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『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

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第27話 適応



 朝。


 悠真は、誰かの笑い声で目を覚ました。


「……ん。」


 重い瞼を開く。


 見慣れた天井。


 藤堂家の自分の部屋だった。


 昨夜の見張りを終えた後、ほとんど倒れ込むようにベッドへ入った。


 何時だったかは覚えていない。


 ただ。


 美咲と二人で見張りをしていた時のことは、妙にはっきりと覚えていた。


『今は少し平気。悠真がいるから』


『もう少し話してたかった』


『ちゃんと帰ってきてね』


「……。」


 悠真は布団の中で目を閉じた。


 忘れようとする。


 だが。


 忘れようとすると、余計にはっきり思い出す。


「何なんだよ……。」


 小さく呟く。


 美咲は昔からああいう奴だった。


 距離が近い。


 遠慮がない。


 思ったことをそのまま口にする。


 だから。


 特別な意味なんてない。


 たぶん。


「……たぶんって何だよ。」


 自分で考えて。


 自分で突っ込む。


 馬鹿らしくなった。


 悠真は布団を頭まで被った。


 だが。


「お兄ちゃん!」


 バンッ!


 勢いよく扉が開いた。


「うわっ!」


 悠真は飛び起きた。


 そこに立っていたのは彩乃だった。


「何だよ!」


「起きて!」


「起きたよ!」


「早く!」


「何が!」


「いいから来て!」


 彩乃は興奮していた。


 それも。


 ただ事ではないほど。


 悠真の眠気が一気に吹き飛ぶ。


「まさか。」


 嫌な予感がした。


「恒一さん?」


 彩乃は。


 大きく頷いた。


「起きた!」



 悠真は階段を駆け下りた。


 リビングへ入る。


 そこには。


「……おはよう。」


 朝倉恒一がいた。


 ソファに座っている。


 まだ顔色は良くない。


 頬も少し痩せた。


 だが。


 目は開いている。


 意識もはっきりしている。


 そして何より。


 今までのような苦しそうな呼吸をしていなかった。


「恒一さん。」


「おう。」


 恒一は少し笑った。


「心配掛けたな。」


 その声を聞いた瞬間。


「お兄ちゃん!」


 美咲が抱きついた。


「うおっ。」


「馬鹿!」


「何で馬鹿なんだよ。」


「知らない!」


「知らないのに怒るなよ。」


「うるさい!」


 美咲は恒一の胸に顔を押し付けている。


 肩が震えていた。


「ごめんな。」


 恒一は静かに妹の頭を撫でた。


「……本当に。」


「ごめん。」


 少し離れたところでは。


 由紀が泣いていた。


 声を出さず。


 口元を手で押さえて。


 ただ。


 息子を見つめていた。


「母さん。」


「……よかった。」


 それだけ。


 由紀は言った。


「本当に。」


「よかった……。」


 恒一は。


 少し困ったように笑った。


「大袈裟だな。」


「何日寝てたと思ってるの!」


 美咲が怒鳴る。


「熱だって四十度近くあったんだから!」


「そんなに?」


「そんなに!」


「全然覚えてねぇ。」


「だから馬鹿なの!」


「それ関係あるか?」


「ある!」


 いつもの兄妹のやり取り。


 その声を聞いて。


 リビングの空気が。


 少しだけ。


 元に戻った。


 世界が変わる前の。


 何でもなかった頃へ。


 ほんの少しだけ。



「三十七度ちょうど。」


 真由美が体温計を見た。


「まだ平熱より少し高いけど。」


「昨日までとは全然違うわね。」


 恒一はソファに座ったまま、自分の額に触れた。


「身体も楽です。」


「頭痛は?」


「ないです。」


「吐き気。」


「ないです。」


「眩暈は?」


「今のところ。」


「食欲は?」


 その質問に。


 恒一の動きが。


 ほんの一瞬。


 止まった。


 悠真は見逃さなかった。


「……あります。」


「どのくらい?」


「普通だと思います。」


 真由美が恒一を見る。


「本当に?」


「はい。」


 恒一は苦笑した。


「腹は減ってますけど。」


「何でも食いたいとか。」


「生肉が食いたいとか。」


「そういうのはないです。」


 美咲の表情が少し強張る。


 由紀も。


 笑顔を消した。


 悠真は。


 何も言わず。


 恒一を見た。


(《鑑定》)


