第17話 警告
ドン――。
再び地面が震えた。
作業車のサスペンションが大きく揺れ、積み込まれた工具箱がガタガタと音を立てる。
「英樹さん、そのまま止まらないでください!」
悠真が叫ぶ。
先頭を走る朝倉家の作業車は速度を落とさず、住宅街の細い道路を進んでいく。
悠真、美咲、そして誠も必死にペダルを踏み込んだ。
次の瞬間だった。
ズキン――。
左腕の噛み傷が焼けるように熱くなる。
「っ……!」
思わずハンドルを握る手に力が入る。
そして今までにない強烈な耳鳴りが頭の中を貫いた。
キィィィィン――。
世界の音が遠ざかる。
代わりに、無機質な声が脳内へ直接響いた。
⸻
《警告》
高危険度個体を確認。
解析不能。
危険度:測定不能。
戦闘を推奨しません。
直ちに離脱してください。
直ちに離脱してください。
直ちに離脱してください。
⸻
「……っ!」
鑑定が初めて命令を下した。
今までは対象の情報を教えてくれるだけだった。
それが今回は違う。
逃げろ。
ただそれだけを繰り返している。
「悠真!」
後ろから誠の声が飛ぶ。
「大丈夫か!」
「……大丈夫。」
そう答えたものの、額からは冷や汗が流れていた。
こんな反応は初めてだった。
◇
作業車が住宅街を抜け、小さな公園の脇へ差しかかる。
その時だった。
バキッ!!
遠くで太い木が折れる音が響く。
続いて、
ゴォォォォン!!
何か巨大なものが建物へぶつかるような衝撃音。
美咲が思わず立ち止まりそうになる。
「今の音……。」
「見るな!」
悠真が即座に叫ぶ。
「前だけ見て!」
「え?」
「お願いだから!」
その必死な声に、美咲も誠も驚く。
悠真は後ろを振り返らない。
振り返ってはいけない気がした。
いや、本能がそう告げていた。
◇
作業車の中。
英樹もバックミラー越しに後方を見ようとしていた。
「英樹さん!」
無線代わりに窓から悠真が叫ぶ。
「見ないでください!」
英樹は悠真の表情を見た。
顔色が真っ青だった。
迷いなく前を向き直る。
「分かった!」
英樹はアクセルを踏み込んだ。
今は悠真を信じる。
それだけだった。
◇
しかし。
ドン……
ドン……
足音は確実に近付いている。
住宅街全体が揺れる。
電柱が軋み、屋根瓦がカタカタと震える。
突然、道路脇から数頭の魔犬が飛び出してきた。
だが、こちらへ向かってきたわけではない。
逆だった。
必死の形相で逃げている。
さらに上空ではレイブンクロウの群れが一斉に飛び去っていく。
動物も魔獣も、皆同じ方向へ逃げていた。
「魔獣が……逃げてる?」
誠が信じられないという顔で呟く。
悠真の背筋を冷たいものが走る。
あの巨大な足音から逃げている。
それだけで十分だった。
◇
やがて住宅街を抜けると、見慣れた景色が見えてきた。
「着いた!」
誠が安堵の声を上げる。
藤堂家まであと数百メートル。
英樹は作業車を敷地へ滑り込ませた。
母の真由美と妹の彩乃がすぐに飛び出してくる。
「無事だった!」
「お父さん!」
「美咲ちゃん!」
再会を喜ぶ声が庭に響く。
しかし、その空気を切り裂くように――
ズシンッ!!
遠くで地面が大きく揺れた。
全員の動きが止まる。
丘の向こう。
住宅街の屋根より高く、黒い何かがほんの一瞬だけ姿を見せた。
巨大な背中。
山のような体躯。
だが、その姿を認識する前に木々の向こうへ消えていく。
誰も言葉を発することができなかった。
悠真だけは静かに左腕を押さえる。
脳裏には、まだ無機質な警告が鳴り響いていた。
⸻
《警告》
当該個体との接触は生存確率を著しく低下させます。
戦闘を禁止します。
⸻
その日、藤堂家に集まった全員が理解した。
この世界には、自分たちでは到底敵わない存在がいる。
そして、その脅威は今も、この街のどこかを歩いているのだった。




