点にしている。


 停電と通信障害の後、コンビニやドラッグストア、ガソリンスタンドから物資を集め始めた。


 最初は、避難している人や子どもにも食料を分けていたらしい。


 だが、数日前から様子が変わった。


 物資を奪う。


 燃料を押さえる。


 通りかかった車を止める。


 女や若い人間を見れば声を掛ける。


 従わない者には暴力を振るう。


 そんな話が、あちこちから出始めていた。


「警察は?」


 真由美が聞いた。


 誠は首を横に振る。


「動こうとはしているらしい。」


「でも、手が足りない。」


 英樹が腕を組む。


「魔獣か。」


「ああ。」


 誠は苦い顔で頷いた。


「魔獣の出没。」


「避難所の混乱。」


「東京方面の治安維持。」


「県境の交通規制。」


「それに通信障害。」


「県警も対応しきれていないらしい。」


 由紀が不安そうに口元を押さえる。


「そんな……。」


 彩乃が低く呟く。


「つまり、警察はすぐには来ないってこと?」


「そういうことだ。」


 誠の答えは重かった。



「それだけじゃない。」


 誠は続けた。


「黒牙のリーダーの男について、妙な噂がある。」


 悠真は無意識に背筋を伸ばした。


「妙な噂?」


「異常な怪力らしい。」


 リビングが静まり返る。


「怪力?」


「素手で車のドアを曲げたとか。」


「魔獣を殴り殺したとか。」


「大きな熊の魔獣と戦って生き残ったとか。」


「どこまで本当かは分からない。」


 誠は慎重に言った。


「ただ、同じような話を複数人がしていた。」


 悠真は恒一を見た。


 恒一も悠真を見ていた。


 二人だけが、同じことを考えていた。


 自分たちだけではない。


 能力を得た人間が、他にもいる。


 しかも、その人間が善良だとは限らない。



「……能力者。」


 悠真が小さく呟いた。


 美咲がこちらを見る。


「悠真?」


「俺や恒一さんみたいな人が、他にもいるってことだと思う。」


 彩乃が息を呑む。


「でも、その人は黒牙のリーダーなんでしょ?」


「たぶん。」


「じゃあ、危ないじゃん。」


 その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。


 能力は力だ。


 力そのものに善悪はない。


 けれど、それを持つ人間がどう使うかで意味は変わる。


 悠真の《鑑定》は家族を守るために使える。


 恒一の身体能力も、皆を守る力になるかもしれない。


 だが、同じような力を持った人間が、物資を奪い、暴力で人を従わせるなら。


 それは魔獣と同じくらい危険だった。


 いや。


 それ以上かもしれない。


 魔獣は本能で動く。


 だが人間は考える。


 欲しがる。


 奪う理由を作る。


 正当化する。



 悠真は黙って拳を握った。


「でも……。」


 思わず声が出た。


「でも、噂ですよね。」


 全員が悠真を見る。


「本当に全部が本当か分からない。」


「最初は人を助けてたって話もある。」


「なら、まだ……。」


 言いながら、悠真自身も分かっていた。


 自分が何を言いたいのか。


 信じたいのだ。


 世界が壊れ始めても、人間まで完全に壊れたわけではないと。


 力を持った人間が、皆悪くなるわけではないと。


 まだ話し合える余地があるのだと。


 そう思いたかった。


「悠真。」


 声を掛けたのは恒一だった。


 その声は穏やかだったが、どこか重かった。


「人を信じたいと思うのは、悪いことじゃない。」


「……はい。」


「俺も、できるならそうしたい。」


 恒一は自分の手を見る。


 昨日、角材を片手で持ち上げた手。


 自分でも恐ろしくなるほどの力を宿した手。


「でもな。」


 恒一は続けた。


「力を持った人間が、必ず正しく使うとは限らない。」


 悠真は何も言えなかった。


「俺だってそうだ。」


「今はこうして普通に話せてる。」


「でも、いつか自分を抑えられなくなるかもしれない。」


「そんなこと……。」


「ないって言い切れるか?」


 悠真は言葉を失った。


 言い切れない。


 だから毎日、鑑定している。


 だから恒一自身も恐れている。


「人を信じるなとは言わない。」


 恒一は静かに言った。


「でも、信じたい相手と、守るべき相手を間違えるな。」


 その言葉が、悠真の胸に深く刺さった。



 守るべき相手。


 悠真はリビングを見回した。


 父、誠。


 母、真由美。


 妹、彩乃。


 幼馴染の美咲。


 朝倉家の英樹、由紀。


 そして恒一。


 ここにいる人たち。


 今、自分が守らなければならない人たち。


 善性を信じることと、無防備でいることは違う。


 助けたいと思うことと、家族を危険に晒すことは違う。


 その当たり前のことを、悠真はようやく受け止め始めていた。


「……分かりました。」


 悠真は小さく頷いた。


「黒牙を敵だと決めつけるつもりはありません。」


「でも。」


 顔を上げる。


「警戒はします。」


「もし近付いてきたら、家族を守ることを最優先にします。」