 意識する。


 左腕が。


 微かに熱を持った。



【朝倉 恒一】


【種族:人間】


【状態:安定】


【魔素侵食:停滞】


【侵食率:14%】


【身体能力上昇:大】


【精神状態:正常】



「……。」


 悠真は。


 何度も表示を見た。


 十四パーセント。


 変わっていない。


 昨日と同じ。


 上がっていない。


 そして。


 初めて。


 状態の欄に。


【安定】


 という文字が表示されていた。


「悠真。」


 恒一が言った。


「どうだ。」


「……止まってます。」


 全員が悠真を見る。


「侵食率。」


「十四パーセントのままです。」


 美咲が息を吐いた。


「じゃあ。」


「治ったの?」


「分からない。」


 悠真は。


 すぐに答えた。


 美咲の表情が曇る。


「でも止まったんでしょ?」


「今は。」


「今は?」


「昨日から上がってないだけかもしれない。」


「また上がるかもしれない。」


「俺にも分からない。」


 言ってから。


 少しだけ後悔した。


 もっと。


 安心させる言い方があったかもしれない。


 だが。


 嘘は言えなかった。


 分からないものを。


 分かったふりはできない。


「悠真の言う通りよ。」


 真由美が静かに言った。


「熱が下がったことと。」


「原因がなくなったことは別。」


 看護師としての声だった。


「今日は安静。」


「食事も少しずつ。」


「身体に異常があったら、すぐに言うこと。」


「分かりました。」


「それから。」


「今日は何もしない。」


「……。」


「返事は?」


「はい。」


 恒一は。


 少し不満そうに答えた。



 一時間後。


「おい!」


 庭から。


 英樹の声が響いた。


「誰か来てくれ!」


「何?」


 悠真が外へ出る。


 庭では。


 英樹が長い角材の前に立っていた。


「これ。」


「向こうへ運ぶぞ。」


「分かりました。」


 悠真が片側を持とうとする。


 その時。


「俺もやる。」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 恒一だった。


「……何してるんですか。」


「手伝い。」


「安静って言われたばかりですよね。」


「寝てばっかりだったから身体が鈍ってる。」


「そういう問題じゃないです。」


「もう熱ないぞ。」


「三十七度あったでしょ。」


「ほぼ平熱。」


「ほぼって言ってる時点で平熱じゃないです。」


「お前。」


 恒一が少し笑う。


「真面目になったな。」


「昔からです。」


「そうだったか?」


「そうです。」


「お前、昔うちの冷蔵庫のプリン勝手に食っただろ。」


「何年前の話ですか。」


「美咲が泣いた。」


「あれ恒一さんだったでしょ。」


「俺じゃない。」


「絶対嘘だ。」


「証拠は?」


「……。」


「ないだろ。」


「今度美咲に聞きます。」


「それはやめろ。」


「やっぱり犯人じゃないですか。」


「何の話してんだ、お前ら。」


 英樹が呆れた顔をする。


「いいから運ぶぞ。」


「はい。」


 悠真が角材へ手を伸ばす。


 だが。


「俺が持つ。」


 恒一が先に。


 角材の中央を掴んだ。


「いや。」


「それ、一人じゃ――」


 持ち上がった。


「……。」


 悠真が黙る。


 英樹も黙る。


 恒一も。


 黙った。


 長い角材。


 本来なら。


 二人で運ぶつもりだった。


 それを。


 恒一は。


 片手で持ち上げていた。


「……軽い。」


 恒一が呟く。


 その声から。


 笑みが消えた。


「軽すぎる。」


 角材を。


 ゆっくりと地面へ置く。


「恒一さん。」


「悠真。」


「はい。」


「見てくれ。」


 その意味は。


 すぐに分かった。


(《鑑定》)



