第24話 持ち帰ったもの
作業車が藤堂家の門をくぐった瞬間、美咲が玄関から飛び出してきた。
「悠真!」
その声に続いて、彩乃、由紀、真由美も姿を見せる。
全員の顔に、安堵が浮かんでいた。
「ただいま。」
悠真がそう言うと、美咲はほっと息を吐いた。
「遅い。」
「ごめん。」
「無事ならいいけど。」
美咲は作業車の荷台を見て、目を丸くした。
「……何これ。」
「宝の山。」
悠真が答えると、英樹が笑った。
「その通りだ。」
荷台には、コンパネ、角材、金網、ロープ、薪、木炭、塩、種、肥料、雨水タンク、ポリタンクがぎっしり積まれていた。
真由美が驚いたように呟く。
「よくこれだけ……。」
「佐伯店長のおかげ。」
悠真は静かに言った。
「あの人、生きてたよ。」
「よかった……。」
彩乃も小さく頷いた。
◇
休む間もなく荷下ろしが始まった。
英樹が指示を出す。
「木材は庭の奥。」
「濡らすなよ。」
「薪と炭は屋根の下だ。」
「塩と調味料は家の中。」
「種と肥料は物置。」
悠真、誠、彩乃、美咲が次々と荷物を運ぶ。
由紀と真由美は室内で仕分けを担当した。
誰も文句を言わない。
全員が分かっていた。
これはただの荷物ではない。
命を繋ぐものだ。
◇
荷下ろしが終わった頃には、昼を少し過ぎていた。
全員で簡単な昼食を取る。
美咲が作ったおにぎりと、缶詰の味噌汁。
味噌汁と言っても、少量の水で薄めに作ったものだった。
それでも温かい汁物は、体だけでなく心まで落ち着かせた。
「塩が手に入ったのは大きいわね。」
由紀が言った。
「料理にも使えるし、保存にも使える。」
真由美も頷く。
「食事の味があるだけで、精神的にかなり違うわ。」
誠はノートを開いた。
「今日から在庫管理を徹底しよう。」
「佐伯さんにも言われた。」
悠真が口を開く。
「備蓄は、持っていることより管理できることが大事だって。」
誠は静かに頷いた。
「まさにその通りだ。」
◇
午後。
藤堂家のリビングにはホワイトボードが置かれた。
誠が大きく文字を書く。
【食料】
【水】
【燃料】
【医療】
【資材】
【防衛】
「毎日、朝と夜に確認する。」
「誰が何を使ったかも書く。」
彩乃が少し顔をしかめる。
「細かすぎない?」
「細かいくらいでちょうどいい。」
誠は穏やかに答えた。
「今は買い足せない物ばかりだからな。」
美咲がメモ帳を持つ。
「私、食料の記録やるよ。」
「料理する時に使う量も分かるし。」
由紀が微笑む。
「じゃあ私と一緒にやりましょう。」
真由美は医療品の箱を引き寄せる。
「薬は私が管理するわ。」
英樹は工具箱を持ち上げた。
「資材と工具は俺だな。」
「防衛は?」
彩乃が聞く。
誠は少し考えてから言った。
「彩乃と悠真。」
「俺?」
悠真が驚く。
「お前は魔獣の兆候に気付ける。」
「彩乃は動ける。」
「二人で見張りの基準を作ってくれ。」
悠真は彩乃を見る。
彩乃もこちらを見る。
「分かった。」
「任せて。」
◇
夕方まで、拠点強化が続いた。
英樹は一階の掃き出し窓にコンパネを当て、外から見えないよう内側に固定していく。
「全部塞ぐと逃げ道がなくなる。」
英樹は説明しながら作業した。
「だからここは下半分だけ補強。」
「上は内側から開けられるようにする。」
悠真がコーススレッドを渡す。
「佐伯店長も同じこと言ってました。」
「あの店長、分かってるな。」
英樹は笑う。
「もっと早くに会ってみたかった。」
「かなり癖ありますよ。」
「職人は大体そうだ。」
ガガガガッ。
インパクトドライバーの音が響く。
大きな音だった。
悠真は反射的に周囲を見た。
「音、大丈夫かな。」
英樹も手を止める。
「日中だし、短時間なら仕方ない。」
「でも、連続で使うのはやめましょう。」
「ああ。」
