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『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ
第三章 黒牙

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第25話 夜番と幼馴染



 深夜。


 見張りの交代時間になり、彩乃が大きくあくびをした。


「眠い……。」


「寝ていいぞ。」


「言われなくても寝る。」


 彩乃はそう言いながら、リビングへ戻っていく。


 代わりに二階へ上がってきたのは、美咲だった。


「交代。」


「美咲か。」


「何、その言い方。」


「いや、意外だっただけ。」


「私だって見張りくらいできるし。」


 美咲は少し不満そうに頬を膨らませる。


 薄暗い部屋の中。


 その表情が、昔から変わらない幼馴染の顔に見えた。


「別に馬鹿にしてない。」


「ほんと?」


「ほんと。」


「じゃあいいけど。」


 美咲は悠真の隣に腰を下ろした。


 窓の外は真っ暗だった。


 住宅街は眠っているように静まり返っている。


 だが、今の悠真たちは知っている。


 この静けさは平和ではない。


 息を潜めているだけだ。



 しばらく、二人は黙って外を見ていた。


 遠くで何かが鳴く。


 犬か。


 魔犬か。


 それとも別の何かか。


 もう判断がつかない。


 美咲が小さく呟いた。


「変だよね。」


「何が?」


「こうしてると、昔みたい。」


「昔?」


「小学生の頃、夏休みにさ。」


「夜にこっそり起きて、二階の窓から花火見たじゃん。」


「ああ……あったな。」


「覚えてたんだ。」


「そりゃ覚えてる。」


「へぇ。」


「何だよ。」


「悠真って、そういうの忘れてるタイプだと思ってた。」


「失礼だな。」


 美咲は小さく笑った。


 その笑い声は、今の世界では少しだけ危ういものだった。


 けれど悠真は、止めようとは思わなかった。


 こんな夜だからこそ。


 笑えるなら、笑った方がいい。



「怖くないのか?」


 悠真が聞くと、美咲は少し黙った。


「怖いよ。」


「だよな。」


「でも、今は少し平気。」


「何で?」


「悠真がいるから。」


 その一言に、悠真は固まった。


「……そういうこと、さらっと言うなよ。」


「え?」


「いや。」


「何?」


「何でもない。」


 美咲はじっと悠真を見る。


 暗くても分かる。


 完全にからかう顔だった。


「照れた?」


「照れてない。」


「嘘。」


「嘘じゃない。」


「耳赤い。」


「暗いから見えないだろ。」


「見えるもん。」


「見えないだろ。」


「見える気がする。」


「それは反則だろ。」


 美咲は口元を押さえて笑った。


 悠真は視線を外し、わざと窓の外を見る。


 心臓の音が、やけにうるさかった。


 魔獣の気配より、美咲の距離の方が落ち着かない。



 美咲が膝を抱えた。


「迎えに来てくれて、ありがとう。」


「またそれ?」


「何回でも言う。」


「別に、当然だろ。」


「当然じゃないよ。」


 美咲の声が少しだけ真面目になる。


「今の外、危ないじゃん。」


「魔獣もいるし。」


「変な人たちもいるし。」


「それでも来てくれた。」


 悠真は返事に困った。


 幼馴染だから。


 家族みたいなものだから。


 そう言えば簡単だった。


 でも、その言葉では足りない気がした。


「美咲が無事か分からないまま、家でじっとしてる方が無理だった。」


 美咲がこちらを見る。


「それって、心配してくれてたってこと?」


「当たり前だろ。」


「どのくらい?」


「どのくらいって何だよ。」


「だから、どのくらい心配してたのかなって。」


「……かなり。」


「かなり?」


「すごく。」


「ふーん。」


 美咲は満足そうに笑った。


「そっか。」


「何で嬉しそうなんだよ。」


「別に。」


「絶対嬉しそうだった。」


「嬉しくないとは言ってない。」


 悠真は返す言葉を失った。


 昔からそうだ。


 美咲はたまに、逃げ道を全部塞ぐような言い方をする。



 しばらくして、美咲がそっと肩を寄せてきた。


「寒い?」


 悠真が聞く。


「少し。」


「毛布持ってくるか?」


「いい。」


「いや、寒いなら。」