【朝倉 恒一】


【状態:安定】


【魔素侵食:停滞】


【侵食率:14%】


【身体能力上昇:大】


【精神状態:正常】



「変わってません。」


「本当か。」


「十四パーセント。」


「上がってないです。」


「……そうか。」


 恒一は。


 自分の手を見る。


 拳を握る。


 開く。


 もう一度。


 握る。


「治ったんじゃないな。」


 誰も答えなかった。


「これ。」


 恒一は自分の手を見つめたまま言った。


「残ってる。」


 力が。


 侵食が。


 自分の中にいる何かが。


 まだ。


 消えていない。



「だから安静って言ったでしょう!」


 真由美の声が。


 庭に響いた。


「すみません。」


 恒一が正座している。


「目を離したらすぐこれ!」


「いや。」


「ちょっと手伝おうと。」


「病人が角材を運びますか!」


「でも。」


「でもじゃない!」


「はい。」


 少し離れた場所で。


 彩乃が小声で言った。


「恒一さん。」


「怒られてる。」


「笑うな。」


 悠真も小声で答える。


「お兄ちゃん昔からああだよ。」


 美咲が言う。


「自分は大丈夫って言って。」


「後から悪化するの。」


「お前。」


 恒一が振り返る。


「余計なこと言うな。」


「事実でしょ。」


「妹なら兄を庇え。」


「何で。」


「家族だろ。」


「家族だから言ってるの。」


「……。」


 恒一は。


 何も言えなくなった。


 英樹が。


 角材を見る。


 恒一を見る。


 もう一度。


 角材を見る。


「……便利だな。」


「あなた!」


 由紀が怒った。


「いや!」


「違う!」


 英樹が慌てる。


「そういう意味じゃなくてだな!」


「病み上がりの息子を何だと思ってるの!」


「だから違うって!」


 美咲が吹き出した。


 彩乃も笑った。


 悠真も。


 思わず笑った。


 恒一まで。


 笑っていた。


 久しぶりだった。


 皆が。


 同じ場所で。


 同じことで。


 笑ったのは。



 結局。


 恒一は。


「絶対に無理をしない。」


「少しでも異常を感じたら休む。」


「悠真が定期的に《鑑定》する。」


 という条件で。


 軽い作業だけ許された。


「軽い作業な。」


 真由美が念を押す。


「分かってます。」


「角材は軽い作業じゃない。」


「俺には軽かったです。」


「そういう意味じゃない!」


「はい。」


 再び怒られる。


 恒一は。


 少しだけ笑っていた。



 藤堂家の拠点強化は。


 朝から本格的に始まった。


 中心になるのは。


 英樹。


 建築関係の仕事をしてきた経験が。


 今。


 何よりも役に立った。


「まず。」


 英樹は。


 庭に置いた板へ。


 簡単な図を描いた。


「守る場所を増やしすぎない。」


 皆が集まる。


「この家全部を完璧に守ろうとしたら。」


「資材が足りない。」


「人も足りない。」


「だから。」


 英樹は図を指差す。


「侵入経路を絞る。」


 一階。


 玄関。


 勝手口。


 二つの掃き出し窓。


 小さな窓。


「小さい窓は金網。」


「掃き出し窓は下半分を補強。」


「ただし。」


「全部塞がない。」


「逃げ道は残す。」


 悠真は頷いた。


 佐伯も。


 同じことを言っていた。


「門は?」


 誠が聞く。


「今のままじゃ弱い。」


 英樹は即答した。


「人間相手なら。」


「少しは時間を稼げる。」


「でも。」


「魔犬なら?」


 悠真が聞く。


「知らん。」


 英樹は正直に答えた。


「俺は大工だ。」


「魔犬対策の専門家じゃない。」


「そんな専門家いないでしょ。」


 彩乃が言う。


「だから。」


 英樹は。


 少し笑った。


「これからなるんだよ。」



 まず。


 門を補強した。


 内側から。


 角材を渡す。


 簡単には開かないように。


 金具で固定する。


 さらに。


 チェーン。


 南京錠。


 悠真が。


 完成した門を見る。


(《鑑定》)



