第16話 帰路
朝倉英樹が運転する白い作業車が、ゆっくりと住宅街を走る。
荷台には工具や資材、発電機、保存食、水の入ったポリタンクが隙間なく積み込まれていた。
その後ろを、自転車三台が一定の距離を保ちながら続く。
先頭は藤堂悠真。
中央に朝倉美咲。
最後尾を藤堂誠が走る。
「飛ばしすぎるな。」
誠の声が後ろから飛ぶ。
「美咲ちゃんのペースに合わせろ。」
「分かってる。」
悠真は速度を少し落とした。
クロスバイクならもっと速く走れる。
だが今は誰一人欠けるわけにはいかない。
美咲も必死にペダルを漕いでいた。
普段の通学とは違う。
前には荷物を積んだ作業車。
後ろには誠。
そして、自分たちは命を懸けて移動している。
そんな緊張感が足を重くしていた。
◇
住宅街を抜け、小さな商店街へ入る。
数日前まで賑わっていた通りは、人の気配がほとんどない。
シャッターが閉まった店。
割れたガラス。
散乱した商品。
道路脇には横転した軽自動車が放置されていた。
「酷い……。」
美咲が呟く。
「昨日よりひどくなってる。」
悠真も同じことを思っていた。
ここへ来た時には、まだ店の形は残っていた。
だが今は違う。
略奪された店は骨組みだけになり、道路には燃えた跡まで残っている。
たった一日で、町はさらに壊れていた。
◇
突然、前を走る作業車のブレーキランプが点灯した。
キィッ。
自転車組も急いで停止する。
「どうした?」
誠が英樹へ声を掛ける。
英樹は窓から顔を出した。
「道路が塞がってる。」
前方には大型トラックが横転していた。
積み荷が道路いっぱいに散乱している。
通れそうにない。
「迂回するしかないな。」
英樹はハンドルを切り、細い生活道路へ入っていく。
悠真たちも後に続いた。
◇
生活道路へ入ると、空気が変わった。
静かすぎる。
風もない。
鳥の声もしない。
悠真は思わず速度を落とした。
左腕が僅かに熱を持つ。
嫌な感覚だった。
「……。」
鑑定が勝手に反応する。
しかし何も表示されない。
「どうした?」
誠が聞く。
「何かいる気がする。」
「魔獣か?」
「分からない。」
その時だった。
ガシャン!!
家の中から大きな音が響く。
全員が反射的に身構えた。
音がしたのは古い一軒家。
二階の窓ガラスが割れ、中から黒い影が飛び出した。
バサッ!!
「魔獣!」
悠真が叫ぶ。
黒い羽を持つ魔獣が一羽。
そのまま空へ舞い上がる。
だが、一羽だけではなかった。
バサッ。
バササッ。
次々と飛び立つ。
「四……五……!」
美咲の声が震える。
レイブンクロウたちは旋回しながら、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
そして一斉に鳴き始める。
ギャアァァァッ!!
その鳴き声は、何かを呼ぶようにも聞こえた。
「まずい!」
悠真の鑑定が反応する。
⸻
【レイブンクロウ】
危険度:E
個体数:5
状態:威嚇
目的:仲間の召集
⸻
「英樹さん!」
悠真は叫ぶ。
「止まらないでください!」
英樹は即座にアクセルを踏み込む。
作業車が加速する。
「美咲!」
「うん!」
三人も必死にペダルを漕ぐ。
頭上ではレイブンクロウが旋回を続けている。
襲ってくる様子はない。
だが、鳴き声は止まらなかった。
「何を呼んでるんだ……。」
誠が空を見上げる。
その答えはすぐに分かった。
遠く。
住宅街の向こう側から。
ドン……
ドン……
地面が震えた。
美咲が思わず自転車を止めそうになる。
「今の……何?」
悠真の表情が強張る。
鑑定は反応しない。
反応しないということは、まだ遠い。
それでも分かる。
あの重い足音は、今までの魔獣とは違う。
「急ごう!」
悠真が叫ぶ。
その声に全員が頷いた。
作業車と三台の自転車は速度を上げる。
しかし、住宅街の向こうから響く足音は、一歩、また一歩と近付いてきていた。
誰もまだ、その姿を見てはいない。
だが、その存在だけで十分だった。
町全体が静まり返っている理由を、悠真たちはようやく理解し始めていた。
人も魔獣も、皆「あれ」を避けているのだ。