「いいの。」


 美咲はそれ以上言わなかった。


 肩が触れる。


 近い。


 近すぎる。


 悠真は外を見続ける。


 だが意識は完全に隣へ向いていた。


「悠真。」


「何?」


「こういう時でも、変なこと考える?」


「変なこと?」


「ほら。」


「ほらって何だよ。」


「私と二人きりだし。」


「見張り中だぞ。」


「真面目。」


「真面目じゃないと死ぬ世界だろ。」


「そうだけど。」


 美咲は少し笑う。


「でも、ちょっと安心した。」


「何が?」


「悠真が悠真のままで。」


 その言葉に、悠真は黙った。


 美咲は続ける。


「世界が変わって。」


「みんな怖い顔してて。」


「お兄ちゃんも変になってて。」


「正直、何を信じればいいか分からなかった。」


「でも、悠真は昔のまま来てくれた。」


「……俺も変わったよ。」


 悠真は左腕に目を落とす。


「能力も出た。」


「怪我もすぐ治った。」


「自分でも、普通じゃないと思う。」


 美咲は少しだけ顔を上げた。


「それでも悠真だよ。」


「何で言い切れるんだよ。」


「分かるから。」


「幼馴染だから?」


「うん。」


 美咲は迷いなく頷いた。


「悠真が悠真じゃなくなったら、私が一番最初に気付く。」


「怖いこと言うなよ。」


「だから、ちゃんと戻してあげる。」


「どうやって?」


「叩く。」


「物理かよ。」


「悠真にはそれが効くでしょ。」


「ひどいな。」


 けれど、不思議と嬉しかった。


 美咲がそう言ってくれるだけで、自分がまだ人間の側にいる気がした。



 その時。


 庭の方で小さな音がした。


 カサ。


 二人の空気が一瞬で変わる。


 悠真は美咲の前に出るように身体を動かした。


 美咲も口を押さえ、声を殺す。


 悠真は窓の外へ意識を向けた。


 左腕がわずかに熱を帯びる。



《生命反応を確認》


対象:小動物


危険度:低



「……大丈夫。」


 悠真は小声で言った。


「たぶん猫か何か。」


 美咲が息を吐く。


「びっくりした……。」


「俺も。」


「さっきまでちょっといい雰囲気だったのに。」


「自分で言うな。」


「悠真は思わなかった?」


「何を。」


「いい雰囲気。」


「……見張り中だぞ。」


「またそれ。」


 美咲は頬を膨らませる。


「悠真って、ほんとそういうところ。」


「そういうところって何だよ。」


「大事なところで逃げるところ。」


「逃げてない。」


「逃げてる。」


「逃げてない。」


 小声で言い合う二人。


 そのやり取りは、まるで世界が壊れる前のようだった。



 やがて、交代の時間が近付いた。


 廊下の方から英樹の足音が聞こえる。


 美咲は少しだけ名残惜しそうに立ち上がった。


「もう終わりか。」


「眠いんじゃなかったのか?」


「眠いけど。」


「けど?」


「もう少し話してたかった。」


 悠真は言葉に詰まる。


 美咲はそれを見て、小さく笑った。


「また今度ね。」


「見張りで?」


「見張りじゃなくてもいいけど。」


 そう言って、美咲は部屋を出ようとする。


 だが扉の前で足を止めた。


「悠真。」


「何?」


「ちゃんと帰ってきてね。」


「どこから?」


「これから先、どこへ行く時も。」


 その声は、さっきまでのからかうような調子ではなかった。


 悠真は静かに頷いた。


「約束する。」


 美咲は少しだけ安心したように笑った。


「ならいい。」


 そして美咲は部屋を出て行った。


 残された悠真は、窓の外を見た。


 暗い住宅街。


 遠くで何かが鳴く。


 危険はまだ消えていない。


 だが。


 胸の中には、さっきまでとは違う温かさが残っていた。


 世界がどれだけ変わっても。


 守りたいものは、確かにここにある。


 悠真は左腕をそっと押さえた。


 この力を何のために使うのか。


 その答えは、少しずつ形になり始めていた。

たくさんのPV、ブックマーク、評価、本当にありがとうございます。


日刊ランキング1位に続き、ポイントも大きく伸びていて、とても励みになっています。


続きを楽しんでいただけるよう頑張りますので、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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