 恒一は少しだけ笑った。


「それでいい。」



 誠は地図へ視線を戻した。


「これからの方針を決めよう。」


 皆が姿勢を正す。


「まず、黒牙の拠点には近付かない。」


「廃工場方面への移動は禁止。」


 英樹が頷く。


「資材置き場もあっち方面は避けた方がいいな。」


「次に。」


 誠は続ける。


「外出は必ず二人以上。」


「できれば三人。」


「悠真の鑑定、恒一君の護衛、そして大人の判断役。」


 彩乃が手を挙げた。


「私も戦える。」


「まだ戦うとは言ってない。」


 誠が苦笑する。


「でも、ちゃんと戦力として考えている。」


「分かった。」


 彩乃は少しだけ嬉しそうだった。


 真由美は不安そうに見ていたが、何も言わなかった。


 娘を危険に出したくない。


 だが、今の世界では、力のある者が何もせずにいることも難しい。


 それもまた、現実だった。


「見張りも強化しよう。」


 誠は言った。


「黒牙だけじゃない。」


「物資を持っている家は狙われる可能性がある。」


 由紀が小さく呟く。


「人間が怖いなんて……。」


 英樹が苦い顔をした。


「人間だから怖いんだよ。」



 その日の午後。


 拠点強化は、人間対策を意識したものへ変わった。


 門の内側に、さらに横木を一本追加する。


 玄関の内側には、すぐに動かせる棚を置いた。


 窓には、外から中が見えないよう布を張る。


 ただし、内側からは外を確認できるよう、細い隙間を残した。


 見張り台のノートには、新しい項目が加わった。


【人影】


【車両】


【バイク音】


【黒牙らしき集団】


 悠真はその文字を見つめる。


 黒牙。


 まだ会ったこともない相手。


 だが、すでにその名前は、藤堂家の中に重く入り込んでいた。



 夕方。


 悠真は庭で薪を整理していた。


 隣では恒一が座っている。


 作業をしているわけではない。


 真由美から、今日は見ているだけと言われている。


 それでも、外の空気を吸いたいと言って庭に出ていた。


「悠真。」


「はい。」


「迷ってるか。」


「……少し。」


「黒牙のことか。」


「はい。」


 悠真は薪を積みながら答えた。


「俺、まだどこかで思ってるんです。」


「話せば分かるんじゃないかって。」


「そう思えるのは、お前の良いところだ。」


 恒一は言った。


「でも、良いところだからこそ、弱点にもなる。」


「……。」


「お前は、相手の事情を考える。」


「相手にも理由があるんじゃないかって思う。」


「それは間違ってない。」


「ただ。」


 恒一は藤堂家の建物を見た。


「相手の事情で、美咲や彩乃が傷つけられていい理由にはならない。」


 悠真の手が止まる。


「俺たちは、まずここを守る。」


「家族を守る。」


「友人を守る。」


「知っている人を守る。」


「その上で、助けられる相手を助ける。」


「順番を間違えるな。」


 悠真は、ゆっくりと頷いた。


「はい。」


 恒一は少し笑った。


「説教臭いな。」


「いえ。」


「兄貴みたいで助かります。」


「みたいじゃなくて、昔から兄貴分だろ。」


「自分で言います?」


「言う。」


 二人は小さく笑った。



 その時だった。


 遠くから、微かな音が聞こえた。


 ブォン……。


 ブォン……。


 バイクの音。


 悠真と恒一の表情が同時に変わる。


 音はまだ遠い。


 だが、確かに聞こえる。


 一台ではない。


 複数。


 住宅街の向こう側を、ゆっくりと走っている。


 悠真は左腕へ意識を向けた。


 鑑定はまだ反応しない。


 距離がある。


 だが、嫌な予感だけはあった。


「……黒牙?」


 悠真が呟く。


 恒一は立ち上がろうとして、すぐに体勢を崩しかけた。


「無理しないでください。」


「分かってる。」


 恒一は悔しそうに息を吐く。


「皆を呼べ。」


「はい。」


 悠真は家の中へ向かった。


 バイク音は、しばらく住宅街の外側を回るように続いていた。


 近付いては来ない。


 だが、離れもしない。


 まるで、誰かがこの一帯を品定めしているようだった。


 その音を聞きながら、悠真は思った。


 魔獣だけではない。


 停電でも、断水でも、物流停止でもない。


 この世界で本当に恐ろしいものは。


 人間の欲望かもしれない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも「おもしろかった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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皆さまの反応を参考に、今後の更新ペースや展開も調整していきたいと思っています。

誤字脱字なども気づいた点があれば、遠慮なく教えてください。


これからもよろしくお願いします。

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