【住宅用門扉】


【強度:中】


【対人侵入阻止:有効】


【対小型魔獣:限定的】


【大型魔獣:無効】



「上がった。」


「何が?」


 英樹が聞く。


「強度。」


「低から中になりました。」


「人間相手なら有効。」


「魔獣は?」


「小型なら。」


「大型は無理です。」


「そりゃそうだ。」


 英樹は。


 昨日の巨大な熊を思い出したのか。


 苦笑した。


「あんなのが来たら。」


「家ごと逃げるしかねぇ。」


「どうやって?」


 美咲が聞く。


「……。」


 英樹が黙る。


「そこは。」


「これから考える。」


「考えてなかったんだ。」


「うるさい。」



 次に。


 庭の周囲。


 釣り糸。


 空き缶。


 小さな金属片。


 それらを。


 目立たない場所へ設置する。


「何これ。」


 彩乃が聞く。


「警報装置。」


 悠真が答える。


「これが?」


「誰かが引っ掛かれば。」


 カラカラカラッ。


 缶が鳴る。


「あ。」


「電気を使わない。」


「壊れても直せる。」


「でも。」


 彩乃が言う。


「魔犬も音に反応するんでしょ?」


「だから。」


 悠真は頷く。


「家から少し離れた場所にも。」


「別の仕掛けを作る。」


「もし魔獣が来た時。」


「音で誘導できるかもしれない。」


 英樹が腕を組む。


「なるほどな。」


「ただ。」


 悠真は続ける。


「本当に効くかは分かりません。」


「試すなよ。」


 誠が即座に言った。


「分かってる。」


「お前。」


「たまに変なことするからな。」


「しないよ。」


「魔獣を鑑定しようと近付いたのは誰だ。」


「……。」


「ほら。」


「昔の話。」


「数日前だ。」


「細かいな。」


「命に関わることは細かくていい。」


 悠真は。


 何も言えなかった。


 正論だった。



 雨水タンクも設置した。


 屋根から流れる雨水。


 それを。


 樋からタンクへ流す。


「最初の雨は。」


 悠真が説明する。


「屋根の汚れが入るから。」


「そのまま全部入れない方がいい。」


「飲むの?」


 美咲が聞く。


「飲まない。」


「佐伯店長にも言われた。」


「トイレ。」


「掃除。」


「畑。」


「そういうのに使う。」


「じゃあ。」


 美咲はタンクを見る。


「水道が止まっても。」


「少しは何とかなる?」


「雨が降れば。」


「降らなかったら?」


「……。」


「ねぇ。」


「今それ考えてる。」


「考えてなかったんだ。」


「英樹さんと同じこと言うなよ。」


 少し離れたところから。


「聞こえてるぞ!」


 英樹の声が飛んできた。



 昼。


 久しぶりに。


 八人全員が食卓を囲んだ。


 恒一は。


 お粥。


 味噌汁。


 少量の漬物。


「……。」


 恒一が。


 皆の食事を見る。


 缶詰の肉。


 炊いた米。


 味噌汁。


「何。」


 美咲が聞く。


「いや。」


「別に。」


「食べたいの?」


「……。」


「食べたいんだ。」


「少し。」


「駄目。」


「一口。」


「駄目。」


「肉一切れ。」


「駄目。」


「妹よ。」


「何。」


「兄が。」


「数日ぶりに目を覚ましたんだぞ。」


「だから?」


「普通。」


「もう少し優しくするだろ。」


「心配したから優しくしないの。」


「意味分からん。」


「また無茶するから。」


 恒一は。


 誠を見る。


「藤堂さん。」


「何だ。」


「娘さん。」


「昔からこうでした?」


「昔からだ。」


「おじさん!」


 美咲が怒る。


「悠真。」


「何。」


「お前。」


「よくこいつと幼馴染やってるな。」


「慣れです。」


「悠真!」


「何で俺も怒られるんだよ!」


 また。


 笑いが起きた。


 真由美は。


 その様子を見ながら。


 静かに微笑んでいた。


 由紀も。


 何度も。


 恒一を見ていた。


 そこにいることを。


 確かめるように。



 午後。


 作業は続いた。


 二階。


 見張り場所。


 窓際に。


 小さな机。


 双眼鏡。


 懐中電灯。


 ラジオ。


 ノート。


 水。


 簡単な救急用品。


「ここに。」


 誠が言う。


「見たものを書く。」


「人。」


「魔獣。」


「車。」


「時間。」


「方向。」


「全部。」


 悠真が頷く。


「記録が増えれば。」


「魔獣の行動パターンも分かるかもしれない。」


「人間もな。」


 誠の言葉に。


 悠真は。


 少しだけ黙った。


 昨夜。


 見ていた二人。


 誰だったのか。


 まだ。


 分からない。


「今日も来るかな。」


 彩乃が聞く。


「分からない。」


「でも。」


「来ると思ってた方がいい。」


 悠真は。


 窓の外を見る。


「俺たちが。」


「物資を持ってることは。」


「もう誰かに知られてる。」



 夕方。


 作業が一段落した。


 門。


 窓。


 警報装置。


 雨水タンク。


 薪と木炭の保管場所。


 見張り場所。


 まだ。


 完成ではない。


 足りないものも多い。


 それでも。