それ以降は、作業と停止を繰り返しながら進めた。
◇
庭では彩乃と美咲が金網を運んでいた。
「重っ。」
美咲が顔をしかめる。
「無理しないで。」
彩乃は軽々と持ち上げる。
「彩乃ちゃん、やっぱりすごいね。」
「空手部だから。」
「空手部って金網持つ競技だったっけ?」
「違うけど。」
二人は少し笑った。
その笑い声を聞いて、悠真は少し安心した。
こういう時間がまだある。
その事実が救いだった。
◇
日が傾き始めた頃。
悠真は門の補強を確認していた。
チェーン。
南京錠。
木材の噛ませ方。
見れば、弱い部分が何となく分かる。
鑑定というより、感覚に近い。
【門】
【強度:低】
【補強推奨】
【侵入阻止効果:限定的】
「……やっぱり低いか。」
悠真が呟くと、後ろから彩乃が声を掛けた。
「何が?」
「この門。」
「あんまり強くない。」
「壊される?」
「魔獣なら多分。」
「人間なら?」
「道具があれば。」
彩乃の顔が少し強張る。
「人間対策もいるんだね。」
「ああ。」
悠真は門の向こうを見る。
住宅街は静かだった。
だが、昨日見た人影が頭から離れない。
「物資を持っているって知られたら、狙われるかもしれない。」
「前いた暴走族みたいなヤツら?」
「分からない。」
「でも、あーいうヤツらだけじゃない。」
空腹になった普通の人間。
水がなくなった家族。
薬が必要な老人。
その全員が敵になるとは思いたくない。
でも、善意だけでは守れない。
◇
夜。
全員で夕食を取った後、誠が新しいルールを発表した。
「夜間の外出は禁止。」
「門は日没前に施錠。」
「明かりは外へ漏らさない。」
「大きな音を立てない。」
「見張りは二人一組。」
「非常時はまず家族を起こす。」
全員が頷いた。
誠は続ける。
「それから、助けを求められた場合。」
空気が少し変わる。
「その場で判断しない。」
「必ず全員で相談する。」
真由美が少しだけ目を伏せた。
看護師である彼女にとって、それは苦しいルールだった。
だが、必要だった。
誰かを助けることで、全員が危険になる可能性もある。
英樹が低く言う。
「冷たいようだが、必要だな。」
誠は頷いた。
「冷たい人間になるためじゃない。」
「限りある物資で皆で生き残るためだ。」
◇
その夜。
悠真と彩乃が最初の見張りについた。
二階の窓から外を見る。
住宅街は暗い。
どの家も明かりを消している。
遠くで犬のような声がした。
すぐに消える。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「佐伯店長、生きててよかったね。」
「ああ。」
「今度会える?」
「分からない。」
悠真は窓の外を見つめた。
「でも、また行く。」
「その時は私も行く。」
「留守番は?」
「交代でいいでしょ。」
「頼もしいな。」
「当たり前。」
彩乃は少しだけ笑った。
その時。
悠真の頭の奥で、微かな警告が鳴った。
⸻
《生命反応を確認》
対象:人間
数:二
距離:推定三十メートル
状態:観察中
⸻
悠真は息を止めた。
「彩乃。」
「何?」
「外にいる。」
「魔獣?」
「違う。」
悠真はカーテンの隙間から、道路の向こうを見た。
暗闇の中。
電柱の陰に、人影が二つあった。
こちらを見ている。
動かない。
ただ、見ている。
彩乃の拳が静かに握られる。
「誰?」
「分からない。」
悠真は小さく呟いた。
「でも、たぶん……見られてる。」
持ち帰った物資。
補強された家。
増えた人数。
それらは安心をもたらすと同時に、外から見れば格好の標的でもあった。
暗闇の中の人影は、しばらく藤堂家を見つめた後。
音もなく、住宅街の闇へ消えていった。
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