 昨日より。


 確実に。


 藤堂家は。


 生き残るための場所へ。


 変わり始めていた。


「終わったぁ……。」


 彩乃が庭に座り込む。


「疲れた。」


「お前。」


「そんなに働いてないだろ。」


 悠真が言う。


「働いた!」


「何した?」


「金網運んだ。」


「他は?」


「……応援。」


「役に立たないな。」


「殴るよ。」


「疲れてるんじゃないのか。」


「お兄ちゃんを殴る力は残ってる。」


「怖い妹だな。」


 その時。


 少し離れた場所で。


 恒一が笑った。


「彩乃。」


「昔から変わらないな。」


「恒一さん!」


「中学の時も。」


「男子相手に。」


「すぐ殴るって言ってたよな。」


「言ってません!」


「言ってた。」


「言ってません!」


「空手部の後輩にも。」


「恒一さん!」


 彩乃が追い掛ける。


 恒一が逃げる。


「病人!」


 真由美の声が飛ぶ。


 恒一が。


 止まった。


「……はい。」


 全員が。


 笑った。


 悠真も。


 笑った。


 でも。


 その胸の奥には。


 まだ。


 小さな不安が残っていた。



 日が沈む前。


 悠真は。


 庭の隅にいる恒一へ近付いた。


「恒一さん。」


「ん?」


「最後に。」


「もう一回。」


「ああ。」


 恒一は。


 すぐに意味を理解した。


「頼む。」


 悠真は。


 恒一を見る。


(《鑑定》)



【朝倉 恒一】


【種族:人間】


【状態:安定】


【魔素侵食:停滞】


【侵食率:14%】


【身体能力上昇:大】


【精神状態:正常】



「十四。」


「変わってません。」


「そうか。」


 恒一は。


 少しだけ息を吐いた。


「よかった。」


 その言葉は。


 本心だった。


 力を得たことへの喜びではない。


 強くなったことへの興奮でもない。


 ただ。


 自分が。


 これ以上。


 変わっていないことへの安堵。


「悠真。」


「はい。」


「これからも。」


「毎日見てくれ。」


「もちろん。」


「違う。」


 恒一は。


 悠真を見る。


 真剣な目だった。


「俺が嫌がってもだ。」


「……。」


「もし。」


「また数字が上がったら。」


「必ず教えてくれ。」


「俺が。」


「大丈夫だって言っても。」


「怒っても。」


「見るなって言っても。」


「絶対に。」


 悠真は。


 何も言わなかった。


「俺は。」


 恒一が。


 自分の手を見る。


「この力が怖い。」


「今日。」


「角材を持った時。」


「正直。」


「少しだけ。」


「すごいと思った。」


 拳を握る。


「もっと試したいとも思った。」


「どこまで持てるのか。」


「どこまで走れるのか。」


「どれだけ強くなったのか。」


「試してみたいって。」


 悠真は。


 黙って聞く。


「それが。」


「俺自身の気持ちなのか。」


「こいつのせいなのか。」


 恒一は。


 自分の胸を押さえた。


「分からない。」


 夕方の風が吹く。


「だから。」


「見ててくれ。」


「俺が。」


「俺じゃなくなる前に。」


 悠真の脳裏に。


 昨夜の。


 美咲の言葉が蘇った。


『悠真が悠真じゃなくなったら、私が一番最初に気付く』


「……分かりました。」


 悠真は答えた。


「毎日見ます。」


「何回でも。」


「数字が変わったら。」


「絶対に言います。」


「恒一さんが。」


「嫌がっても。」


 恒一は。


 少しだけ笑った。


「頼む。」


 その時だった。


「……?」


 悠真の視界。


 表示が。


 微かに揺れた。


 消える。


 そう思った。


 だが。


 違った。


 文字が。


 増えた。



【朝倉 恒一】


【種族:人間】


【状態:安定】


【魔素侵食:停滞】


【侵食率:14%】


【身体能力上昇:大】


【精神状態:正常】


【身体変質:安定】



「……。」


 悠真は。


 目を細めた。


「どうした。」


「待ってください。」


 まだ。


 何かある。


 左腕が。


 熱い。


 今までとは。


 違う。


 警告ではない。


 危険でもない。


 まるで。


 悠真の《鑑定》そのものが。


 何かを理解しようとしているような。


 そんな。


 奇妙な感覚。


 そして。


 最後に。


 新しい文字が。


 ゆっくりと。


 浮かび上がった。



《魔素侵食:停滞》


《身体変質:安定》


《適応進行中》



「……適応?」


 悠真は。


 小さく呟いた。


「何だ。」


 恒一が聞く。


「何が見えた。」


 悠真は。


 答えられなかった。


 侵食ではない。


 回復でもない。


 変異でもない。


 適応。


 その言葉が。


 何を意味するのか。


 まだ。


 誰にも分からなかった。


 ただ。


 悠真は。


 一つだけ。


 確信していた。


 恒一の身体の中で。


 何かが。


 終わったのではない。


 今。


 新しい何かが。


 始まろうとしていた。

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